今日もブログ更新。
前回に続いてフィギュアスケート関連の話題。
3月3日付の産経新聞朝刊談話室。
フィギュアスケートの浅田真央に関する主張がふたつ。
1つ目は、
高度な技を追求する「フィギュア道の求道者」浅田真央と「リアリスト」キムヨナという対比。
浅田に求道者をやめ、リアリストとして報われるための努力をしてもらいたいというもの。
2つ目は、
浅田の悔しそうな姿から、1番を目指さなくていい、という昨今の風潮を諌める意見。
子どもたちに1番を目指す努力の大切さが伝わっただろうというもの。
正直言って、そんなに1番になることって大事なんだろうか?
って蓮舫じゃないよ。(これに関しては後述する)
この話を聞いてると、男子の4回転ジャンプの話を思い出す。
ライサチェクが4回転は飛びませんって言って、
プルシェンコが4回転を飛ばないやつは王者にふさわしくねぇ、て言って
高橋が、僕にとっては必要って言った。
で、結局ライサチェクは完璧な演技をして、
プルシェンコはきれいではなかったけど4回転を成功させ
高橋は4回転に挑戦して失敗した。
選手個人レベルで考えれば、
高橋とかライサチェクの立場「自分にとって必要かそうでないか」が適当な態度だと思うけど、
スケート界の将来とかもっと大きく考えれば、プルシェンコのような考え方もできる。
確かに4回転をいれるか入れないか、で言ったら、入れた方がいい。
でも選手にはしたい演技、できる演技、美学も目標もそれぞれ違う。
それぞれがすべて同じ方向に一致していればいいけど、
高い順位を目指すために、美学をとるのか
美学を貫けなきゃ、高い順位でも意味はないのかっていう選択の必要性は常にある。
それで僕の結論は、4回転跳んだかどうかなんかどうでもいい。
それよりも、選手がどう考えて、どう滑るか。
その流れを知りたいし、尊重したい。
高橋は4回転に挑戦しないで完璧にやっていれば、
2位に食い込んでいた可能性はちょっとは上がったかもしれないけど
自分の理想に挑戦する、その心意気を買いたいと思う。
もし、みんなが4回転を跳ばなきゃ王者じゃない!っていうなら
4回転に挑戦することにインセンティブをつければいい。
フィギュアスケート界の人が、これがあるべきフィギュアスケートだ!
っていう方向で採点方式を変えれば済むことじゃん。
浅田がリアリストで、もう少し難易度を落として完璧な演技をしたら、
金メダルの可能性も高まったかもしれない。
でもそれって浅田の理想なんだろうかと思う。
っていうことすら僕みたいななんも関係ない奴が詮索することもないと思うけど。
でも浅田は自分の理想に向かって突き進めばいいと思う。
もちろんそれが、どんどん難易度の高いものに挑戦する、でもいいし、
ソチオリンピックで何が何でも金メダルを取るって事でも歓迎だ。
ところで、2つ目の記事に関して。
オリンピックに出るような人たちの多くは、あれに人生のほとんどの時間を費やしている。
それこそ人生を懸けている。
フィギュアスケートの人たちは、
フィギュアが誰よりもできる存在じゃなくなったらほとんど人生終わりなのだ。
もちろんフィギュアができなくなったら人間的に価値もないとか、そういった意味ではない。
でもそれくらい必死。なはず。
オリンピックに出られる人はまだいい。
あの人たちはピラミッドの頂点でその下には、
かなわない夢の途中や、夢破れた人たちがごまんといる。
というかそっちの人たちになることの可能性の方が高い。
1番を目指してやる、ってことはそういうことだ。
本当に1番を目指すということにはすごい覚悟が必要だ。
だから、一般の人が1番を目指して努力することに僕は賛同しない。
それよりも順位とか関係なく、自分を向上させることを努力すべき。
ところで、僕は蓮舫さんとは考え方は違う。
日本は科学技術立国を目指している。
資源とか何とかが不足している日本では、科学技術をのばしてくしかない、らしい。
それなら日本は科学技術に必死で命を懸けるべき。
科学技術が1番じゃなかったら日本にほとんど価値はない、と考えてもいい。
なんて長々と書いてきたが、
高橋の演技は最高だったよ。感動した。めったにあんな感情になることはない。
それに今回の日本男子選手3人はそれぞれ味があって、見ていて楽しかった。
ついでに言うと、ランビエールも表現が最高!復帰してきてくれてうれしい。
そういう気分にさせるものが、浅田選手にも出てくれば、面白いと思う。
今回の「鐘」だってシーズン途中まではどうかな?と思ったけど、
バンクーバーではしっくりき始めていた。
この挑戦は確実に浅田を成長させている。これからも浅田は成長する。
前回に続いてフィギュアスケート関連の話題。
3月3日付の産経新聞朝刊談話室。
フィギュアスケートの浅田真央に関する主張がふたつ。
1つ目は、
高度な技を追求する「フィギュア道の求道者」浅田真央と「リアリスト」キムヨナという対比。
浅田に求道者をやめ、リアリストとして報われるための努力をしてもらいたいというもの。
2つ目は、
浅田の悔しそうな姿から、1番を目指さなくていい、という昨今の風潮を諌める意見。
子どもたちに1番を目指す努力の大切さが伝わっただろうというもの。
正直言って、そんなに1番になることって大事なんだろうか?
って蓮舫じゃないよ。(これに関しては後述する)
この話を聞いてると、男子の4回転ジャンプの話を思い出す。
ライサチェクが4回転は飛びませんって言って、
プルシェンコが4回転を飛ばないやつは王者にふさわしくねぇ、て言って
高橋が、僕にとっては必要って言った。
で、結局ライサチェクは完璧な演技をして、
プルシェンコはきれいではなかったけど4回転を成功させ
高橋は4回転に挑戦して失敗した。
選手個人レベルで考えれば、
高橋とかライサチェクの立場「自分にとって必要かそうでないか」が適当な態度だと思うけど、
スケート界の将来とかもっと大きく考えれば、プルシェンコのような考え方もできる。
確かに4回転をいれるか入れないか、で言ったら、入れた方がいい。
でも選手にはしたい演技、できる演技、美学も目標もそれぞれ違う。
それぞれがすべて同じ方向に一致していればいいけど、
高い順位を目指すために、美学をとるのか
美学を貫けなきゃ、高い順位でも意味はないのかっていう選択の必要性は常にある。
それで僕の結論は、4回転跳んだかどうかなんかどうでもいい。
それよりも、選手がどう考えて、どう滑るか。
その流れを知りたいし、尊重したい。
高橋は4回転に挑戦しないで完璧にやっていれば、
2位に食い込んでいた可能性はちょっとは上がったかもしれないけど
自分の理想に挑戦する、その心意気を買いたいと思う。
もし、みんなが4回転を跳ばなきゃ王者じゃない!っていうなら
4回転に挑戦することにインセンティブをつければいい。
フィギュアスケート界の人が、これがあるべきフィギュアスケートだ!
っていう方向で採点方式を変えれば済むことじゃん。
浅田がリアリストで、もう少し難易度を落として完璧な演技をしたら、
金メダルの可能性も高まったかもしれない。
でもそれって浅田の理想なんだろうかと思う。
っていうことすら僕みたいななんも関係ない奴が詮索することもないと思うけど。
でも浅田は自分の理想に向かって突き進めばいいと思う。
もちろんそれが、どんどん難易度の高いものに挑戦する、でもいいし、
ソチオリンピックで何が何でも金メダルを取るって事でも歓迎だ。
ところで、2つ目の記事に関して。
オリンピックに出るような人たちの多くは、あれに人生のほとんどの時間を費やしている。
それこそ人生を懸けている。
フィギュアスケートの人たちは、
フィギュアが誰よりもできる存在じゃなくなったらほとんど人生終わりなのだ。
もちろんフィギュアができなくなったら人間的に価値もないとか、そういった意味ではない。
でもそれくらい必死。なはず。
オリンピックに出られる人はまだいい。
あの人たちはピラミッドの頂点でその下には、
かなわない夢の途中や、夢破れた人たちがごまんといる。
というかそっちの人たちになることの可能性の方が高い。
1番を目指してやる、ってことはそういうことだ。
本当に1番を目指すということにはすごい覚悟が必要だ。
だから、一般の人が1番を目指して努力することに僕は賛同しない。
それよりも順位とか関係なく、自分を向上させることを努力すべき。
ところで、僕は蓮舫さんとは考え方は違う。
日本は科学技術立国を目指している。
資源とか何とかが不足している日本では、科学技術をのばしてくしかない、らしい。
それなら日本は科学技術に必死で命を懸けるべき。
科学技術が1番じゃなかったら日本にほとんど価値はない、と考えてもいい。
なんて長々と書いてきたが、
高橋の演技は最高だったよ。感動した。めったにあんな感情になることはない。
それに今回の日本男子選手3人はそれぞれ味があって、見ていて楽しかった。
ついでに言うと、ランビエールも表現が最高!復帰してきてくれてうれしい。
そういう気分にさせるものが、浅田選手にも出てくれば、面白いと思う。
今回の「鐘」だってシーズン途中まではどうかな?と思ったけど、
バンクーバーではしっくりき始めていた。
この挑戦は確実に浅田を成長させている。これからも浅田は成長する。