わたしは、自分の出生を恥や惨めだと決めつけてる風がありました。
根拠はなく、ただ二元性や分離の思考で見ていたと思います。
で、最近、ハートの満足度が高いのか、あまり食事をしません。
粗食で、🆗なんです。
恥や惨めから、内観していたら
この食事に関して、他にも買ってはいけない!などもあります。
こういうの、どっから来るんだろう?と思っていました。
なんとなく、恥や惨めが出てきました。
それをメモしてましたら、フワァ~とですが、子供の頃の食卓が出てきました。
豪華な食事なんかありません。
ですが、当時のわたしは、なんか満足してるんです。
その時に、ハッしましたΣ(゚д゚lll)
わたしには、貧しいとか貧乏の概念がありませんでしたから、わたしにとっては、一緒のものを食べる事が嬉しかった!だと。
ただ、嬉しかっただけです。(^○^)
貧しいかったのではなく、愛だった。
その時間、愛の時間だったのだ。
わたしにとっては、満足なだっただけです。
赤ちゃんの頃から、わたしは初めから愛の中にいた事。
愛の時間だったんです。
じゃぁ~何がそうさせるのか?
二元性や分離の思考です。
愛の在り方を、歪ませ
凄く面白いないものにさせる。
もう、わたしの中では不要です。
いりません!
昔の出生から、こんな風に肯定できると、書き換わる気がします。
結局、自分が自分をどう見てるか?
なんだと思います。
自分の視点が、愛からの視点に変わると書き換わる気がします。
いま、わたしは生まれてきて良かったと思います。
愛の中に居られて、良かったです(o^^o)
お読み頂きありがとうございます😊