当時、独身だった私は、行きつけだったカフェで、
そこのマスターやその店の常連さんたちと
たわいない話で盛り上がってました。
それは、
「自分は、どんな車に乗りたいか」という話でした。
私は20代の半ばくらいでした。
車とかバイクとか、ほとんど興味ありませんでした。
海のスポーツに夢中だったので、
荷物を積んで海に行ければ、なんだって構いませんでした。
なんなら、他人の車に乗せてもらって
自分は寝ている間に目的地に着くというのが理想(笑)でした。
でも、その話をしてた時、
私は、ふっと思いつきで
「ボルボの、ステーションワゴン。」
と、答えていたんですね~
その頃、大好きだった人がいたんですけど
その人にはすごく素敵な彼女がいて
その彼女が乗っていたのが、アイボリーカラーの
ボルボのワゴンだったのです。
私の憧れの象徴みたいなものだったんでしょうね。
車に興味のない私が、突然そんなこと言ったので
その場にいた人たちみんな、びっくりしたのを覚えてます。
でも、格別、車にこだわりもないし
お金もなかったので
もちろんその後、ボルボを買うこともなく、
そんな話をしたことも、
すっかり忘れ去っていたのですが・・・・・・
今、実は、私、ボルボに乗ってます。
こないだふと、そのこと思い出して、
びっくりしてしまいました。
うちの旦那様は、私と違って、
昔から、車やバイクが大好き。
私には決して覚えられない名前の車やバイクの話を
延々続けられる人です。
ドイツの車が好きらしくて、アウディやVWに乗っていました。
その彼が、5ー6年前のことですが、
何を思ったか、急に、ボルボに乗り換えたんです。
それも、ステーションワゴンです。
色は、アイボリーではありませんでしたけどね、
もちろん、あの夜の会話には彼はいなかったし
私がボルボに憧れてたことも、
ボルボに乗っていた素敵な女性とその彼のことも
旦那様には話したことは一度もありませんでした。
っていうか、私自身、全く忘れていたんだから。
むしろ、旦那様が乗り換えた時に
心の中で、
(チッ!またハイオク車かよ!
)って毒づいたくらいです。
その頃ガソリン価格がどんどん上がってて、
ハイオクはリッター二百円近かった。
満タンにすると1万円くらいかかる上、燃費も良くなかったし。
プリウスにしてほしかった!と心から思ったものでした。
なので、
ずーーーーっとむかしのあの出来事を思い出した時
なんとも言えない衝撃でした!
しかも
私の運転を信用していない旦那様は(笑)
一緒にいる時は必ず自分が運転します。
いろんな意味で、叶ってました!
私の夢。
そのことを思う時、
人間は、きっと誰もが引き寄せてる
というか
自分で創り出しているんです、
自分の思い描いたこと、夢を、世界を。
ただ、忘れてるだけ。
もしくは、きがついていないだけ。
たとえ、こんなひどい世界を夢見たはずがない!と思っていたとしても
忘れてるだけです。
あるいは、
意識しないほどごく自然に考えてしまっているのです。
人からひどい扱いをされる時は
自分は人からひどい扱いを受ける人間と思い込んでる。
必ず、心のどこかにその自分がいる。
その自分をあぶり出しているのが、
目の前にいる、他人であり、出来事なんですよ。
だから、他人じゃないんです。
自分なんです。
自分が、本当は自分にひどいこと言ったり
自分を馬鹿にしたり
自分を裏切ったり
自分をいじめて喜んでいるのです。
世界を創り出しているのは、自分。
そう思った瞬間に、
自分の目に見える世界に、責任を持った瞬間に、
自分が選択できることに気づきます。
本当の望み通りに、生きてみればいいんだ、って。
辛い思いをしている時
私は、こんな扱いをされる覚えはない!と叫んで見ればいい。
そうしたいときは、
そうする必要があるんです。
自分で気づくために。
そうして、本当の望みに気づいたりします。
自分が自分を、どう扱っていたか、やっと気づいたりします。
もっと幸せになりたい!
と願うときは
もっと自分を、幸せにして、大事にしてやる時だったりします。
自分の味方になって、
自分のために戦ったり、
自分の夢のために全力で行動する時だったりします。
あるいは、
自分のために全力で、自分を優先させる時だったり。
いろいろやってみて、全然構わないんだと
気がつきます。
現実は、常に、後からついてくる。
時間差が、ある。
今の思い、今の自分の気持ちが、今の考え方が
次の「今」を生み出している。
人間てすごいですよね!
私って、すごい力をもってる。
あなたも、です。
だれもが、です。