三田の奥にあるレストランカフェ『グレース』で、遅めのランチを取る。
だいたいいつもはパスタを頼むのだが、
13時を過ぎると、グラタンやドリアを出してくれるのが嬉しい。

 


慶応大学の横を通るとき、山木さんは今頃なにしてるのかな?とふと思う。
もう就職内定しているだろうし、残り少ないキャンパスライフを楽しんでるだろうか。

 

もし山木さんが同じ大学の同じサークルだったら…。


乗馬サークルに集まる女の子達は、どことなく上品な子が多いが、
その中でもひときわ上品なオーラを纏っている彼女の名前は山木梨沙。

最初は大人しい子だと思っていたけど、その印象が変わるのに時間はかからなかった。
声をかけても気さくに答えてくれるし、会話の内容もウィットに富んでいて面白い。
ミーティングでも司会を務め、段取り良くみんなの意見をまとめてくれる。
そんな快活な彼女に、少しずつ興味を持つようになっていった。

ある日、大学の講義が終わった後、そんな彼女の秘密を耳にすることになった。
彼女は大学生活と並行して、芸能活動をやっているらしい。
どうりで、人前でしゃべるのが慣れてるわけだ。
しかもその活動の“中身”は「アイドル」。

僕は、それまでアイドルというものに一切興味を持ったことがない。
普段からカマトトぶった女の子は苦手だし、キャラを“演じる”彼女達に対しては
不自然さしか感じなかった。

そんなアイドルの世界とは真逆にいるはずの山木さんが、

その世界で活動していることのギャップに、ますます興味を持つようになった。
思い切って彼女に訊いてみた、「アイドルやってて、何が楽しいの?」
「うーん、なんだろう。よくわからないけど、いろいろ楽しかったよ」
「楽しかった?」過去形の響きに思わず聞き直した。
「そう、大学卒業する前に、アイドル活動も卒業するの」

僕は、彼女が大学と同じく青春の時を費やしたアイドルの世界を、
一度、覗いてみたくなった。
それを山木さんに言ったら、
「じゃ、いいとこ連れてってあげる」といたずらっぽく笑った。

別の日、連れていかれたサユミンランドールという舞台。
終始、彼女の瞳はキラキラしていた。
それはサークルでも見せたことがない、初めて見る表情だった。
そんな横顔を見てたら、ふいに「アイドルやめるなんてもったいない」って言葉が
浮かんだけど、次の瞬間、彼女の満面の笑顔に、その言葉はかき消された。

 

 

 

◆今日の一曲:クレイジーケンバンド「男の滑走路」

♪人の痛みがわかる男になりたい~