

このアルバムは、見田村千晴という才能が、世界へ羽ばたくその第一歩にほかならない。その歌を聞けば、世界という言葉が決して大げさとは思えないだろう。シェリル・クロウ、いやボニー・タイラーやディオンヌ・ワーウィックのようなソウルフルな歌手になれる可能性がそこここから感じられるのだ。
全13曲が、彼女の「今日」までの歩みを描き出す。時系列に、音楽での立身を決め、心が揺れ、決意を新たにし、新しい恋愛を体験し、そして今静かな心持ちでスタートラインに立った主人公が、最後の曲の「静かな今日の唄」まで映画のように映し出されていく。
勿論、一曲一曲はフィクションだが、聞き手はそこに見田村千晴の姿を重ね、深く共感を抱かずにはいられない。このアルバムの作り手達が、世界は別にしても、彼女の大いなる未来を確信し、その工程表の第一歩に相応しい内容にしようと構成を考えた事は明白だ。
巻頭の「intro」に「出発に寄せて」という文句を足した意図はそこにあるのだろう。少しの荷物だけ
詰め込んで、出掛けていく自分。その先にどんな人生が待っているのか、アルバムを聞き始めた途端にそんなワクワク感で一杯にになる。
そして「青」。このつながりが泣ける。これは名曲。「『新しい生活には慣れましたか?』と書きだした手紙 右手はここで止まった…」新しい生活が始まったが、慣れず戸惑う気持ちを、青い空に映し出す。青色が本当に印象的。
これはweathernewsの梅雨のソラウタにも選ばれた。weathernewsのサイトに行くと、この曲がプレイアップされていて恐れ入る。「夏が来る前の、短い季節。君の街に雨を降らせた雨(雲?)が、私の元へやってくる。」なんて解説までついて紹介されており、このPVをきっかけに新しいファンも増えつつあるようだ。さすが全国区。
そこから続く3曲の代表曲のつながりがまたいい。
歌詞をつないでいくと、東京でまだ社会の荒波に飲まれ始めた歌手を夢見る女の子が、尾崎豊のように渋谷駅の東口の歩道橋の上に立ちつくす。無くても死なない、だけど手放せないものを手に、ただ強くなりたくて、悔しくて、見失いそうになりながら、その景色を前に「ここからまた始めよう 確かにここに生きよう」とその思いを何度も何度も再確認する。そして、ひさしぶりに会った君の手を取って、世界の始まりを見にでかけようと誘う。「見せたいんだ、あの朝焼けを さあ出かけよう」と。そして、明るいポップなリズムで、明日がバスに乗って西へ西へと進んでいく。多少のハプニングも味方にして、君に会いに行くよ~、って。希望に満ちていて楽しい。
すべての曲が頭に中に浮かんできて、そのドラマチックな見田村千晴の歌と共に響いてくる。
アルバムの構成はこうだ。
1. introー出発に寄せて
2. 青
3. 渋谷駅東口歩道橋
4. 始まり
5. 明日がバスに乗って
6. night
7. オンザステージ
8. お喋リズム
9. ハルジオン
10. 日当りの悪い部屋で君と
11. 歩いて
12. ラプソディ
13. 静かな今日の唄
後半もいい曲ばかりなのだが、特にハルジオンの新しいアレンジが、じわっと心に染み込んでくる。吉田あきらにようる飾り気のないアコースティックギター伴奏と控えめなコーラスが、優しく見田村千晴を包み込む。彼女自身も、くつろいだ表情を歌声に浮かべ、聞くものにも安らぎを与えてくれる。
3年ほど前に出した自主製作盤「signal」に収録したオリジナルの「ハルジオン」では、ピアニカが効果的でもう少しテンポが早かった。音の数は限られ、やや寂しいのだが、それはそれで好きだった。彼女が知恵を絞り、限られたリソースで、この曲の素朴な暖かさをどう引き出すか、頑張ってるなあと共感を抱いた。
ただ、今回の新テイクを聞くと涙が出てくる。この素朴なアレンジにたどりつくまでに関わった優秀で音楽を愛してる人々、信頼できるミュージシャンたち、兄貴てきなギタリスト吉田あきら、そこに楽しげに、居心地よさそうに身を任せる彼女の姿。それを優しく聞かせるレコーディングからやマスタリングまで含め、今の彼女がたどり着いた幸せな境遇が目に浮かぶ。
そんな幸せなチームを得て、彼女の溢れるようなやる気が、このアルバムの隅から隅まで満ちている。それが、限りなくこの新譜に魅力を与えている。
また、学生時代に音楽での立身を決意し、一人で頑張ってきた時のような、肩肘張った感じが、このアルバムの中にいる見田村千晴からは感じない。彼女の成長の証であり、良かったなあと心から思う。
ただ、そうなると一方で逆のことを言いたくなる。悪い癖だが一言。
「night」という曲に僕がとても気に入ってる歌詞がある。
「アーティスティックとは
なんて醜くて儚くて嘘つきで孤独なんだろう
暗い箱の中で もがいてるフリをしてる」
あるいは「オンザステージ」の痛切な慟哭。
「見上げれば 遠くなる君 小さい僕
せめて一時の夢でも魅させて
終わらないことの惨めさ
君なら知っているでしょう?それなのに」
この2曲は、このアルバムの中で足掻き苦しんでいた頃の見田村千晴を描く役割を担っている。そして実際、昔の彼女が小さいライブハウスで、血を流すように歌ったオンザステージは、物凄く突き刺さってきた。あの迫りくる迫力に、見田村千晴の末恐ろしい才能を感じたものだ。
ただ、今回のアルバムに収録されたこの2曲は、やや甘口。オンザステージでは、録音や音声効果でその凄味のようなものを再現していて、それはそれでさすがプロと唸るのだが、生の迫力とはやはり違うのが少し寂しい。もっとも全体を見れば、それで良いのだ。ここは回想シーンみたいなものだから。スタート地点に立ち、キラキラした未来へ突き進もうとしている、今の見田村千晴を余すことなく、見せつけてやろう、というアルバムなのだから。
発売元はRainbow Entertainment。同社にはあのDEPAPEPEが所属している。すげー。なるほど、逗子音霊スタジオへの今夏の出演もこの筋からか。そういう実績や力のある事務所に所属することは、間違いなく近道だ、大きなステージへのね。
そして、見田村千晴は自分の力で勝ち取ったのだ。何ら恥じることはない。運やコネやルックスや話題頼みの存在ではない。
2010年、タワーレコードのオーディションにエントリーし、ライブやストリートを全国で行い、恥もプライドも横に置いて、自らへの投票を呼び掛けた。
タワレコ限定で発売する100円CDの売り上げを競う上位10組程度による決戦前には、それまでにも増してブログやツイッターで購入を呼び掛け、精力的にライブやストリート活動を展開した。そうして勝ち取った権利なねだから。
アルバムのLabelは、タワレコのオーディション名から取ったと思われる「Knock Up!」。今回、見田村千晴のほかに、同じオーディションで上位3位以内に入った2組のバンドもタワレコからデビューする。聞いてみたが、さすがに何れも素晴らしい。みんな、それぞれのドラマがあったのだろう。成功して貰いたいね。
そして見田村千晴には、とりあえず国内で、現在のアンジェラ・アキのような存在になって欲しいな。なれると思っているのは、きっと、いや確実に僕だけではない。そして、その先に世界が広がるだろう