こんにちは

扶養内パート主婦のhoroです

現在週16時間勤務 

小学生と幼稚園児がいる4人家族

夫は転勤あり









中学時代


部活をバリバリやっていて
100人近くの部員がいる
マンモス部を束ねる役職につき
毎日楽しく過ごしていました。



学区トップの高校の推薦がもらえるくらい。
成績も困ることはなかったです。
(ですが決して賢いわけではなく、勉強が好きで負けず嫌いだった感じです)




そして中学3年生。
高校受験の時期がきました。


当時の高校受験の日程は
①私立
 滑り止め
②公立(商業、工業、総合等の専門学科系)
 行きたい子は受験(受かったら辞退不可)
 ③を受けたい子は受験しない
③公立(普通科)
 ②を落ちた子、③を受験したい子が受ける
 落ちたら①の私立へ通う


というしくみでした。



私の志望順は、
①私立(部活の推薦)
③公立(普通科の偏差値60くらいの所)
②公立(総合学科の偏差値58くらいの所)



けれど貧乏な我が家は、親から

・私立は不可(絶対に)
・もし当日熱とか出して、試験ができなかったら私立だけど、それは無理だから
・②公立(専門学科)を受けてほしい

と言われていました。




部活の顧問にも認められていたので
私立の推薦は、言えば受けられたと思います。
(先輩後輩たちも受けていました)


けれど、
私立は私には縁がないと
身の程をわきまえていたので
当然のように公立を目指しました。



公立に行くなら勉強したかったので
③の普通科に行きたかったんです。

高卒で働くのにいいからと
商業高校を勧められましたが
私は大学に行きたかったのでそれは嫌でした。




進路相談では、
学区トップ校(偏差値70くらい)
の推薦もいけますと先生に言われていました。

志望校はそれより下だったので
受験すれば通ったかもしれません。




しかし、
どれも親に希望を通すことができず

全く興味のなかった
②公立(専門学科で偏差値55)
(熱があっても通るであろう安全圏で受験)

を受験しました。
そして、その高校に通うことになりました。

今思えば、
公立の中での希望くらい通せば良かった。


望んでいなかった高校への進学。
そこから少しずつ、
気持ちが変化していきます。






詳細は伏せますが
幼稚園時代から複雑な家庭で

周りからも「なんでグレてないの」
と言われるような環境でしたが


親にもワガママ言わず
親の機嫌を損ねないようにすることが
当たり前のように身についていて

自分が興味があること、好きな物も
親が好きでなく、
馬鹿にされたり、はしたないと言われたり
そうなることは分かっていたので
言うことができなかったです。




自分の中に湧き上がる
「好き」
という気持ちを真正面から
受け取ることができていなかったけど
この頃はまだ
受け取れていないことにすら
気付けませんでした。






続きます。