大学時代からこれまで20年近く、独力で仏教を学んで実践してきましたが、どうしても在家と出家の間に超えられない壁のようなものを感じていました。そのため、「いずれは得度(出家)したい。仕事や育児を終えたら…」などと考えていたのですが、昨年の春に人生の師と仰いでいた職場の元上司が定年前に病気で亡くなったことで、「やりたいことは今やらないとダメ!!」…と、天啓を得ました。

 

 それで、得度の受け入れ先を探した結果、友人の尼僧(真言宗)が非常に歴史のある寺院を紹介してくれた…という次第です。昨年の夏の相談時には、師僧から「しばらく間(約半年)を置いて気持ちが変わらなければ」という条件を提示されていましたが、半年間で怖気づいたり決意がブレることは全くなく、得度に対する私の気持ちは思っている以上に堅固だったようです。

 

 さて、40歳半ばで今回の得度に至ったわけで、人生の後半戦を僧侶として挑むことになります。未だ家族を養っている身ですので、サラリーマンをしながらという中途半端な状態ではありますが、むしろ、世俗の中での活動こそが自分の仏道かと思っています。それだと、わざわざ僧侶になる必要はなかったのでは?とも思えますが、僧侶になったという感覚は、思ったより強力で、「僧侶なんだから怒っちゃいけない」「僧侶なんだから他人を優先しなければ」などと、生活の各場面が修行の場であると思えるようになり、もはや、これまでの自分とは全く別人になったと感じています。

 

 まずは、これから一年、僧侶としての所作を重点的に学んでいこうと思います。来年は、少しまとまった休暇を取得し、見習い卒業を目指して修行に入ろうと思います。

 

 面白くなってきました。