大好きなミュージシャンが
またひとり、星になってしまいました・・・。
2019年、2月27日・・・
その日は新高円寺のSTAX FREDへと、ライヴを観に行っていました。
開場時間前に着いてしまったので店の外で待機して
携帯でツイッターをみていたのですが
そのときに
不穏なツイートをみつけました。
「従兄弟です・交通事故・石塚BERA伯広・昨夜亡くなりました・息子さんと連絡を取りたい」
目に飛び込んできた信じ難い言葉の数々・・・
は?
ほんとに?
いや、でも、情報の発信元が曖昧だから
信頼できるものかはわからない。
誤報やデマの可能性だってある。
こういうときは公式の発表を待つことがもっとも的確な判断なのです。
TLの一部がざわつくなか・・・
店に入り、ライヴが始まり、
気持ちが揺れ動いていましたが
久しぶりに観れる演者さんのステージを楽しみつつ
ステージ転換ごとにツイッターを確認しました。
そして
彼の所属していたバンドのアカウントに
「亡くなりました」という明確な告知が出ました。
「ほんとうに亡くなったんだ・・・」
ライヴの後半はそのことを噛み締めていました。
だけど、すぐには実感することはできなかったので
ライヴはいつも通りに楽しみました。
ライヴが終わってから、ツイッターをみるのが怖くなりました。
帰宅したら過酷な現実が待っているいるのだとおもうと
すぐには帰りたくなくて
演者さんたちと楽しくおしゃべりを続けていました。
帰り際に演者さんのひとりが
「はやさん、またね」と、笑って手を振ってくれました。
「またね」と、再び会えることがどれほどの幸せなのか・・・
それを痛感しました。
店を出てひとりになった途端に、受け止めきれないほどの悲しみが
一気に襲いかかってきました。
ドンキに寄って食パンを買いながら
「わたしはこんな突然に大事な人が亡くなっても、食べて寝て、
そんな生活を、またいつも通りに続けていくんだろうか・・・」
と、わけがわからなくなりました。
食パンはその後、食べることができなくて
封を開けることなく賞味期限が過ぎて、捨ててしまいました。
(勿体ないことをしてごめんなさい・・・)
失った衝撃があまりにも大きすぎて
「どうしたらいいのかわからない」というのが最も強い感情でした。
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【ギタリスト / プロデューサーの石塚BERA逝去】
http://boosterstore.blog.fc2.com/blog-entry-318.html
『石塚は1980年にMAIM MAIM DANCERSのメンバーとして
音楽活動を開始。1984~86年には
演奏メンバーとしても活躍していた。』
↑上記は「音楽ナタリー」の記事より引用。
現在でも プノンペンモデル、戸川純、VIDEO rODEO、HUB、Pharmacy、qyb、木魚
あらゆるバンドで活躍されていました。
このブログが目に止まる方は弾き語り界隈でしょうが
じつはそちらにも縁はあるのです。
大久保「ひかりのうま」の店主であるマルタさんの活動されているテクノバンドのほう、
プノンペンモデルのメンバーさんです。
わたしが言うべきことではないのかもしれませんが・・・
マルタさんは心痛なお気持ちを抱えたままで
ひかりのうま四周年のイベントをやり遂げてくださっていたのです。
わたしが観に行くテクノライヴの大半には
BERAさんがステージにいました。
技術的な面でも、ステージ映えするスタイルが素敵という面でも
そして人柄の良さがにじみ出ているという意味でも
BERAさんにはいつも引きつけられていました。
勝手で申し訳ないのですが、自分が観に行けることがあまりなくても
ステージに立ち続けていてくれたら、それで嬉しい。
そんな存在でした。
そんな、存在感の大きい方でした・・・。
音楽をやることの熱エネルギーにあふれていて
テクノ界隈の多くのミュージシャンに慕われていて
「お日様」みたいに感じてました。
どれだけ、まだ生きていたかっただろう・・・
どれだけの人たちが、まだ生きていてほしかっただろう・・・
それをおもうと、悲しみとか辛さとかを通り越して
虚無に近い状態になってしまいました。
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気持ちがいつも以上に消沈してしまったのは
いくつもの理由が重なったせいでもあります。
◆昨年、転職に失敗し続けたストレスから鬱病が再発していたので
それが悪化する要因になってしまった。
(地盤がゆるんていた地に大雨がきて土砂崩れが起きたような感じ)
◆2018年の大晦日にも見知ったベーシストさんの訃報の告知を受けて
2019年の年明けはお正月気分もなく、心痛で暗く淀んでしまってました。
踏切で電車が通るときに「なんで死んじゃうんだよ!」と、叫んだほどです。
(大晦日に訃報の告知というのがショックをさらに増大させられました)
◆「木魚」というテクノバンドで、二年前にメンバーさんが亡くなり・・・
BERAさんは新メンバーとして加入してくださいました。
わたしには、それがとても頼もしくて、嬉しくてたまらなかった。
新生・木魚になって、これからが再出発としての佳境のときだったのに・・・
ひとつのバンドで訃報が二人目というのは、とてつもない精神的大打撃でした。
(もっともっとお辛いのは、メンバーさん方なのですか・・・)
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こうしていろんなことが重なって
いろんなことに疲れました。
家族、有名人、もう何度も何度も、近しい人たちを失うことに疲れてしまいました・・・。
強く生きたくない
乗り越えたくない
頑張りたくない
いまはそれしかありません。
そして
喪失感の強さからなのか
音楽が心に響かなくなってしまいました。
ライヴに行くのをしばらくお休みさせていただくのは
それが理由です。
もちろん、出会えたミュージシャンの方々への気持ちに変わりはないので
ツイッターではできるかぎり、ライヴ告知のRTをさせていただいています。
それが、わたしなりの、せめてもの応援の表現です・・・。
まだいくつか理由があって。
この精神的に不安定すぎる状態において
ライヴに行って、逆に心が揺さぶられて
大泣きするとか、パニックを起こす可能性もあります。
(以前、じっさいにありました)
迷惑をかけてしまいたくないのです。
人に会いたくない、会える気力がない。
体調が悪すぎて出かけるには体力がなさすぎる。 というのもあります。
(久しぶりに映画を観に行ったら、歩き疲れて息切れしました)
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オープンマイクを再び頑張ろう
オリジナル曲の披露もちゃんと進めていこう
さらに、朗読をやりたくなって、オリジナルで物語を書き上げて
録音を始めていた矢先のことでした。
いまはなにもかも保留にしています。
この前、ネットで観たとある映画で
「死にたいんじゃない、生きていたくないんだ」
というセリフがあり、これが最も、いまのわたしに的確な言葉です。
今後のことをなにもかんがえられませんが
ツイッターで言葉を交わすことはわりとスムーズにやれてます。
たまに、ネットのなかで会いましょう。
いつ戻れるか・・・いまはなにも約束ができなくてごめんなさい。
長々と失礼しました。
皆さんがどうか笑顔のままで、会いたい人に会えていられますように。


