フランス現代文学の鬼才、いや、鬼っ子の新作『地図と領土』は、世界と人間への強烈な侮蔑と、それを自らに許す作家自身のあまりにも魅力的な傲慢(ごうまん)という持ち味を遺憾なく発揮しつつ、新たな境地へと鮮やかに突き抜けてみせた、紛(まご)うかたなき傑作である。
主人公はジェド・マルタン、アーティスト。若き日の芸術的理想を捨ててリゾート開拓の分野で成功を収めたが、既に引退している寡黙な老父が買ってくれたパ
リのアパルトマンにひとり住みながら、孤独に作品制作をしている。だがジェドの孤独は彼自身が望んだことでもある。彼は一個人としては、他人にも社会にも
興味を抱いていない。だが、にもかかわらず彼はフランスという国と、より大きな視野での現代文明と人間生活にかんする、独創的と言ってよい芸術作品を創り
出し、本人の意志とは無関係に、あっという間に美術界のスターになってしまう。写真、絵画、ビデオと媒体を変えながら、ジェドは共感とは無縁のまま、世界
を冷徹かつ克明に描き出すことで、それらと否(いや)応無しにかかわってゆく。まず何よりも、この小説は、一風変わった「芸術(家)小説」である。
だが、ここにもうひとりの人物が登場する。それはなんと「ミシェル・ウエルベック」である。世間のイメージそのままのスキャンダラスで嫌われ者のウエル
ベックに、ジェドは自分の展覧会カタログへの寄稿を依頼し、作家の肖像画を描くことになる。孤独な芸術家
と孤立した小説家は不思議な交流を結ぶ。だが、そ
こに或(あ)る事件が起こる……予想もつかない展開に、読者の多くは驚愕(きょうがく)することだろう。それはまるで、小説のジャンルが一変してしまった
かのようでさえある。だがその後には、深く苦い納得が待ち受けている。完璧な、決然としたペシミズム。純然たる絶望
。だが、それはなぜか奇妙に清々(すが
すが)しいのだ。
