巨大地震の爪痕/知られざる裏側
巨大地震の爪痕 知られざる裏側
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『始まり』の予感


時刻は間もなく日付が変わろうとしているところだった。

ドンキホーテならば明け方まで営業しているだろう。
なんとしても懐中電灯をゲットしておかなければ、ナントカ停電が始まったら我が家は大変なことになる。

深夜の町は普段と変わらない夜の町並みの様相だった。
普段と変わらないなぁとこのときに感じたわけでは決してない。

感じたのはドンキホーテが目の前に迫った交差点に差し掛かったときだった。



…なにやら渋滞している。

この時間帯で渋滞している光景を見るということはまず考えられない。

次第に鼓動が早くなるのを感じていた。
いやな予感がした。



渋滞の大元はやはりドンキホーテだった。

私と同じような考えの人がこれだけいたということ。

渋滞を見て多少のためらいはあったが、とりあえずは最後尾に並んでみた。

このときでドンキホーテの駐車場に入りたい車の列は100メートルほどだろうか?

思ったより車は流れ、30分かそこらで駐車場に入ることができた。



店内はものすごい混雑ぶり。

これでは休日のドンキホーテだ。
いや、休日でもここまで混雑しているのは見たことがない。
まるで正月前のアメ横のようだ。

しかも今は夜中と言っても良いような時刻なのだ。



私の胸の中の嫌な予感が膨らみまくって鼓動が高まって抑え切れなくなってきた。

…まさか。

…まさかね。



電化製品の売り場へ来た。



まさかの予感はどんぴしゃで的中していた。



『懐中電灯と電池はすべて完売しました』



売り場に人があふれているにもかかわらず、でかでかと張り出されたポップはあまりにも無情だった。



レジは長蛇の列。
売り場の通路まで占拠してしまっていた。

みんなそれぞれ明日からのナントカ停電に備えて生活物資を買い込んでいたのだろうと思う。

が、このときの私は懐中電灯が入手できなかったショックと明日からはじまるという停電をどうしようという不安感でいっぱいで、そのほかの生活物資を買わなくちゃという感覚がなかった。



思えば駐車場渋滞が思いのほか早く進んだのは、懐中電灯や電池が完売で買うものがなかった人たち(私のような)がすぐに帰っていくからだったのだろう。

私は失意のうちにドンキホーテを後にした。

ドンキホーテから少し走るとそこにはいつもと変わらない静かな深夜の町並みが広がっていた…。





日常から非日常へ・・・

翌日はよく晴れた暖かい日だった。


午前中のうちに買い物に行き、ついでにガソリンを満タンにしてきた。


思えばこのとき満タンにしておいたのが後々どれほど助かったことか、まだこのときの私は知るよしもない。


ガソリンスタンドも別段混雑している様子もなく、行きつけのスタンドのおじさんはいつもどおりの口癖の「すいません」を連発していて、地震が起こる前と何ら変わったことはなかった。


もちろんスーパーマーケットの様子もいつもどおり。


陳列棚も、客足も、普段とまったく変わった様子はない。


自宅に戻る途中、小学校前を通るのだが、土曜日だったこの日、少年野球の子どもたちが青空の下で元気よく野球の練習をしていた。


そう、まるで地震なぞなかったかのように・・・・・・・。



ところが自宅へ戻り、ひとたびテレビをつけると、画面の中は震災報道一色。


見れば見るほど恐ろしくなるような映像ばかりだ。


とりわけ目をみはったのが津波の映像。


不謹慎な言い方かもしれないが、本当に映画かなにかを見ているようだった。


死者・不明者の人数は見る見るうちに増えていく。


テロップに出てくるのは目を覆いたくなるような文言ばかり。


埼玉の我が町の、あまりにもいつもどおりだった光景からすると、たった今同じ日本の国内でおこっていることというのがにわかには信じがたいというのが正直な思いだった。


人ごとだからとか、対岸の火事だとかいう思いはこれっぽっちもない。


かつて阪神大震災のときにも同じようなわだかまりを持ったものだ。


こんなにもいつもどおりな生活をしている私たち・・・。


テレビの中からは見るも無残な光景ばかり。


そのギャップにとまどい、複雑な思いが常に胸中に渦巻いていた。




そんな私を、いや、首都圏の人々を「非日常」におとしたのが日曜夜の報道だった。


携帯に入った一本のニュースメール。


明日から関東地方は輪番停電を実施することになりました・・・・・。


・・・ふうん。なんだろう、これ。


各地域を5つのグループに分け、3時間ほど停電するそうな。


・・・え?なんじゃこりゃ。どういうこと?


あわててニュースサイトにとび、詳細を調べてみた。


「あなたのお住まいの地域は第二グループです。」


・・・は???状況がのみこめない。どういうこと?


いわく、原発が地震でやられてしまって電力が普通に供給できないので、大規模な停電を防ぐために5つの地域で交代交代に停電を行うのだということ・・・・・。


早朝の部、午前の部、昼からの部、午後の部、夜の部・・・・・。


しかも見込みではこれを4月いっぱいくらいまで実施するらしいということ。


・・・なんじゃこれ!!夜なんか停電されたら真っ暗けっけでどうしようもないぞ。


しかもうちの懐中電灯は壊れていて使い物にならない。


事態がやっとのみこめた私は、思うのが先か行動が先かというくらいの早さでドンキホーテへとむかった。


懐中電灯を買わなくちゃ!電池も買わなくちゃ!







2011年3月11日

そのとき私は自宅にいて携帯で電話をしていた。




先に揺れに気付いたのは電話口の相方だった。


同じ埼玉県内にいながら、より震源地に近かった相方。


「・・・地震!?」


と言われるやいなや、部屋中が音をたててきしみはじめた。


ほどなく横にユラユラと揺れはじめた。




これは結構大きいな。


しかも途中からどんどん激しくなる。


そう思った私は横にある棚を手で支えた。


もしかしたら倒れるかもと思ったからだ。




電話口の相方はかなり動揺している。


「これマジでやばいんじゃん???」


私の感じているやばいんじゃん?よりもはるかにやばそうだ。


そこまでそっちはやばいのか・・・?








かなり長い間揺れていたがやっと揺れがおさまった。


相方はまだ動揺している。


携帯はこのときまだ通じていた。


様子を聞くと、キッチンに無造作に置いてあった

ネスカフェゴールドブレンドが倒れたらしい。


しかしたいした家具のない相方の部屋、被害はその程度ですんだ様子。


ただ、私の部屋ではヘアスプレーのひとつも倒れていない。




すぐにテレビをつけると、安藤優子さんがヘルメットをかぶって


興奮気味にしゃべっている。


震源地は東北か・・・。


画面の中からも大きな地震であったことは伝わってくる。




ふと、目を疑う文字が飛び込んできた。


「大津波警報」


それを見た瞬間に、これはとんでもない地震だと直感した。


そんな警報が出たのを見たことがなかったからだ。




相方と私はそれらを見ながらまだ地震の会話をしていた。


会話をしていたというよりは、テレビを見ながら


二人して絶句していたといったかんじに近いかもしれない。





そして、携帯電話がふいにプツリと切れた・・・・・。