石上寺脇の北条堤跡の南側、JR高崎線と秩父鉄道の線路を横断するかたちで
煉瓦造りの水門の遺構があります。
といっても、現在は埋められてしまっていて、かろうじて頭の部分が確認出来る程度。
かつては、熊谷市内の排水をこの水門を通して流していたようです。
名称などは一切不明で、造られた年代も正確な年代はわかっていません…。
煉瓦造りの水門
旧熊谷堤は、たびたび起こる水害から熊谷のまちを守ろうと、天正2年(1574)、当時この地を支配していた鉢形城主の北条氏邦が最初の堤防を築きました。
最初は高さがわずか1メートル程度で、長さが200メートル程のとても小さなものでしたが、その後、高さも長さも少しずつ延長していき、最終的には全長約4キロメートルの堤防となりました。
場所は、現在の本石1丁目にある松岩寺のあたりから始まり、石上寺の脇を通り、久下付近まで続いていました。
市道である元荒川通りが、おおむね旧熊谷堤に相当するようです。
現在は、熊谷駅から南に300メートル程進んだところにある万平公園に、旧熊谷堤の一部(150メートル程)が現存しています。
また、最初に築かれた1メートル程の堤防が石上寺脇に現存しています。
松岩寺
旧熊谷堤