Reading in the daily life

Reading in the daily life

日常の中の読書

Amebaでブログを始めよう!
中沢 孝夫(著)
筑摩書房



 中小企業の海外進出について、そのあり方を述べた本。

 中小企業は、東南アジアに進出していき、グローバル化と、本国における発展という両方の利益を得るべきだ、と著者は主張する。

 著者によれば、まだまだ日本のものづくり現場はがんばっているという。
 また、無くなっているといわれるアメリカでのものづくり現場も、現在も残っていると述べています。
 各国で、それぞれ生産現場があるというのは、それはそれで素晴らしいことです。

 また、中小企業の人材育成については、必要な事は現場で覚えさせるということを述べています。
 もちろん、大企業では、現場以外での育成もあるだろうけども。

 そして、日本では中小企業施策は多く作られており、素晴らしいと述べる。
 しかし反面、施策は整理されていなく、もうすでに必要でない施策までたくさん残っているという。

 事例として、出てきた企業は、「東研サーモテック」、「興和精密工業」、「株式会社タカギ」、「シオガイ精機」、「白崎コーポレーション」などである。
 苦労をして、ベトナムにおける工場をたちあげると、案外、日本よりも、大手企業とのネットワークができるという。
 それも、地道な努力からの、ものづくりのチカラがあってのことだとしています。

 印象に残ったのは、野口悠紀夫の「大震災からの出発」を批判していること。
 それはものづくりを知らない人の論理だという、さらに、ソニーの出井伸之元社長も、アメリカ帰りで、ものづくりを知らないために、ソニーが傾いたのはないか、という指摘もされています。

 日本の中小企業が、グローバル化の中で、海外進出をしながら生産を行っている現状を知ることができる本です。

工藤 浩司(著)
実業之日本社


 ディベートと言えば難しく聞こえるが、単純に言えば反論である。その方法を考える本。
 立場の違いなどがあるだろうから、社内では使いにくいにしても、会議などの議論では基本的な考え方として使用できるだろう。

 著者は、最初に現代の日本について、「反論しないと見くびられる社会」と定義して、著者の考える日本的な会社について書いている。
 ただ、役所や官僚的な会社にしてもそうだが、反論しないことが良いことになっているのではないだろうか。「出る杭は打たれる」のが慣習化して、打たれない事が良い事になっている会社は多い。

 著者は次のように書く。
 「質問や批判があったなら、あなたは何か口にしよう。広い意味で、「それについては分かりません」というだけでも、十分に反論になる。」
 なるほど、認めることが良いことなのだ。

 サークルのリーダーは採用しないと人事課の人は言うという。
 その理由は、「今の若者たちは、自分に危害の及ばない程度の人をリーダーに選ぶからです。」
 これは、以前に読んだ本に書いてあった、最近の若者は、強いリーダーシップではついてこない、という話を思い出す。
 共感出来る人についていくのだが、。その点、やはりサークルのリーダーは良いのではないだろうか、などと考えました。

 この本の良い点は、53ページにあるように、「反論を人と人との争いととらえてしまうと、失ってしまうものがある。それは「真理の発見」だ。
中略 人格を批判し会うようになり、ついには泥仕合となってしまう。そんなことになって一番迷惑を被るのは、「真理の発見」そのものだ。」
 つまり、議論はなんのためにするのか、を著者は言うのです。
 なにか真理を見つけるためにする議論が、人をけなすだけのものになってしまう、という。

 その事例として、上司が、部下に意見を聞いたにもかかわらず、部下の意見に人格攻撃をした場合について述べている。
 このときに、「失礼ですが、部長。今のような意見を言われては、部下が萎縮してしまい、自由な議論ができなくなってしまいます。もし、自由な意見を部下から求めているのであれば、そのような発言は控えたほうがよろしいと思います」と批判してもよい。」と書いています。
 さて、これで上司が熱くなった場合は、どうするか。そこまでは書いてはいないものの、反論としては同席している部下や同僚の共感は得られるでしょう。


 熱くならずに、部下が上司に反論する方法を教えてくれる本です。



山川 博史(著)
アーク出版



 店舗の中でも外食店は、入れ替わりの激しい業界だ。
 そのような業界の中で、生き残っているための手法を学ぶ本。

 55の速効リセットプランとあるように、オーナー、つまり経営者の考え方だけを変換するだけで、変わることもあると著者は書いている。
 そのため、プランの中には、経営者の意識を改革するだけというものもあります。

 たとえば、プラン2では、「「自分のやり方を変える=負け」という発想にしばられていないか」と書きます。
 店をはじめた頃の若い人たちと今の若い人の感性が違う。「ビッグになる」という発想は無い。そのような従業員を経営者が受け入れる。
 また、多くの店舗を所有することがステータスという発想から抜けられない。1店舗だけで良い質の店舗を持っているという発想でも受け入れる。
 などなど。発想の転換を、経営者に勧めています。

 また、著者は、「業態、スタッフ、教育の手法、相談する人」などは変えられないものではない。すべてオーナーが変えられるし、選ぶことが出来る。」と書きます。
 そのうえで、「一番よくないのは、選択した責任を自分でとらず、それでいて新たな選択もしないということなのです。」としています。


 まず、不振店のオーナーに、著者は、「いま変えられることは何ですか?」と聞くといいます。
 なるほど、まず、経営者自身のとらわれ、を解き放つことが大事ということなのです。
 さらに、面白いと思うのは、経営者が「一人でやらない」ということ。
 「自分だけの力では、その力以上の店はできません。」と書いているのです。
 そして、飲食店スタッフにキャリアアップできる道をつくる、というのも人材育成を簡単な言葉で書いています。
 スタッフに、本を読ませること、著者は、ロン・クラークの「あたりまえだけどとても大切なこと」を推奨しています。

 社内ネットワークをつくることも提案していますが、最も良いのは、このような社内ネットワークでも、スタッフを褒めちぎることらしいです。

 なるほど、経営者が意識改革をして、良い人材を育てることが良い会社をつくるという基本を確認することができる本でした。

斉藤 健(著)
筑摩書房 ちく
ま文庫

 日本の歴史のうちで、日露戦争後、太平洋戦争敗戦まで、日本はどのように転落することになったのか。
 著者は、世界から絶賛された日露戦争の日本人と、その後、世界大戦における日本人はまったく違っているという。

 著者によれば、明治の武士道精神を持った支配層に比較して、その後、陸軍大学校を出た司令部層は、小粒であったという。

 著者は、「明治の武士道精神を持った支配層」として、福沢諭吉、原敬などをあげる。
 福沢諭吉は、中国の歴史書を読み解き、「佐伝全30巻は11回読み返し、おもしろいところは暗記していた」という。
 あと、原敬についても、ジェネラリストであったという。
 1920年代初頭には、そのような明治のジェネラリストはすべて死去する。

 その後の政治家、軍人は小粒である。それはまるで、昭和中期の、大物政治家に比較して平成の政治家が小粒であるごとくである。

 そして、明治までは守られていた「政略優先」、現代で言うシビリアン・コントロールが、新世代の軍人により「統帥権の独立」というシステムに組み伏せられる。
 それが軍部の独走になっていく。「原敬の死が、政治の転換点」と著者は書いています。 


 この本を読んで、一番、印象深かったのはミッドウェー海戦についての記述です。
 陸軍首脳、東条英機首相ですら、ミッドウェー海戦の実情は戦争が終わるまで知らなかった、というのです。
 このように、情報コントロールをされていたと著者は述べています。

 日本がこのような「転落の歴史」を再度たどらないように、どうすれば良いのかと考えさせられる著作です。

津谷 典子 (著, 編集), 樋口 美雄 (編集)
日本経済新聞出版社



 日本経済と人口問題について、多数の学者が論考をおこなった本。

 分厚い本だが、読み応え以上に、収穫がある本だ。
 これから、人口と経済成長は、同一の軌跡をたどる。だから、人口オーナス(負債)が、これからの日本に影響を与える度合いは大きいのではないか。
 それに誰しもがおびえている。

 「日本経済は終わり」や、「日本経済に成長はない」、という論調はそこから出てくる。
 実際、この本の60ページに出てくる人口ピラミッドはひどくいびつだ。
 人口は、これから数十年は徐々に減少していき、2055年には、その100年前、1955年と同程度の人口になるだろうという。
 2055年、8993万人。1955年、8928万人、である。

 しかし、その時の若年者は、とてもとても少ない。

 樋口美雄は、「討論5」において、人口の減少は資本装備率を押し上げ、生産性の向上、技術進歩の促進を容易にし、1人あたりGDP成長率を引き上げる効果があるという。
 しかし、高齢化による貯蓄率の減少により、海外資本の流入から輸出入に影響が有る点がマイナスとなる。

 そのように、日本経済の与える影響については、広範な論考が必要となるのだ。

 政府の出した資料では、1990年生まれの女性で、孫を持たない女性の割合は、低い場合を想定して6割にも達するという。
 孤立して生きる女性が増加する、どころかそういった人が人口の大部分になる。

 岩井克人は「解説」として、少子化への対策の必要性のまえに、考え方について整理する。
 生みたいのに、社会経済的環境がない、また、若い世代に金銭力が足らない場合、国が施策を考える余地はあるという。
 しかし、未婚の人を、結婚させる、子供を産ませることは、国の施策では原理的にそれとは違いがあるというのだ。
 つまり前者なら、その施策は、正当性を持つはずである、という。


 第2部では、社会保障、年金と医療保険について論考している。
 人口減少の中で、制度は続けられるのか、どうすれば良いのかという点である。

 その前に、「消えた年金問題」、2013年の今となっては懐かしいような問題、しかし、まだ解決もされていない問題である。
 これは、厚生省において、「年金局上位性」があったことが問題だったと、書いています。
 「実務担当、社会保険庁や社会保険事務所を冷遇してきた。実務担当機関のエリートポストは極端に少ないわりには非常勤職員比率は高い。」という。
 組織の統治(ガバナンス)は絶対的に不足していた。
 それが、消えた情報、年金問題となっていった。

 この本では、基礎年金にかぎってとして、「賦課方式」(後の年代の人が負担)。
 徴収は、「税方式」、を選んでいる。

 「岩本康志、福井唯嗣」両者の論考では、医療・介護は、「社会保険方式」徴収にして、積立方式に、100年かけて移行する方法があるという。

 出版年度が少し古い本だが、この本に書かれている基本は変わらない。年金問題などは、この時点から時間が経過している分、冷静に読むことができる。論点が整理されており、日本経済と人口問題について理解できる本でした。


著者 村山 元英、村山 にな
文眞堂


 日本とアメリカ、そのような異文化、異文明の間に横たわるものは何か。
 著者、村山元英(むらやまもとふさ)は. 現在、シアトル大学招聘著名教授(経営学部)、千葉大学名誉教授という方です。

 この本は、アメリカでの暮らしが長い著者が、日本とアメリカの溝を語ったものです。

 著者は、偏見、また、越えにくい溝があるという。破れない殻を破るにはどうすればよいのか。
 それは、日米の対立構造ではなく、単なる協調でもない。日米を越えた、「世界規範」であるという。
 また、経営としての「場」が必要だという。

 著者は、そのような場と規範として、単なるグローバリズムでなく、またローカルを無視したものでなく、グローカリズムを提唱しています。

 著者が勧めるのは、外国語学習、異文化交流には必須のものである。
 たとえば、英語を学習するには、英語の番組だけを見れば良い、という。
 そして、英語で「全人格的能力」の表現ができること、さらに、表現した内容に、「知的教養があること」

 このような異文化・異文明の交流により、創造的破壊が生まれると著者は示唆しているのです。
 この本は、経営学への提言というだけでなく、そのような異文化との付き合い方という点で、とても刺激的な本でした。

著者 ピーター・ボグダノヴィッチ  訳者 高橋 千尋
文遊社

 映画監督ボクダノヴィッチが、ジョン・フォードにインタビューした本。
 多くのエピソードとともに、フォードの映画について詳細な解説もある。

 ジョン・フォードのみならず、映画ファンにとっては、とても素晴らしい本だ。
 というのも、1910年代に若い少年だったフォードが、すでに映画界に入っていた兄を頼ってハリウッドに入り、そして、様々な経験を経て、映画監督として始め、映画作りをしていくのを映画の解説と、ジョン・フォード自身の回想で読むことができるからだ。

 フォードが、どのような人物だったのか。
 いわゆる赤狩り、でセシル・B・デミル監督を頭とするギルドの一派が、マンキーウィツを告発しようとした事件。
 映画人を前に、フォードは話をする。まず、監督としてのデミルを賞賛したあとで、
 「しかし私はあんたが嫌いだよ。C.B.そして、あんたが今夜ここで長たらしい演説をぶったことも好かん」そして「私は、ジョー・マンキーウィッツに信任の一票を入れることを提案する。」
 そして、皆はそのようにしたのだった。

 読み終わった後で、「幌馬車」「太陽は光り輝く」など、フォード自身が気に入っている映画をもう一度見たいと思ってしまいました。
著者 郷地 秀夫  かもがわ出版

 広島原爆の医療に関わった神戸の医者が、原発事故の医療について問うている本。
 実際にここに書かれている事の中では、わかりにくいものが多い。
 というのも、低い線量の被爆はどうなものか、この本を読んでもはっきりは分からないかったからだ。

 この本では、原爆との比較で書かれているので、α線と書かれると、実は、測定されていない放射線があるのではないかと疑ってしまう。α線は、毒性は高いが、遮蔽されやすいということだ。
 確かに政府の説明はあいまいなままであることは確かです。原子力発電所から漏れた放射能の説明がほしいとは思います。

 福島原子力発電所の説明で、保安院の中村幸一郎という人が、まったく出てこないようになった。という問題も興味深い。
 2011年3月13日の説明に出てきて、炉心融解が進んでいる可能性がある、と言ったためのようだ。

 福島の原子力発電所では、その3号機は、MOX燃料で、他の福島にある原発号機とは違うという。残存燃料が倍ぐらいあるようだ。また、アクチニドという毒物が出るという。

 また、放射能の拡散については、米国NNSAの国家核安全保障局のホームページでの情報について書かれている。
 こちらに3月16日の拡散図が、パワーポイントで掲載されているという。
 ユーチューブでは、「米国エネルギー省国家核安全保障局の福島原発生データ 」などが、掲載されていますね。


米国エネルギー省国家核安全保障局の福島原発生データ

 さらに、電源開発促進税法によって、原子力発電所が宣伝されている。国民が108円、全員負担しているという事など、国民の費用負担についても書かれています。

 著者は、原爆医療に関わったことから、使命感にかられて、放射能の恐ろしさについて細かく説明をしています。
 本書では、そのことが、反原子力発電所というメッセージを帯びて読めてしまい、そのプロパガンダぽく読めてしまい、中立的な立場でないように思える点が残念なところです。
 全体的に、放射能の被害については、まだまだ本当に分からない事が多い、という印象をもちました。

 「小学館クリエイティブ編集」による本です。

 2011年3月11日の東日本大震災を背景にして、日本のこれからを考えた本。総論的なな著書で、様々なジャンルを網羅してあるために、印象としては、曖昧なものになってしまっています。

 最初の論考は、「インサイダー」編集長の高野孟。原発問題について、消費文明からの決別が必要と述べています。
 また、その中で提示される「世界で最も危険な17の原発」というウォールストリートジャーナルの記事は衝撃的です。
 上位に占めているのが、日本の原子力発電所だからです。

 また、川北稔の「近代資本主義」の解説もわかりやすい。
 ウォーラーステインの「近代世界システム」は一度、読んでみたいと思います。

 柴田明夫の資源・食糧問題、浜矩子の経済成長論など、興味深い議論が続く。
 いずれも、問題の提示です。

 浜矩子は、経済成長により完全雇用を実現などという高度成長は出来ないと書く。だとすれば、どのような方向の経済運営があるのか、その大きな図式は述べられないが、実際には、まだまだ模索途中というところなのだろう。

 人口問題について、中嶋圭介が書いている文が興味深かった。これは戦略国際問題研究所、の研究内容となっているという。
 中嶋は、経済成長は、「労働人口増加率×生産性向上」という。そういう意味で、人口ボーナスがあれば、成長できるわけだ。
 日本は悲観的なまでに人口減少である。
 それでも、60歳以上でみた、高齢者と子供の同居は、日本はイギリス10%に対して、44%と非常に高い。このような暮らし方が、日本の将来を考えるうえで、ヒントになるかもしれない。

 そしてエネルギー問題、エネルギー環境問題研究所の石井彰。
 代替エネルギーは安定性が無いのでダメだという。それよりもコジェネレーションなど現在の発電の効率化が大事と説く。さらに、エコ・カーよりも小型車に切り替えることが大事だという。
 さらに、天然ガスを使うと埋蔵量は数百年はあると述べる。天然ガス複合発電に、火力発電を切り替えるという事だ。

 大震災をうけて、経済成長に頼らず、大量消費社会から決別した社会をつくる。そのような理想は素晴らしいけども、その社会の実現には、まだほど遠いとも感じる本でした。

著作 ジョン・カーペンター、ジル ブーランジェ


 ジョン・カーペンターのインタビュー本。この本では、学生時代からの生い立ちが語られる。そのことで、この監督の本質が見えてくるように思われるので興味深く読むことができました。

 鮮烈に印象に残った若い頃の記憶が、その映画作りに、関連しているということ。
 64~5ページの記述である。黒人を物として殺す、その記憶が、「人間か、物か」、という映画作りになっているのではないだろう、と思いました。

 この映画監督の作品は、B級だと言われる。それは、カーペンター自身も感じているようで、次のような言葉からも分かる。
「思弁的になるにしたがって、わたしの映画はどんどん成功しなくなっった。映画というには知的なものではなく、エモーショナルなものだからかもしれない。」

 そして、この監督の最大の問題作、「遊星からの物体X」については、次のように言っています。
「「遊星からの物体X」はなによりも、人間が人間性を失ってしまうこと、人間らしさを失ってしまうことを描いた映画なんだ。」

 なるほど、若い頃の記憶が、強烈なインパクトを与えて、作品のエモーションを形作っているのかもしれません。
 カーペンターの言葉でも一番印象に残るのは、次の言葉です。
 「わたしの友だち数人が、銃を手に取り、車に乗って町の黒人地帯に行き、辺りをゆっくりと走行しながら、ポーチにすわっている人たちに向けて銃をぶっぱなしたんだよ。使ったのは競技用の22口径と33口径だった。おもしろ半分にやったんだとさ。」