飛騨国~
位山(くらい・やま)の旧名は、
愛宝山(あわやま)
アワヤマ…
昔は、イチイの木の産地として有名だったらしい。
天智天皇が、近江大津の宮を造営する時に、
この山の木を使われた。
その時、天皇から官位が与えられ、以来「位山」と呼ばれるようになったと。
笏(しゃく)木の用材を伐りだす山として有名になったようだ。
ああ…
位山と名付けたのは、天智天皇だったのだな。
それ以前は、愛宝山とよばれていた…
愛宝山。意味深な名だ。
水無神社の前方に
❶小円墳
❷神楽山(前方後円墳)
❸位山があり、
これらは不思議なことに、一直線に並んでしまう。
位山の山頂には、巨石群があり、
となりの舟山の山頂にも、やはり巨石群がある。
そして、両面スクナの伝説もある。

両面宿儺(りょうめんすくな)
仁徳天皇の時代に飛騨に現れたとされる異形の人、鬼神。
『日本書紀』では武振熊命に討たれた凶賊とされる一方で、
岐阜県の伝承では、毒龍退治や寺院を建てた豪族との逸話もある。
【日本書紀
仁徳天皇65年の条に両面宿儺が登場する】
六十五年、
飛騨国にひとりの人がいた。宿儺という。
一つの胴体に二つの顔があり、それぞれ反対側を向いていた。
頭頂は合してうなじがなく、胴体のそれぞれに手足があり、
膝はあるがひかがみと踵がなかった。
力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いた。
そこで皇命に従わず、人民から略奪することを楽しんでいた。
それゆえ和珥臣の祖、難波根子武振熊を遣わしてこれを誅した。
まったく関係ないのだろうが…
なんとなく、ローマのヤヌス神を思い出した。
扉の入口と出口の神。
ヤヌス神も前後2つの顔を持つのが特徴である。
表現上、左右に別々の顔を持つように描く場合もある。
一年の終わりと始まりの境界に位置し、
一月を司る神である。
さらにWikipediaにはこうある。
1月が入口であり、年の始まりでもあったためである。
過去と未来の間に立つともいう。
その役割は、日本の年神によく似ている…
年神様
両面宿儺
つまり…
飛騨一之宮水無神社の神
と、いうことになるのかもしれない。
飛騨一之宮~
水無神社(みなし・じんじゃ)
いつも、不思議に思っていた。
なぜ草薙剣の疎開地として、
飛騨一之宮の水無神社が選ばれたのか。
草薙剣といえば、
ヤマトタケルが、
伊勢斎宮のおば・倭姫から託されたもの。
三種の神器の一つでもある。
その草薙剣がなぜ、飛騨一之宮に…?
どうやら、飛騨には
「高天原伝説」というものがあるらしい。
記紀神話における「天孫降臨」というのは、
飛騨王朝の移動をあらわしたものだ、というのだ。
確かに、草薙剣の疎開地に選ばれたり、
かつては飛騨が「高天原」と呼ばれた経緯があったりで、
飛騨というところは、何かを秘めていることだけは確かなようだ。
飛驒一宮水無神社(みなしじんじゃ)
ご祭神は水無神(みなしの・かみ)
御年大神(みとしの・おおかみ)ともいう。
御年大神は、
年神、歳神とよばれるものと同一神らしい。
来訪神、祖霊、穀物神など、多くの顔をもつ。
ちょっと謎の神様だ。
この御年大神。
飛騨一之宮の水無神社では、
水無神(みなしの・かみ)として、篤い信仰を受けている。
水無とは、水主。
川の水源をつかさどる神。
『みなし』または『みずなし』とも読む。
『すいむ』と音読することもある。
社前を流れる川の流れが伏流して、
❶水無(みなし)川
❷水無瀬(みなせ)川原
❸鬼川原(覆ヶ川原)などの地名となったとのこと。
水無とは、地下水脈のことかもしれない。
水が無いのではなくて、地下へもぐっている状態。
伏見稲荷の「伏見」なども、もともとは「伏水」かもしれない。
あそこの眷属はキツネだが、この水無神社は…
オオカミ
なんとなく、怪しい…
おそらく…
御歳大神さまは、穀物神であり、来訪神である。
その性質は、水神としての性質もあるのだが、
とくに地下水脈…
地下水脈
オオカミ
どうも、製鉄民の匂いがする…
物部氏ともどこか、似ている。
物部氏は白鳥信仰だが、
彼らは、巨石、鉱物が深く関わっている。
飛騨国にも、物部氏と同族の匂いがするのは気のせいか?
いや、
気のせいではなかった。
飛騨国は、斐陀国とも書く。
飛騨国造(ひだの・くにのみやつこ)の始祖は、
天火明命の第十世孫~大八椅命。
飛騨国造は傍系ではあるが、尾張氏である。
飛騨国は
尾張氏の国
つまり…
飛騨一之宮の水無神社が、
草薙剣の疎開地に選ばれたのは、
飛騨国造が尾張氏の子孫だから…
ヤマトタケル亡き後、
草薙剣を守護してきたのは尾張氏なのだ。
彼らは、饒速日尊の子孫である。
飛騨国は、
東北の物部ともつながる、天孫ニギハヤヒの子孫の国。
飛騨一之宮の水無神社が、草薙剣の疎開地に選ばれたのは、
きちんと理由があってのことなのだ。




