ホラーク先生に習ったのは小5、小6の2年間だけである。1回40分のレッスンが年に40回ぐらい。
小学校の2年間で終わった理由は、中学に上がる際、遠方の中学に通うことになったのを理由に、附属音楽教室と半ば喧嘩する形で、父が強引にホラーク先生のレッスンを辞めさせたためである。
その理由について、父が当時家で口にしていた内容を思い起こすと「こんな出来の悪い、練習もしない娘に、そんな立派な先生をわずらわせるのは申し訳ない」という至極もっともな理由があった。
それに加えて、「一言も音楽の道に進ませてくれと頼んだ覚えはないのに、親の意向を無視して勝手に音楽の道を歩むしかないように娘の将来を設定されている。」という音大や附属音楽教室に対する、恩知らずで身のほど知らずの不満、という2つの大きな理由があったように思う。
遠方の中学に行くことが決まるやいなや「もう忙しくてピアノの練習を出来なくなるだろうから、ホラーク先生に申し訳ない。ホラーク先生のレッスン辞めさせてくれ、と音楽教室の室長先生のところに言いに行ってくる。」という父の言葉は、本当に突然だった。
こうしてホラーク先生に「ありがとうございました」も「さようなら」もひとことも言うことができず、ある日ブチッとレッスンが強制終了したのである。
その後、私は恩人のホラーク先生と一度も会わず、連絡をとることもなかった。ホラーク先生がきっとものすごく怒っているだろうと思って、ずっと連絡をとる勇気がなかったのである。
何故なら、当時音楽教室の先生方はものすごく怒っていたから。
ホラーク先生は音楽教室の先生ではなく、音楽大学の先生であったので、他の音楽教室の先生方とは違って、教室内ですれ違ったりすることもなく、その後、私は先生と接触することは二度となかった。