2021年春に中学で実施される新学習指導要領に、保健体育で武道の選択肢として「銃剣道」が明記されたというニュースを知った時、私は嫌な気分がした。
なぜなら、この「銃剣」という言葉がある事を思い出させたからです。
9年前、79歳で亡くなった父が晩年私に戦時中のある出来事を話してくれました。
父は15歳で志願し通信兵となりある軍船に配置され戦地へ赴きました。
その軍船が攻撃を受け沈没したため中国に上陸したそうです。
(この間の経緯は不明)
戦争も終盤に近づいた頃、父は実践訓練と称して抵抗できないように木杭に縛り付けられていた民間の中国人を銃剣で突き殺すことを命じられました。
中年のその男性は命乞いなのか抗議なのかわからないけれど自分に向かって大声で何かを叫んでいた。
それに震え怯え躊躇する父を上官が叱咤し、覚悟を決めた父は無我夢中で銃剣を構えその男性に体当たりしました。
肉体を銃剣が刺した手の感触と同時に男性の放った声を今でも覚えている。
そう、言い終えると、
「イヤだとは言えんかった。これが戦争なんや、惨いもんや…」
父は泣き笑いのような顔をしてポツリとそうつぶやきました。
「銃剣道」と聞いたとき、とっさにそのことを思い出したのです。
「銃剣」とは惨たらしい武器でしかないと私は思います。
年の離れた兄と姉に可愛がられた末っ子で、甘えん坊で明るくてひょうきんだったという父。
長じてからの父は私たち姉妹を慈しみ可愛がってくれ、大きな声で怒ったことがない温和な優しい父だった。
そんな父が15歳の時心に負った忌まわしい傷を抱えたまま生涯を終えたことが可哀そうでならない。
何より、15歳と言えば中学生の年頃。
そんな少年たちが銃剣に擬した「木銃(もくじゅう)」を持っている様を見たら私は父のこの経験を思い出してしまう。
絶対にそんな姿は見たくないのです。