間違いを改めるとき、自ら間違っていたと気付けばそれでいい。そのことを捨てて、ただちに一歩を踏み出すべし。間違いを悔しく思い、取り繕うと心配することは、たとえば茶碗を割り、その欠けたものを合わせてみるようなもので、意味がないことである。
己を尽くして人を咎めず、我が誠の足らざるを常にたずぬるべし。我を愛する心を以って人を愛せ。自己を許すが如く人を許せ。人をを責めるが如く自己を責めよ。
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり、この始末に困る人ならでは、艱難をともにして国家の大業は成し得られぬなり。
思い切ってやりなさい、責任は私がとる。
児孫のために美田を買はず。
人間がその知恵を働かせるということは、国家や社会のためである。だがそこには人間としての道がなければならない。
電信を設け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機械を造る。こういうことは、たしかに耳目を驚かせる。しかし、なぜ電信や鉄道がなくてはならないのか。といった必要の根本を見極めておかなければ、いたずらに開発のための開発に追い込まわされることになる。
みだりに外国の盛大を羨んで、利害損得を論じ、家屋の構造から玩具にいたるまで、いちいち外国の真似をして、贅沢の風潮を生じさせ、財産を浪費すれば、国力は疲弊してしまう。それのみならず、人の心も軽薄に流れ、結局は日本そのものが滅んでしまうだろう。
世のすべての人からけなされても落ち込まず、すべての人から褒められてもうぬぼれるな。
世の中で、人からそしられたり誉められたりするといったことは、塵のように儚く消え去ってしまうものである。