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ぢぢぃの仕事

ガス給油

どこもすごい行列だと見聞きして知っていたが
ウチもいよいよガス欠間近なのでいつものGSに行ってきた。

道路にまで繋がるような行列にはなっておらず
GS内で並ぶくらいだったのですぐに給油できた。

ただレギュラーガソリンはなくハイオクだけ。
リッター¥159もしたが、
日曜にお墓参りに行く予定なので
給油制限もなかった事もあって取りあえず満タンに。

ついでに灯油も切らしてたので18L買ったのだが
こっちも高くて¥1,656。

でも今は、東北地方の事を思うと
普段より少し高くなった程度の出費で
日常生活を送る事ができているのだから
幸せなんだと思う。

話は変わるけど、
ピグ友の看護師の女性が、宮城に支援に行くと言っていた。
今頃、被災した人達を救うべく奮闘中だと思う。
まだまだ予断を許さない状況だけに
ぜひ、無事に戻って来てほしいと願っている。


自宅待機

今日は朝から地元電車が計画停電に合わせた動きをして
終日運休だったので
会社への足がなく自宅待機でした。

なので、自宅エリアはグループ1で今回の停電は見送られたけど
今後のためにクーラーボックスを買いに行ってきますた。

1個は釣り用であるのだけれど
入り切らないとさ。。。叫び

で、まったくのんびりするヒマはありませんですた。

明日は出社できるのだろうか。
出社したら帰って来られるのだろうか・・・ブー2

帰宅困難者でした・・・

11日(金)午後2時50分頃に、会社で地震に遭い
その2時間後に退勤してから
家に帰り着いたのは、丸1日経った
12日(土)午後5時すぎでした。

ぢぢぃの自宅から
勤務地の秋葉原までの距離はおよそ28km。
普段、通勤には電車を利用していて
ドアtoドアでちょうど1時間くらいなのに
この地震で
ひたすら電車の運行再開を待ってるだけの時間、
ムダに動き回ってしまった時間、
行き着いた避難所(小学校の体育館)での仮眠(本当は爆睡)と
帰宅に24時間を費やし
これにはかなり疲れますた。

ただ、街ごと消失した岩手や宮城、
福島で被災された人達とは比べようもなく、
無傷で、かつ帰れる家があると言うだけで
かなり幸運だったと思います。

以下はぢぢぃ自身が行動記録として残すつもりの文章で
かなり長いので読まなくてもいいですよ~^^

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■3月11日金曜日-ハレ
午後2:50頃、
仕事中にかつて経験をしたことがない大きな地震に見舞われた。
職場は9F。
徐々に揺れを増す地震に社内も騒然。
扉を開けろと声が飛ぶ。
建物が歪んだらドアが開かなくなり逃げ道が塞がれるからだ。

エレベーターホール前の鉄扉を開けに事務所を出た。
この頃には揺れが最大になりドアを押さえるどころではなく
床に身を転がされないようにエレベーター脇の階段の手すりにつかまるだけが精一杯。
外壁が崩れて外に落ちたら終わりだなと必死につかまっていた。
揺れが収まり出したところで開けてたドアを閉まらないように押さえた。

避難路を確保できたところで
すぐに会社から至近の区指定の避難所である公園に避難指示。

外には出ないほうがいいのではと提案してみたが
先日のニュージーランドで起きた地震での建物倒壊が
屋外避難の選択となったようだ。

階段を下り始めると1Fまでほぼ各フロアの内壁に
大きくはないが、いくつものヒビが入り、
またそれらの欠片が散っていて地震の大きさを物語っていた。

公園で待機すること約1時間。
釣れるかなぁ。。。-110311-避難

この間も何度も大きな揺れがあった。
地面からの直接の振動でもわかったが、
周囲の建物の避雷針やアンテナ、電線や木を見ると揺れの大きさが視覚的にわかった。

一時的な地震のおさまりの間隙を縫うようにして
会社が終業を決断し、午後4時半退勤。

昼食時に、夕方に食べようと買っておいた菓子パンを
コートのポケットに入れ会社を後にした。

ガラスが割れたり、傾いたりした建物はなかったが、
壁が剥がれ落ちたビルはあった。
釣れるかなぁ。。。-110311-壁崩落

取りあえず通勤で利用しているJR秋葉原の駅に向かう。
が、当然のように電車は運転見合わせ。
隣のつくばエクスプレスも同様で再開のメドなしのアナウンスに
通勤時の乗換え駅である上野に向かった。

秋葉原から上野までは2駅だが距離が近く徒歩でも15分もあれば着く。

移動途中、すでに飲食店のほとんどが営業を中止、閉店。
天下のマクドナルドも同様で熱源であるガスが寸断され飲み物だけの提供だった。
これは開いてる店で腹を満たしておいたほうがいいと考え
正午過ぎにカレーを食べたばかりであまり時間も経っていなかったが
午後5時、営業を続けていた松屋で牛丼を食べた。

午後6時頃、昼間送信してたメールの返信がポツポツと返って来た。
どうもタイムリーでは相手に着いていなかったようだ。

この時はまだ事の重大さをさほど感じておらず、
時間も早かったことから呑気な気分でいて
電車も最短で2~3時間、最長でも5時間も待てば運行が再開されるのではないかと。
いずれにしても当日中には帰宅できるだろうとタカを括っていた。
これが自身の判断を鈍らせ、
後々あらゆる事で後手に回り選択肢をどんどん失う結果になった。

頭の隅では帰宅できない場合の事も少しはあったが、
帰る事を最優先にしていたので
帰宅できない時の考えをまとめられずにいたことで
やるべき行動をリンクさせられず無駄な動きを生み
これが疲労を蓄積させる事になったのだ。

まず、午後7時頃まで上野駅でアナウンスに耳を傾けていた時に尿意を催した。
が、駅の構内のトイレは中に入れない事から利用出来ず、
$釣れるかなぁ。。。-110311-上野駅

そこに繋がるショッピングセンターのトイレには長蛇の列。

並んで待つくらいならどこか店のトイレを利用すればいいと思い
運行状況が変わる気配もない事から駅を離れた。

しかし駅周辺の店も丸井、ヨドバシカメラはすでに閉店。
雑居ビルは小さな店舗が多く、コンビニですらトイレがない。

駅界隈を一通り回った後、ようやく文化会館で済ます事が出来た。

すると次に起きた問題がケータイの充電切れ。
残量マークが残り1つ。
今度は緊急用充電池を探しに一度回ったエリアを再び放浪。
しかし上野は秋葉原のように家電店はヨドバシ以外見当たらず
売ってる店がない。
すぐにコンビニを思いつかなかった事もあって右往左往。
auショップを見つけたが1人20分までの無料充電にこれまた長蛇の列。

コンビニ探しを始めた時にはすでに同じ界隈を2周以上はしていただろうか。
エリアをさらに隣駅の御徒町(おかちまち)にまで拡大してまたまた放浪。
コンビニを見つけては片っ端から入ったが同じ境遇の人はたくさんいるようで
駅近くの店を5~6店舗回ったがどこも売り切れ。

この頃になると、ウォーキング用ではないビジネスシューズは
靴底にクッション性がないので足裏に痛みが出て来ていたので入手を断念。
もう充電が切れたら切れたで仕方がないと駅に戻った。

上野駅に戻ったのは午後8時頃だったか。
相変わらず人の動きに変化がなかったので
運行再開のメドは立っていないのがわかったが
それどころかJRはこの日の運行はしないことになったとアナウンス。
構内に留まっている人達を徐々に外に追い出しながら
最終的にシャッターを降ろして完全に閉鎖してしまった。

この時間になって電車で帰れない時の手段を考え始めたが、時すでに遅し。

電車以外で帰るパターンと帰宅を諦めて帰らないパターン。
だがぢぢぃの鈍い頭ではすぐにピンと来ず
思案に小1時間。

●帰るパターンの候補は
・タクシー
・レンタカー
・深夜バス
・ヒッチハイク

●帰らないパターンの候補は
・ネットカフェ
・ホテル系(ビジネス/カプセル/サウナ)
・チタンの実家(3つ隣の区=千代田区>台東区>墨田区>江戸川区)
・避難所
・朝まで徘徊

まず、いくらかかるかわからないタクシーは除外。
有力候補はレンタカー屋、ネットカフェ、ホテルだ。
だが、ネットカフェは雑居ビルが多く、
火事や倒壊の危険性がありそうなのでこれも除外した。
まだ帰る事を諦めてはいなかったので第一候補をレンタカー屋にし
同時にホテルも一緒に探索開始。
駅から一番近かったトヨタレンタリースに足を運んだが
やはり人の列があり、もう車の手配が出来ませんと予想通り断られた。

次の店を見つけるべく、これまで歩いていない方向の大通り沿いを放浪。
繁華街から外れた所で日産レンタカーを見つけたがすでに閉店。
ここで駅方向に戻りつつ探しているとポプラと言う見慣れないコンビニが目に入った。
ダメ元で立ち寄ってみたら、
さんざん探して見つからなかったケータイの緊急用充電池が、
それもauのだけが1つだけ残っていたので即購入。
探し物とはメインに据えると見つからず、
ついでの時に見つかる物だ。

電池の心配がなくなった事でレンタカー屋をネット検索し再開。
ニッポンレンタカーとマツダレンタカーがあったが
ニッポンレンタカーはトヨタ同様に車の手配不可、マツダは営業を終了していた。

レンタカー屋探しと並行して見て回っていたホテルも、
件数は比較的多かったが、こちらもどこも入口に『満室』の貼り紙。

午後9時頃、確実に窮地に追いやられている事を実感しつつ、
退勤直後にすぐにレンタカーの利用を思いついていたら、
おそらく間に合っていたのではないかと考えた時、自分のポンコツ頭加減に呆れた。

それにここまでで秋葉原~上野間を3往復したくらいの距離は歩いた。
足はもう歩きたくないくらい痛い。

今さらJR上野駅に戻っても意味はないが、
かと言って行く宛もなく、情報がないとどうにもならないので
風を凌ぎ、足を休めるためもあって隣接してる東京メトロ地下鉄銀座線の構内に入った。

銀座線は一部区間で運行を再開。
日本で一番古い地下鉄のハズなのに驚嘆。

だが、今の帰宅には関係のない路線なので
ここでは各鉄道の運行情報に耳を傾けつつ、
ポケットに入れていた菓子パンをかじりながら、次なる候補の深夜バスを検索。

あった!

東京駅発のこのバスのルートの中には地元駅の名前も入っていた。
このバスが次に人を乗せるのはここ上野。
バス停も近い。
これだっ!

すぐに下見をしにバス停に向かう。

が、そこで目にした物は
何枚も貼られた『地震の影響により本日の深夜バスは運行休止』の紙だった。

八方塞がり。
これで帰るパターンの目はほぼ潰えた。
ヒッチハイクの手もあるが体力を消耗しそうなのでやめた。

気温も下がり、カラダも冷えて来た。
空腹感はないがカラダの中から温めたいと思い、最後は飲食店探し。
赤ちょうちんや居酒屋は営業しているが、
普通の飲食店はもうほとんどが閉店してた。

それだけにやっている店には大体順番待ちの人がいる。
待ちたくないので、空いてそうな店を探しに性懲りもなく放浪を繰り返す。
だが、結局は見つからず丸井裏の中華料理屋の順番待ちに加わった。

午後10時、みそラーメンを食べ、再び銀座線の構内へ。

構内に戻る前に通った駅前の丸井には閉められたシャッターの前に
強い風が吹き抜ける風表なのにもかかわらず、
乳児をかかえた若い母親の姿や疲れて座り込んでる人まで色んな人が
集まっていた。

午後11時すぎ、
東京メトロ千代田線(常磐線各駅停車)が
ぢぢぃの通勤ルートの途中駅である北千住まで折り返し運転を始めたとの情報。

JRが動かない以上、上野駅にいる理由がないので
少しでも自宅方向に戻るべく北千住に行くことにし
千代田線の湯島駅まで移動。
湯島は秋葉原方向に徒歩で10分ほど。

電車は情報通り動いていて、ちょうど入って来た電車(23:29)に乗った。

北千住の駅に着いたのは午前0時前。
ここから先の移動手段はこの時点で何もなかったので
ついにここが最後と帰宅を断念。

構内の通路に座り込んでる人達の中に入り
ここでこの後の状況を見続けながら夜を明かす事に決めた。

ところが30分ほど経った頃だろうか複数の警察官がやってきて
10分ほど歩く事になるが暖の取れる指定の避難所があり
ここより安全なのでそちらに移動してくれと言うので
今さら粘る理由も気力もないのでその言葉に従った。

行き着いた先は小学校の体育館。

警察官の言葉に促されて来た人の数は30~40名だったろうか。
中に入るとかなりの広さがあるのに言葉通りにずいぶんと温かい。

見れば体育館の両側面の壁に4機ずつ、計8機の大型の暖房機。
釣れるかなぁ。。。-110312-暖房

ここで、銀の大きめの座布団大のフィルム袋に真空パックされた敷きマットと毛布、
2リットルの天然水、ナビスコのクラッカーが支給され、
釣れるかなぁ。。。-110312-支給物

職員が2カ所あるトイレとTVの場所をアナウンス。

駅の構内で体育座りのまま夜を明かそうとしていた者にとっては
これだけで十分すぎるほどだった。

コートを脱ぎ、背広も脱いでYシャツ1枚になっても
寒くなかった。

マットと毛布を拡げ、靴下を脱ぎ、ペットボトルの水を口に含んだ時
ようやく安堵の時間が訪れた。

上野でさまよい歩いたのは一体何だったのかと
この日1日を回想しつつ午前1時頃眠りについた。

■3月12日土曜日-ハレ
午前6時、携帯の振動で目が覚めるまで
一度も目が覚める事はなかった。
もちろんその間にもあったであろう余震にもまったく気づいていない。
ひょっとしたら大いびきで周囲に迷惑をかけていたかもしれない。

この時点でまだJRは動いていないようだったので
駅に行ってもただ待つだけしかできないならと
しばらく横になっていた。
釣れるかなぁ。。。-110312-避難所

午前10時、
混乱した事態の中、的確な指示をしてくれた警察官と
円滑な対応で迎え入れてくれた足立区と足立区職員の方に心の中で感謝をしつつ
体育館をあとにした。
釣れるかなぁ。。。-110312-避難のあと

北千住の駅が多くの人で溢れ返っているのを見て
状況が何となくわかった。

確認のために改札前まで行くと
どうやら運行は再開しているようだが、
電光掲示板に表示されているダイヤは
1時間に1本。
それも到着時刻が1時間以上前のもの。
釣れるかなぁ。。。-110312-北千住

まともには運行していない事がわかったので
乗れたとしても何本先の電車になるのかもわからない。
家に着ける時刻も、そもそも今日も家に帰れるかどうかすら
危ういと思える状況だった。

ここで最後の手段。

ウチには車があるが運転できるのはぢぢぃだけ。
そこで前日帰宅出来ていたのを確認済みの弟に連絡を入れ、
ウチの車で北千住まで迎えに来てもらうことに。

彼女に会う約束があるにも関わらず快く引き受けてくれ、
午前11時半頃家を出た連絡を受けた。

するとこの少し後に、実に間が悪いというか、
つくばエクスプレスが15分間隔で運行を再開。
釣れるかなぁ。。。-110312-TX

普段利用していない路線だが地元駅とは乗り換え1つで
繋がっているので振替輸送で帰る事が出来る。
乗り換え先の東武線も運行を再開したようなので
ようやく帰れる状況になったのだ。

だが、ヘタに待ち合わせ場所を変えたりすると
反ってわかりずらくなる危険性があるので
当初の予定を変える事はせずに待つ事にした。

弟が北千住に着いたのは午後1時半過ぎ。
道も相当渋滞していたようで、
顔を合わせた時はこれで帰れると実感しホッとした。

運転を代わり、午後2時前に北千住を出た。

走り出してしばらくの間は5分で100mペース。
予想以上の渋滞だったが、今さら慌てる気持ちなどなく
途中、彼女の元に向かう弟を下ろしたあとは流れに身を委ねた。

この渋滞も都内までで
千葉県に入ると一気に解消され
午後5時12分、
丸々24時間ぶりにようやく帰宅。
長い1日が終わった。

普段さほど遠さを感じない距離も
こういう事態に陥るとてつもなく遠い。
つくづく人は無力。
便利を当たり前の事としては行けないのかも知れない。

まだしばらくは地震が続きそうなので
また帰宅困難者になる危険性は十分にあるが
その際は今回の経験を少しは生かせるだろうと思う。
正しかったと思えた行動は
こまめに食事を摂った事くらいだったろうか。

◆今回のような軽災害の場合の教訓◆
・携帯用の緊急充電池は常備しておいたほうがいい
・トイレの場所も確認しておいた方がいい
・土地勘のない所には移動しない/むやみに動き回らない
・帰れないと判断したらすぐに行政指定の避難所に行く

このくらいか( ̄_ ̄ i)






再就職~初出社 ■天気:ハレ