熱脳しゃちょのブログ -10ページ目

熱脳しゃちょのブログ

おせっかい焼SE兼プログラマ兼……の辛い日々と、思う事なぞ

情報は探し求めているときが一番楽しいんだよ。

 

 

そしてその試行錯誤の行為自体が、本人の知性、洞察力、現実把握能力を育てるんだ。

 

AI でいらなくなる人間 乙って?

 

君自身が AI のフローに飲み込まれて、一個のネジになるんだよ。

だって、君がやってることは、AI の出力を編集してるだけ。

それもそう遠くなく、AI がやってくれるようになる。

 

剣道で、1000本素振りとかあるけど、壮大な無駄に見えるかもしれない。

けど、同じ人間が、やった世界線とやってない世界線で同じなわけがなかろう。

 

そして、そういう人間をありがたがって大量確保する企業。

君たちはヴィーガンと一緒だ。

気づいた時、大事な血、骨、筋肉が回復不能なほどダメージを受けているだろう。

 

大地を耕さない者に、収穫は存在しないんだよ。

 

Do you understand ?

 

言葉の組み合わせが概念というわけではない。

 

ので、LLMは概念というものを持ち合わせてはいない。

 

学習元の文章、言葉のつながりが、引っ掻き傷となって超高次元に記録されてるだけだ。

 

 

例えばプレゼン資料、簡単に作れるよー、ってのは、パワポのテンプレートみたいなのの超精細版を、検索してきて適当に文章を当てはめてくれてるだけ。

人類にその検索がとても面倒、ってだけの話。

音楽にしても、よほど突拍子も無い現代音楽的なものじゃなければ、次の音の組み合わせとか数に限りがある中で、サイコロ振って5か6の目の次のマスをつなげていってるだけだし。

まぁ、それっぽく無難に収まるよね?

 

 

プログラムはどうかっていうと、ゲームや個人向け小ツールのような「かなり閉じた世界」が対象ならなんとかこなせるだろうけど、通常に使うそれなりの規模のツールやサービスとなったら、現実に接地できてないうえ、正しい概念操作もできないLLMに、それっぽく無難に収められるものでは無い。

使い手が全て見通した上で、適切な指示を出せば、局所的にパーツ単位では使える、ってだけの話。

 

おいらは小学生時代、公立の学校で、はだしのゲンのアニメとか見せられて、感想文を書かされた記憶がある。

なぜか天皇制反対の誘導をしつこく受けたんだよな。

悪いのはアメリカだろ、って書いたら親呼び出された w

 

ちなみに、大阪府。

 

はだしのゲンは当初、週刊少年ジャンプに掲載されてたけど、人気なくて連載終了。その後……、って作品。

あれ、なんでアニメ映画とか実写映画とかになったんか、いまだにさっぱり理解できん。

ただのイデオロギー作品じゃん。

ってかだから映画化とかされたんか。

 

5月には、教師たちは腕に「団結」とか書かれた赤い腕章を巻き、校長の話が始まったら一斉に背を向ける。

違和感ありまくりで、「やりたくてやってんの?」って担任に聞いたら、「大人の世界はね、いろいろあるんだよ」って答えられて、「教師はクソだ!」って思ったもんよ。

背が低く、常に命令口調の女教師がいて、学年別だったからさほど接触はなかったけど、むちゃくちゃ嫌いだった。

他の教員を詰めまくってて、おいらの担任も、しょっちゅうターゲットにされてて、不思議に思ってたんだよな。

ミニ浅間山荘だったのかもしれん、って中学時代に気がついた。

 

運動会ではマスゲーム。

おいらはその学年になる前に東京に引っ越して、実演しなかったんだが、東京ではそういうのが全くなくて驚いた。

「なんでないんですか?」

って聞いた時の先生たちのぎこちない表情を、今でも印象深く覚えている。

 

 

まぁ、特に中学の教師たちは別の意味でクソの集団だったけど。

 

 

教師はクソ。

嘘つき。

信用も信頼もできない。

教科書ですら信用ならない。

小学校時代から培った信念だ。

 

 

今はもうない、と言いたかったところ、これだから……。