和して同ぜず、同じて和せずの意味を確認する。 | 南青山えこ ブログ

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こんにちは。笑壷(えこ)です。


今日は東北地方に台風が近づいていますね。大きな事故のないように祈ります。


さて今日も、引き続き、『信じる力』について、お話をさせていただきますね。


江戸時代の日本人は、信じる力を前提とする社会を確立していました。

当事の日本人は、どのようにして、自分の考えを人に伝えていたのでしょうか?


西洋文化では、小さな子供の頃から、自分の考えを明確にしたり、発言するトレーニングを

たくさんして、コミュニケーションを言葉で伝えるという文化が確立されています。

それに対して、日本では、『言わずに伝える』という文化が確立されました。

皆さんもご存知の『察する文化』というものです。


なぜ、日本では、察する文化が発展したのでしょうか?

実は、言葉にせず、態度で示した方が、多くの情報を届けることができるのです。


あなたは、「自分の思いを、言葉にすることができない。」

と思った経験はありませんか?


自分の思いを、人に伝えようとすると、どの言葉を選んでも、

意味が半分くらいしか伝わらないし、

その言葉を聞いた人が、理解してくれる度合いは、更にその半分くらいで、

結果的に、自分が伝えようとした事のうち、4分の1くらいしか伝わらない。

「これじゃ、伝えたって事には、ならないんじゃないかな?」と、

私は、何度も悩んだ経験があります。


言葉には、限定力があります。

思いを言葉に置き換えた瞬間、人の思いは、限定され、

小さな範囲に閉じ込められてしまいます。


言葉では伝えられない大切な事を、人に伝えるためには、

『言葉に表さない』という事の方が、

微妙なニュアンスなども含めて、雄弁に伝えることができるのです。


歌舞伎役者は、自分の子供を、小さな頃から歌舞伎役者として育てます。

伝統を守る為には、自分の生き様を通して、全ての知識や文化を継承するしか

方法がないのです。

そして、最も優れた日本流の子育て術だとも言えます。



言葉では伝えられない大切なことの中で、一番大切なのは、人の想いです。

人の行動を通して、その人が、何を得ようとしているのか。

何を大切にしているのか。


生き様や、他人との関わり方、過去からのつながり、未来へ残したいこと。

人が何を目指しているのか、動機や使命や志は、何なのか、

それを伝えるとしたら、生き様でしか、届けられないんですよね。


過去の日本では、一人一人が自分の想いを明確に持ちながら、志を立て、

自分の生き様を通して、自分の思いを周囲の人に態度で伝えたり、

周囲の人も、人の思いを汲み取って、一緒に行動して、

成果を未来につなぐ事ができていました。


察する文化を成立させる為には、前提として、3つの事が必要です。

1:人間関係に信頼がある事。

2:自分にも他人にも素直で正直である事。

3:自分が生きる道の延長線上に、自分の目指す人物像がある事。



江戸時代、外国から来た人達が、日本人に出会うと驚愕して、

たくさんの記述を書き残しました。


「この民族は、笑い上戸で、心の底まで陽気である。」

「不機嫌な顔をした人を1人も見ない。」

「正直で、舟の渡し料を多めに払ったら、差額を返してよこした。」


などなど、江戸時代の人々の様子が、どれだけ幸せだったか、伺い知れますね。

江戸時代の日本人には、『信頼・素直・道』この3つが、

共通認識として存在していたことが、外国人の記述からわかります。



現在の日本では、戦後のアメリカの占領政策で、社会の構造改革が行われた結果、

『信頼・素直・道』の3つの精神を、重点的に破壊されてしまいました。


信頼は疑いに、素直は我に、道は個人の自由に、置き換えられて、

私たちは、教育されました。


映画や小説やテレビや新聞などで、新しい価値観が宣伝され、

学校でも、民主主義という名目で、個人の自由主義を教えられた結果、

日本人の価値観は、大きく変わってしまいました。


日本では、もう『察する文化』を続ける事ができなくなりました。




それでも、日本人のDNAには、『察する文化』が残っているため、

疑いを前提とした社会構造の中でも、

『察する文化』を挙行するという現象が、現在の日本では、続いています。


『KY』(空気読めない)という言葉が流行しましたね。

その場の状況を把握して、自分の役割に応じて発言できない人は、

空気が読めないダメなヤツだという意味です。


日本人、スゴイですね!

社会に、人を信頼するという前提を、破壊され尽くしたのに、

まだ、人を信頼して、チームワークでコミュニケーションを取ろうとして奮闘しています。

特に、若い世代の空気を読もうとするエネルギーに、私は心を打たれます。


ただ、残念ながら、現在の『空気を読む』という流行は、

『和して同ぜず、同じて和せず』です。

上っ面のつきあいしかできないという弊害を生みます。

その仕組みを、お伝えしていきましょう。


 子曰く、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず (論語より)


意味は、こんな感じです。


 孔子様は、おっしゃられました。

 君子は、人と調和・協調するが、やたらとつるんだりはしない。

 反対に、小人はよくつるむが、調和しない。


つまり、人の見本になるような大人の人は、人と協調して仕事をやり遂げますが、

日頃は、自己研鑽に励み、やたらと他人とベタベタしません。

それは、自己を確立し、志を立て、自分の道を歩み、人と和を構築し、

本当の意味で信頼関係を築き、心が通い合っているからです。


それに対して、自分の軸がなく、子供のような、狭い心の持ち主は、

どこへ行くにも仲間とつるみ、誰かの顔色を気にして意見を合わせて、

カメレオンのように、自らの姿を同化させようとします。

でも、うわべを取り繕っているだけで、心は通っていないので、

結局は、和を構築できず、信頼関係を築くことができません。



現在の日本の社会では、同じて和せずが、主流になってしまいました。

支配者にとっては、都合の良い、奴隷社会です。

人々が、お互いに信頼し合っていない上に、うわべだけは、強い者に従順です。


恐怖や不安を人々に与えると、強い者に守ってもらいたいという気持ちになります。

支配者に同化しようと従順する力が増します。

常に、テレビや新聞で、国民の不安を煽るだけで、

支配者は、国民を従順に操ることができます。

税金を高くしたり、不必要な物を買わせたり、福祉サービスを減らすと、

ますます不幸が蔓延して、奴隷達は、支配者に対して従順になります。



私は、現在の日本の状況で、特に、若い世代が、危険だなと感じています。

今の日本の社会は、誰とも、心を通い合わせることができない、生きることが難しい社会です。


普通に生きているだけなのに、世界にたった1人と言っていいくらいの孤独が、

若い人達を襲っています。


ゲームやマンガの主人公に自分を投影する事くらいしか、

自分の気持ちを確認することができません。


アイドルが一生懸命に人気を獲得していく成長ストーリーを自分が応援することで、

自分の存在価値を確認しています。


人が、孤独を感じてしまうのは、心からの触れ合いが少なくなっているからです。

孤独は、人の命を蝕みます。

寂しいと死んでしまうのは、ウサギだけではありません。人間もそうなのです。



自分の気持ちを誰かに理解して欲しい。人の気持ちを理解したい。


その強い欲求の現れが、『空気を読む』という行動に現れていますが、

その行動から、本当の心の安息は得られません。


リアルの世界で得られない心の安息を、フィクションでおぎなって、

なんとか命をつないでいる。それが現在の日本の姿です。

大変、危険な状態に、今の日本は来ていると私は危惧しています。


でも、私は希望を失っていません。


日本人は、かつて、語らずとも、人の気持ちを察することができた民族です。


日本人が、日本人らしさを取り戻すことさえできれば、必ず、この危機を脱することができる。

と、私は信じています。


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=本日の夢が叶う選択=

『 和して同ぜず、同じて和せずの意味を確認する。 』

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