5年が経過 3.11 震災の日 あの時と同じ金曜日
あの震災からすでに、5年という月日が経過した。数日前からTV番組などで、再び特集のように震災関連の番組が組まれていたり放送されたりしている。そのときの当時の異様な雰囲気というのも忘れることができないが、当事者の間でも、記憶という面に関して様々なものがあるようだ。当事者の一部の人たちでも記憶の薄れがあるということもあるようである。人間の記憶の構造という面では、むしろそうなるところもあるのだろう。そう考えると、人間も地震や津波などの災害もそれ自体は、自然の一部ということになるからなのであろう。日々の生活に追われてしまうと、記憶が薄れてしまうことも止む終えないことなのかもしれないからだ。これについては、客観的事実としてみるだけで、賛成反対をすることではないということである。時間の経過と人間の記憶というこれからの時間の経過における震災の風化をいかにして避けるべきかという課題を見つけることができる。ここまでは、1年、2年、3年、4年、5年というふうに数えていくことがあるが、今後6から10という年月に移行するに当たり、どのようにして振り返るのかということも考えていかなければならない。単に、数という問題だけで捉えてはいけないが、今後どのように人々が、この問題を捉えていくのか、今後も関心を寄せていくべきであると考えるというものである。そこには、人間の考え方、認識などの物事に対する捉え方という問題が含まれているという意味において、このようなことを書いてみたのだ。決して、人を試そうとかそういったものではない、そして、まだまだ解決していない問題の多さ、知られていない事実など、教訓としてもっと知るべきことなど、過去の問題として終わらせてはいけないことの多さというものに関心を向けるべき点の多いことも忘れてはならないのであろう。時間だけは、いやでも経過してしまう。単に、時間の経過だけで捉えるのではなく、日々の問題でもあるのかもしれないし、自然という中で、人間はいかにして暮らしていくべきかなど、自然の脅威ということからも、いかにしてそれを伝えていくか、伝えていくことの難しさ、そして人間の記憶ということも、事件・事故に対する風化ということに対してどのようなかかわりを見せるのか、こういったことにも注目していくべきであると考えるのだ。
年明け、株価は下落続きの傾向
昨年、2013年の一年は、日本の株式市場にとって大きな上昇を見せたが、本日も含めて、年明けからは、株価が下落状態が続いている。いろいろな要因はあるのだろうが、2月以降は、どのような推移を見せるのか、消費税の増税もあるので、じくっりと見ていく必要がありそうだ。
2014年もスタートしてからもう一月になりますが
2014年という年がスタートしてだいぶ経ちました。成人式、センター試験など毎年恒例の行事のようなことも過ぎました。今年は、もう少しでソチオリンピックそして、6月にはブラジルW杯などイベント盛りだくさんです。どのような年になるのか。大きな混乱は今のところ少ないようだが、事件なども多数起こっているのも事実です。平穏無事に過ごしたいと思っているのは、私だけでないのでしょうが、無事に過ごしたいものです。良い一年になればと。
毎年、恒例の流行語。今年、2013年は4つも 決めるのは難しいのか
今年、2013年度の4つになってしまった。少し前まで流行っていた、「決められない政治」という言葉だが、「決められない流行語大賞」という皮肉を言うような意見はあまり見当たらないようだが、それでも一つにするべきではという意見も当然のことながらあった。ひとつひとつの言葉に対して特に意見はないし。自分自身は、あまり流行語をむやみやたらに使うということをしなくなった。ここ最近思うようになったのが、もともと一部の地域だけで使用されていた方言が、ドラマに使用されていたことで、流行語ということになったのだが、流行語というよりもともと普遍的に存在していた言葉が突然としてドラマなどを介して広く世間に知れ渡り多くの人たちが使用することで、このような現象が起きるということであろう。また、「おもてなし」はおもてなしでなくて、「お・も・て・な・し」と言葉だけでなく手の動きを添えるという動作も必要になるのではないのかということになる。そうすると単に、言葉だけでの表現というものではなくなってくる部分も出てくる。それにこの言葉は、オリンピック招致の成功によってそのインパクトが与えられた部分も大きい。そうすると、言葉とは何かと考えさせられるところもあるのだという思いだ。日本人の言語に対する感覚を問うということも少し必要な気がした。
台風による被害が
この夏は、局地的な豪雨や竜巻などで、多くの地域で甚大な被害が起きてしまっている。中には、家屋を失う方もいるようで、他人事のように考えてはいけない状況でもある。そこにきて、3連休の最終日に台風の上陸である。増水や家屋の損壊、停電など生活を脅かされるような被害が報告されている。農作物の被害や今後考えなければならないこともでてくる。復旧するのも大変なことである。いろいろな対策が必要となってくることであろう。少しでも良い方向に向かっていただければと思うのだが、簡単なことではないという事実をしっかり認識する必要があるのだろう。
祝 2020年 オリンピック 東京で開催決定
多くの方もそうでしょうが、明け方まで気になっていたことでしょう。2020年のオリンピックの開催が東京にに決まりました。今回は、かなり大きく取り上げられていたので、開催が決まりよかったことです。しかしながら、問題も山積しているので、海外からきちんとした対応ができているのか厳しい目で見られるのも事実です。それによって、情報を隠蔽しないできちんと公開しよい対策が打たれること、改善が早まるというような良い方向に持っていってもらえればと願うばかりです。復興の加速にも繋がればと思うのです。政治家の方々も足の引っ張り合いや責任の擦り付け合いは、与野党ともに許されるものではないと自覚してほしいものです。(政治家だけではないのですが大きな影響力を持っているということで取り上げましたが、他の勢力でも足の引っ張り合いや責任転嫁は許されないでしょう、汚染水の問題なども含めて)必ずや成功することを願います。
最近、スポーツのネタが増えてしまっている、偏った内容にするつもりはないのですが、たまたま、記事を書くときにそのような内容に、ニュースにあたることが多いですが、他の分野についての興味も失っているわけではありませんが。こちらの都合で勝手にこのような結果になっています。更新も少ないのでいたし方のないところですが、偏ることもでてきてしまいますね。
最近、スポーツのネタが増えてしまっている、偏った内容にするつもりはないのですが、たまたま、記事を書くときにそのような内容に、ニュースにあたることが多いですが、他の分野についての興味も失っているわけではありませんが。こちらの都合で勝手にこのような結果になっています。更新も少ないのでいたし方のないところですが、偏ることもでてきてしまいますね。
松井秀喜氏の祝国民栄誉賞受賞・・・5打席連続敬遠とワールドシリーズMVP
昨年の12月28日に松井秀喜氏(もう松井選手と呼ぶことはなくなるが)が突然の会見があり驚いたが、ある程度予測できるものでもあった。ついにこのときが来たのかという思いでもあったのだ。まあ、こういった会見ができるのは、ごくわずかでほとんどの選手は、静かに誰にも知れないまま去っていく場合というか、そういった選手は、ほぼまれであるというのが事実であろうし、幸せな選手ということも言える。ただ、引退ではなく一つの区切りを付けるという本人の言葉は、自分の勝手な予想だが、一部でとりだ出されていた日本球界への復帰を否定するものではないのかというものだったのではないのかと推測している。だから、自分としては、もしメジャーリーグの球団からのオファーがあった場合は、そのまま選手としてプレーして欲しいという思いもあったのだ。自分自身特定の球団をひいきにとか熱心に応援することもなく、客観的に近いかたちで見ているということが多いので、選手本人の希望ができるだけ叶うことが良いと思っているので、どこの球団と契約しても良いと勝手に思っている人間なので、こういった文章にというか、こういった内容になってしまうというのは致し方ないと思って読んでいただきたい。(当然のことながら好きな球団があることはけして悪いことではないというか、むしろその方が健全であるとも思える)そこから日本球界復帰はないという意思表示の会見だあったのかもしれない。それは本人にしかわからないことだし、自分の意思で決めればよいことだと思っている。これからの動向は、本人の意思ができるだけ尊重されるかたちが良いと願っているので、じっくりと見守っていきたいと思うのだ。
松井秀喜が当時の選手時代。特に、メージャーリーグへ行ってからとあの甲子園での5打席連続敬遠という後にも先にもない記録というか事件というかそれがあったことについて思い出深いものがある。以前、メージャーリーグ放送をTVで比較的見ることの多かった自分にとっては、松井がメジャーリーグに挑戦してから頻繁にメジャーリーグ中継を見るようにというか注目するようになり(その前にも野茂英雄やイチローなども見ていたのですが)、いままで、自分自身があまり快く思っていないチームであったニューヨーク・ヤンキースというチームが勝つことを願うようになった。(今は、黒田投手とイチロー選手に注目している)そして日本球界ではあまり見ることのないようなプレーというか表情を出すようにもなった。何か感情を少しばかりか表に見せるような。闘志あふれるようなプレースタイルというものを見せるように感じられることも多かった。なので、メージャーリーグに行くことは、怪我などもあり数字的な記録の面では、思ったほど満足のいくようなものではなかったのだろうが、記憶に残るようなプレーと抜群の集中力というものを発揮しながらメジャーリーグでプレーし続けてきたのだろうと思うのだ。
そして、自分の勝手なこじ付けかもしれないが、2009年のワールドシリーズを見て思ったのが敬遠されたあの5打席は、ちょうどMVPを取るきっかけにもなった、ペドロ・マルチネスと対戦した第2戦と第6戦の5打席と重ね合わせられるかのように、記憶によみがえってくるのだった。まるで、「野球の神様」が未来というものを予測して、この最高の舞台に、5打席連続敬遠の5打席をここで用意してくれたのではないのかと思うようなものであった。この2試合とも松井が打ったのは決勝弾となるホームラン。やはり、敬遠しないと驚異的なことをやる選手であることの証であったのかと思うばかりであった。そう思うと、なぜか5打席連続敬遠されて良かったのではないのかと思うのであったし、これが、野球、ベースボールという歴史になり、その歴史を作るものなのだという、まるで、描かれたドラマのようなものを見ている感じであった。松井秀喜というプレーヤーは、甲子園での優勝を逃し、プロに入ってからは2軍からのスタート、新人王は日米とも獲得ならずなどで出しはよくないが、その後、大きな活躍し大きなものを勝ち得る選手であったと感じるところが多い。なので、スタートが悪いのが逆に良かったような気もするのだ。(結局、新人王を獲得した選手たちを後々抜き去っていったからだ、別に、新人王を獲得することは決して悪いことではないので、そういった偏見のような考えを持つのも望ましくはないが)しかし、その2009年のワールドシリーズ以降は、年齢(これは仕方ないものだし、原因はそれだけでないはずだが)や怪我などのこともあり成績は、下降気味で、ついに、昨年の12月28日のような日が来てしまった。日本で10年、アメリカで10年という丁度、区切りのいいところでの現役選手としての終止符ということになった。
そして、突然の国民栄誉賞の授与を恩師の長嶋茂雄氏とともに受賞することになった。もう、松井のホームランを見ることはできなくなるが、お疲れさま、そしてありがとう受賞おめでとうといいたい。
松井秀喜が当時の選手時代。特に、メージャーリーグへ行ってからとあの甲子園での5打席連続敬遠という後にも先にもない記録というか事件というかそれがあったことについて思い出深いものがある。以前、メージャーリーグ放送をTVで比較的見ることの多かった自分にとっては、松井がメジャーリーグに挑戦してから頻繁にメジャーリーグ中継を見るようにというか注目するようになり(その前にも野茂英雄やイチローなども見ていたのですが)、いままで、自分自身があまり快く思っていないチームであったニューヨーク・ヤンキースというチームが勝つことを願うようになった。(今は、黒田投手とイチロー選手に注目している)そして日本球界ではあまり見ることのないようなプレーというか表情を出すようにもなった。何か感情を少しばかりか表に見せるような。闘志あふれるようなプレースタイルというものを見せるように感じられることも多かった。なので、メージャーリーグに行くことは、怪我などもあり数字的な記録の面では、思ったほど満足のいくようなものではなかったのだろうが、記憶に残るようなプレーと抜群の集中力というものを発揮しながらメジャーリーグでプレーし続けてきたのだろうと思うのだ。
そして、自分の勝手なこじ付けかもしれないが、2009年のワールドシリーズを見て思ったのが敬遠されたあの5打席は、ちょうどMVPを取るきっかけにもなった、ペドロ・マルチネスと対戦した第2戦と第6戦の5打席と重ね合わせられるかのように、記憶によみがえってくるのだった。まるで、「野球の神様」が未来というものを予測して、この最高の舞台に、5打席連続敬遠の5打席をここで用意してくれたのではないのかと思うようなものであった。この2試合とも松井が打ったのは決勝弾となるホームラン。やはり、敬遠しないと驚異的なことをやる選手であることの証であったのかと思うばかりであった。そう思うと、なぜか5打席連続敬遠されて良かったのではないのかと思うのであったし、これが、野球、ベースボールという歴史になり、その歴史を作るものなのだという、まるで、描かれたドラマのようなものを見ている感じであった。松井秀喜というプレーヤーは、甲子園での優勝を逃し、プロに入ってからは2軍からのスタート、新人王は日米とも獲得ならずなどで出しはよくないが、その後、大きな活躍し大きなものを勝ち得る選手であったと感じるところが多い。なので、スタートが悪いのが逆に良かったような気もするのだ。(結局、新人王を獲得した選手たちを後々抜き去っていったからだ、別に、新人王を獲得することは決して悪いことではないので、そういった偏見のような考えを持つのも望ましくはないが)しかし、その2009年のワールドシリーズ以降は、年齢(これは仕方ないものだし、原因はそれだけでないはずだが)や怪我などのこともあり成績は、下降気味で、ついに、昨年の12月28日のような日が来てしまった。日本で10年、アメリカで10年という丁度、区切りのいいところでの現役選手としての終止符ということになった。
そして、突然の国民栄誉賞の授与を恩師の長嶋茂雄氏とともに受賞することになった。もう、松井のホームランを見ることはできなくなるが、お疲れさま、そしてありがとう受賞おめでとうといいたい。
2年という歳月だけが過ぎていく、3月11日
3月11日このあたりになると、震災の報道が多くなるというのも当然のことだあるが、未だに多くの人々がその苦しみから抜け出せないままでいる。復旧、復興という言葉だけが悲しくスローガンのように鳴り響くだけで、人々の生活は立ち直りを見せない。2年という月日だけが過ぎていく。地震・津波そして原発事故という村や町を飲み込んでしまうという惨事からの立ち直りは、簡単でないことは、十分承知しているつもりでも、回復する難しさだけが感じることになってしまう。支援というものは、忘れてはいけないし、簡単なものではないという現実と2年経っても進まない回復への難しさ。再び思い出しながら、忘れずに考えて、支援を継続するということの大切さを実感するのであった。
原発事故もまだまだ解明されていないところも多い
一時期、原発に関する報道というものが、少なくなってきたことを懸念しているところもあったが、ここにきて再び報道されているので、忘れ去られているという最悪の事態は、免れているようでもある。しかしながら、まだまだ、原発事故に関しては、解明されていないところも多いし、最近になってようやくわかりつつたる部分も多いのが現実である。何せ、これほどの危険で、生命の維持を危うくさせるということに対して、調査をするわけなので、これからも解明されていく新たに見つかるということも多く含まれてくるであろう。これほどまでに難しいものを現時点で工程表などというものをつくってそれ通りに作業が進むということなど、最初から到底無理な話でもあるが、それでもそういった工程表というものをつくることに対して反対や意義を唱えるわけでもないが、それを目標にしながら作業というものを進めるより他ないが、それ自体が、未知の作業なので、上手くいくことが難しく無理難題に対しての挑戦であることを忘れてはならないということでもある。なので、工程表通りに行かないところが多分にあることは、当然であるし、危険な作業が多く含まれていることに対しての認識というものを多くの人たちが忘れてはいけないことでもある。あくまでも、工程表は、一つの目安と考えるべきで、それを絶対視するようなことは、危険極まりないといえる。何でも、早く済めばよいにこしたことはないが、慎重に、この工程表に関しては、状況判断によって変更したり改善したりする必要があるし、もしマスコミなどのTV報道で、工程表を絶対視するような報道があれば、それ自体が危険極まりないとしか言いようがない。原発の問題は、多くの時間を要する複雑で、一過性の考えというものが通用しない問題であるという認識が必要であるといえる。これからも随時、的確な報道というものを望みたいものである。
明けましておめでとうございます 2013年もよろしくお願いいたします
毎年恒例のタイトルですが、これで決まりでしょう。最近、ブログの更新が少ないですが、特に変えるつもりもないですが、このような調子でしょう。
今年もよろしくお願いいたします。
今年もよろしくお願いいたします。
