前回の小学生時代に続いて、
中学時代、高校受験までを綴ります。
中学時代
部活をバリバリやっていて
100人近くの部員がいる
マンモス部を束ねる役職につき
毎日楽しく過ごしていました。
学区トップの高校の推薦がもらえるくらい。
成績も困ることはなかったです。
(ですが決して賢いわけではなく、勉強が好きで負けず嫌いだった感じです)
そして中学3年生。
高校受験の時期がきました。
当時の高校受験の日程は
①私立
滑り止め
↓
②公立(商業、工業、総合等の専門学科系)
行きたい子は受験(受かったら辞退不可)
③を受けたい子は受験しない
↓
③公立(普通科)
②を落ちた子、③を受験したい子が受ける
落ちたら①の私立へ通う
というしくみでした。
私の志望順は、
①私立(部活の推薦)
③公立(普通科の偏差値60くらいの所)
②公立(総合学科の偏差値58くらいの所)
けれど貧乏な我が家は、親から
・私立は不可(絶対に)
・もし当日熱とか出して、試験ができなかったら私立だけど、それは無理だから
・②公立(専門学科)を受けてほしい
と言われていました。
部活の顧問にも認められていたので
私立の推薦は、言えば受けられたと思います。
(先輩後輩たちも受けていました)
けれど、
私立は私には縁がないと
身の程をわきまえていたので
当然のように公立を目指しました。
公立に行くなら勉強したかったので
③の普通科に行きたかったんです。
高卒で働くのにいいからと
商業高校を勧められましたが
私は大学に行きたかったのでそれは嫌でした。
進路相談では、
学区トップ校(偏差値70くらい)
の推薦もいけますと先生に言われていました。
志望校はそれより下だったので
受験すれば通ったかもしれません。
しかし、
どれも親に希望を通すことができず
全く興味のなかった
②公立(専門学科で偏差値55)
(熱があっても通るであろう安全圏で受験)
を受験しました。
そして、その高校に通うことになりました。
今思えば、
公立の中での希望くらい通せば良かった。
望んでいなかった高校への進学。
そこから少しずつ、
気持ちが変化していきます。
詳細は伏せますが
幼稚園時代から複雑な家庭で
周りからも「なんでグレてないの」
と言われるような環境でしたが
親にもワガママ言わず
親の機嫌を損ねないようにすることが
当たり前のように身についていて
自分が興味があること、好きな物も
親が好きでなく、
馬鹿にされたり、はしたないと言われたり
そうなることは分かっていたので
言うことができなかったです。
自分の中に湧き上がる
「好き」
という気持ちを真正面から
受け取ることができていなかったけど
この頃はまだ
受け取れていないことにすら
気付けませんでした。
続きます。
