父が旅立ちました。


前日の夜に病院から血圧が下がっていると連絡があり、家族で病院へ向かいました。病室に着くと呼吸がいつもと違って苦しそうでしたが看護婦さんが言うには、苦しくはないとのこと。


このまま血圧が下がるようであればあとは時間での動きになるとのことで、控え室に布団を借りて泊まることに。みんななかなか眠れない夜を過ごしているうち朝6時前に看護婦さんから、血圧がさらに下がっているので側にいてあげて下さいと告げられる。


涙が溢れてきてしゃべれなかった。



最後は家族で看取ることが出来て、父の表情は苦しむ様子もなく静かに旅立って行ったのでそれだけは出来て本当に良かった。



今でもその瞬間が鮮明に記憶されて、思い出すとまだ涙が出てしまう。



たくさん書くことがありすぎてうまくまとめられないから後は自分の心にしまっておこうと思います。





お父さん、37年間ありがとう。そしてお母さんが一番悲しんでるよ。私たち娘もフォローするけれど夜になると寂しいからちゃんと見ててあげてよ。絶対お願いね。



今日、父はずっとお世話になった病院を後にして


ホスピスへ転院しました。


いわゆる緩和ケアです。


肺に水が溜まるため、今まで背中に管を入れて水を抜いていましたが転院のため管は抜いて縫合したそうです。今後は利尿剤でのコントロールで様子を見て、溜まってきたらまた管を入れるかどうか考えましょうということになったみたいです。



同じ市内とはいえ車で一時間近くかかる場所。高速道路でも30分ちょっと。


万が一、何かあった時は急いでも30分以上かかってしまうのがネックなんですが、受け入れてくれる場所がそこのホスピスしかなく。仕方ない状況です。


明日は別の病院へ治療のため父の付き添いです。



あと一週間もすれば親元号の令和に変わるのかぁ



これまでの間に2回、元号が変わったんだと思うと、昭和が昔みたいに思える(-_-;)



私の父は今入院しています。


昔から肝臓が悪く、私が小さい頃から入院することもありました。定期的に検査はしていて、癌が見つかるたびに手術してきました。そのうちに肺に転移が見つかって肺を少しとりました。それからしばらく経ち、肝臓は硬くなり、もう手術してもダメだし、肺もどんどんダメになってきて手術すると今度は肝臓に負担がかかるそうで、もう手術はしないとのこと。一時、抗がん剤治療を続けていたけれど、いよいよ肺に水が溜まるようになってきて、腹痛も出始めて、痛み止めも医療用麻薬を使ってるそうです。


それが昨日、担当の先生が父には内緒で母と妹にもってあと1ヶ月と話しがあったそうで。



ついこないだまではあと3ヶ月と聞いていたのに。



父は最後の望みに保険外治療の免疫療法にかけ、来週からその一回目が始まる予定でワンクール3ヶ月というものなのですが、担当の先生はそれまでもたないよと... 。先生的にはそろそろ緩和ケアの病院へ転院したほうがいいとのこと。奇跡が起きない限り、もう悪くなる一方だそうです。


痩せて体力もなくなり、話すのも辛そうな父に何を話せばいいのか、お見舞いに行くと泣いてしまいそうでもう何をしていいのか分からない状態。
勝手に涙が出てきてしまう。


車を買う時も、結婚式の時も、家を買う時も


どんな時でもお金で苦労させまいと、いつだって助けてくれました。


孫のために産まれた時は毎日双子をお風呂に入れてくれたり、ハイローチェアや育児に必要な物、たくさんオモチャも買ってくれました。


母にとっては良い夫ではなかったけれど私たち娘のためにはどこまでも甘く、娘大好きな父でした。


残りの時間、出来るだけお見舞いに行ったり、孫の写真や動画を送ろう。そのくらいしか出来ないけれど... 。