10歳くらいまでの男は、女が “ウザい” ものです。
それが大人になってもあまり変わらない人ほど、比較的 “男気” が優る傾向があるように感じます。
思春期頃から、男は異質なものとして女を意識し始めます。
そのうち “欲” への推進力と好奇心で、可愛い女を四六時中気にするようになる。
健全な男なら、放っておけば自然にこのような推移を辿ります。
ただ本来なら、話もなかなか合わず面倒くさい女は、それこそ “自然と” 敬遠してもいい存在です。
ただ、男としての自然欲に忠実であれば、どうしても近づいてしまいます。
生物として考えるなら、その繁栄に向けてプログラムされている原理に従うことは、誤ってはいません。
ただ、このような複雑化した社会の中では、そこに起因した歪みが真綿のように人間自体を苦しめています。
可愛い女にモテようとして、聞きわけがよくなる。
女のためにカネを作ろうとして、手段を選ばなくなる。
女に媚びなければカネも生みづらいと、刹那的な消費物ばかりが世に氾濫する。
結果、取り巻く地球環境は汚染され続け、人間の心も荒み続けています。
女は《完成された人間》であり、云わば “欲の権化” です。
昔なら獣を狩れて、ゴロツキから守れる強い男こそが、イイ女といられた。
いまは、弱いがゆえに小狡くなった男が、詐術でカネをかき集めて、女の頬を叩いています。
女は、その時々の感情から 『リアル=実益』 に流されやすいので、目の前に呈示される “ご馳走” に弱い。
男が献呈した物品と引き換えに、実は人が死んでいようが川が汚染されていようが、さほどは気にしない側面がある。
また《生き延びる》 という至上命題に抗い難いので、結局はカネの力を媒介に男を測るようになり易い。
夢を見る男に魅力は感じても、とにかくも経済的安心が担保されている “言葉優しい男=釣る男” を選びがちです。
女は女、その股ぐらから産まれた男がその本質を否定することはできません。
であるならば、てめぇの “下の都合” で女に対しての聞きわけが良くなり過ぎた男こそが、人間の堕落の根源な訳です。
『気に入った女のためなら周りがどうなろうと知ったこっちゃない』。それを、女も全力では否定してこない。
そうした事情が皮肉にも 『弱肉強食』 などと云われ世の中で通用するからこそ、身も蓋もない社会が展開されるわけです。
女を欲のメリーゴーランドに乗せて振り回している男達は、悪知恵のついたサルと同レベルです。
女も、そんな男の子どもを孕み続けてきたわけですから、人間自体が急速に劣化していくのも当然といえます。
満足などしきることのない “女=真正の人間” の本性を放逐して嬉々としている男達は【人間性】を唾棄しています。
本来守られるべき女が社会の全面に出ざるを得ないのなら、それは弱い男が都合よく 《盾》 にしているだけです。
やや紋切り型に過ぎる捉え方といわれるかもしれませんね。
この世の中、男っぽさを持った女性もいらっしゃいますし、ゲイの方もレズビアンの方もいらっしゃいます。
ただ、多様性を認めなければならない時代だからこそ、男女についても見直すべき部分もあるはずです。
とにかく、男が女々しいからこそ、何から何まで気色の悪い世の中になっている気がします。
女が欲深く、利に長けて、生きるために流されるのは “本質” だから仕方がない。
男は本質的な欲だけが一丁前なままで、女の増長を押し留めて結果として清く守るという力を完全に失いつつあります。
力さえあれば見境なしにハメて、まとめて子どもごと面倒みればよいという訳にもいきません。
あくまでその土地で造醸されてきた文化・風俗に照らして許容される倫理に沿った役割を果たさねばなりません。
自らの立ち居振舞いが老若男女に 《掟》 として通底していく、それこそが男の本領でしょう。
そして日本男児たるもの、 “やせ我慢” から生まれる自己統制に磨きをかけ、本物の強さを養って欲しいところです。
『女? うぜぇよ。世界の話しようや』
そうした男が増えれば、この国も徐々に150年来の堕落を巻き戻していけるかもしれません。
“仕事” の慰安でアジアに買春ツアーにいくような先輩達の存在は、ただの目の錯覚ということにしましょう。
世界で最も美しく生きる女達を、世界最強の男達が守る国。
己の誇りのために命を賭してきた2000年来の先輩諸氏に最低限の顔向けをするためにも、そうした志くらい抱いてもいいはずです。

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