おはようございます
今日も大阪は寒いです・・
ところで
もうすぐで阪神大震災から15年ですね。
15年前の1月17日、当時私は中1の終わりの時期でした。
もの凄い揺れと音で目が覚め母とくっついて落ち着くのを待ちました
揺れが止まり7階のマンションから外をみると
瞬く間に街の灯りが消えていき発電機の音が響きわたっていて
なんか悪い夢をみている感覚でした
枚方はその日も普段通り学校があり
学校から帰宅後
テレビなどで神戸の様子が流されショックで
パニックになりました
車で一時間かからない場所で
いまこの瞬間こんなことが起こってるんだと・・
兄は芦屋に住んでいる幼馴染が心配で
地震の2日後に物資を背負い枚方から自転車で向かいました
地震から1週間もたたない時に当時の担任の先生に
神戸に救援物資を一緒に持っていかないかと電話をもらいました
電車が御影駅の前まで復旧した日にリュックパンパンに
食べ物やタオルやお金などを背負って
神戸にいきました
参加したのは同級生で私を入れて5人ほどでした。
付いてまだ煙がくすぶっていたり
倒壊した家の前で泣き崩れてる方や
お花があちらこちらで供えてあったりしました
先生がある一人のおじさんに
お手伝いできることはありませんか?と声をかけると
指を指した先にはアパートとアパートが寄り添うように傾いていて
そのアパートにロープが巻かれてました
傾きあったアパートをみんなでロープで引っ張った様子でした
「せっかくやけどあんたらやったら無理や」と言い去っていきました
救援物資を色んな会館などにもっていきましたが
手続きがいるのと受け付け順という理由と
パンク状態で結局どこの会館も
受け取ってもらえませんでした
結局私らは歩き彷徨い川沿いにでました
そこで炊き出しをやっていてボランティアの方に
食べていって下さい言っていただき
温かい大根の焚いたのをいただきました
なんか来てはみたものの何も出来ず
落胆しました
あれから15年なんですね・・
未だに少しでもユラッときたら怖いです。
一緒に行ったうちの一人が旦那なんですが
今でもあの日のことを思い出しよく話をします。
あの日を忘れず教訓に
もう一度家族で話し合いたいと思います