昨日のベンゾは今日の敵

昨日のベンゾは今日の敵

安全と言われているはずの抗不安薬(ベンゾジアゼピン)を20年近く飲み続けた末、常用量離脱に陥り断薬を決断。ブログでそれらの経緯を記す。たまに脱線するかもしれません。

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久しぶりに、断薬の回想を更新しようと思う。
不思議なほど断薬時期の記憶が薄れているが、日記なども見ながら思い出しつつ記す。


2014年8月一気断薬は失敗、されど諸症状の原因は薬であると確信じみた状態で、休職期間が終わろうとしていた。

仕事を辞めるか?残るか?
無駄に足掻いても苦しいだけ、さっさと辞めて田舎へ帰ることを真剣に考えたが、田舎へ帰って今の状況で働き口を見つけられるのか?と言えば、健康であると偽るしか採用の道は無さそうだし、親のスネをかじる選択をしても、社会との関わりが無くなると言うのはリスクが大きすぎると判断したことから、まともに働けなくても良いと会社が言うなら、現状維持に近い選択をしていこうと考えた。

結局会社は引き留めて来たので、会社に残りつつ減断薬を進めることとなった。

お金に関しては、残業が出来ない分給料は減ってしまうが、そこは減断薬終了まで貯金で凌ぎ、資金が底を付いたら田舎に帰り親のスネをかじるしかないと割り切った。

今までの自分ならば、結論をダラダラ引き延ばしするのが大嫌いなのでこんな現状維持な決定は絶対しなかったが、休職中に様々な本を読んだりネットサーフィンをしたりして、特に鬱が強いうちは大きな決断を避け、現状維持に努めた方が良いと知り、そのようにした。

ちなみに、会社にはベンゾ離脱の旨は伝えなかった。あくまで診断書の通りパニック障害の為、という事で話を進めた。パニック障害ですら理解のまだまだ薄い世間の中、一般の人達にベンゾ離脱を主張したところで、下手したら医者の指示に従わぬ程頭がおかしいとすら思われかねないし、説明と理解を得られるにはハードルが高すぎると判断したからである。特に、この弱った状態でそれらをやるのは対費用効果が薄すぎた。

と言うことで、社会とのスタンスが一段落した所で、憂いを減断薬のみに絞り、各個撃破、徹底抗戦の準備を整えた。ただし、この頃はまだ一気断薬を諦めていなかったので、可能ならばもう一度断薬にトライすることも検討していた。今思うと甘かったのだが(笑)。

この頃は
ベンゾの服用量 セパゾン2~6mg
SSRIの服用量 ジェイゾロフト50mg
を1日に摂取していた。

症状は断薬失敗直後な事もありかなり暴れていたので、セパゾンの服用量を増減させて一旦安定させることに努めた。

日々の苦しみから、救いを求める気持ちで断薬先輩達のブログを見ると、仕事をしながら断薬する人、仕事を辞めて断薬に専念する人、様々だったが、いずれの内容も本当に励みになった。先人達の言葉は、どんな薬よりも励みになり、効果があった。一人じゃない、同じ境遇の人達が確かに存在している。まさに蜘蛛の糸、希望の光であった。今の自分を見ると、その言葉が自分にとって真実だった事の何よりの証明になっている。

ここから約2年の仕事をしながらの減薬期間が始まった。

つづく
(また、いつか更新出来ればと思います…)