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キモチワルイハナシ

霊感がない自分が体験した話・霊感がある家族から聞いた話・地元の不思議な話を忘備録として綴っていこうと思います。

自分自身に霊感は全くないが、家族と一緒に物音を聞いたことはある。

 

初めて聞いたのは私が小学校6年生だった時に母とベッドで寝ていた時。

母にはローテーションで父・私・妹・弟…と2人で寝る癖があった。

何故かは分からないけど母なりの愛情表現だったと思う。

 

子供部屋の2段ベッドの「頭側」に背中合わせになる形でクローゼットタイプのタンスを置いていた。

寝た時に私の右側と足側に壁。

母は私の左側に寄り添って寝ていたので四方を囲まれた状態で寝ていた。

 

爆睡していたから時間は分からなかったけど、真夜中だったと思う。

いきなり、コン、コン…と机を叩くような音が聞こえてきた。

家鳴りとかそういうのではなくて完全に誰かが何かを叩いている音。

指の関節で机を叩いてる感じ。

最初は普通に母だと思って「何してんの?」と言いながら左を向いたら、母は両手を胸に当てて爆睡していた。

 

(お母さんじゃない!)と思った瞬間、コンコンという音がドン!ドン!に変わった。

どこから聞こえてくるの?と思ってキョロキョロしたけどどう考えても頭側に設置されたタンスの中から聞こえてくる。

 

(誰かがタンスの中にいる!)って認識できた瞬間、ドンドンという音がバァン!バァン!と殴るような爆音に変わった。

もう完全に人がいる!と思って「お母さん!泥棒いる!」と揺すりまくって(爆音なのに母は爆睡していた…)なんとか起こせた!と思った瞬間やっと音が止んだ。

 

部屋の明かりをつけて父に起きてもらってタンスを開けたけど、そこには誰もおらず。

 

2段ベッドの上に寝ていた妹も爆睡していたので眩しそうに「何してんの?」とか言ってた。

でも事情を説明したら妹は「お姉ちゃん頭そっちにしてるんや~。私は逆にしてるけどそっちに頭向けて寝たら声聞こえてくるから気持ち悪いねん!」と言って、また寝た。

 

父と母と私はシーーーン…となったけど、父が「怖いからみんなで寝よう」って言って、妹以外の父・母・弟・私の4人で2枚の布団で無理やり寝た。

 

音は私しか聞いてなかったけど、大人になってからこの話をしたら、母は「まあ中古で買った家やからな、前に住んでたお婆ちゃんが2階で死んだみたいやし仕方ないな!」と言った。

何が仕方ないのだろう…。

 

 

 

 

うちの父と母が結婚する前の話。

仕事で不在中の父のアパートに、合鍵を持った母が遊びに行ったそうだ。
共通の友達のAさんも一緒だった。
昭和40年代はまだ携帯もポケベルもなく、Aさんと話しながらひたすら待っていた。

アパートの造りはザ・昭和って感じで、2階建てのワンルーム。
四畳半に小さな水回り。
トイレは共同、風呂は近くにある銭湯。
父の部屋は2階だった。
畳の小さな部屋に座りながら話していたら、

「…あの扉の木目、人の顔みたいじゃない?」

ふと玄関の扉を見た母親がそれを見つけてAさんに言った。

「うわうわうわうわ」

慌てるAさん。
最初は人の顔のように見えた木目がどんどんリアルなお爺さんの顔になり、体も現れ、ゆっくり溶けていった。
血や肉やそれ以外の組織までバッチリ見てしまう。

「これ幽霊だよな!?」
「どうしよどうしよ!」
「外、逃げよ!」

しかし溶けるお爺さんは扉と同化している。
逃げる為にはその扉を開けないといけない。
開けたらぶつかるのか?
扉と一緒に霊もめくれるのか?
そういう事を考えていたら逃げられなくて、狭い部屋の中で後退りしながら考えていたそうだ。

溶けた霊は足の方から母達の方へ移動してきたらしい。
その話を聞いた時「足からって…どんな風にきたの?」って聞いたら「とにかくお化けが薄っぺらくて…まるでコピー機から出てくる紙みたいにズル~ンときたんよ」と言っていた。

「俺もう無理やわ!」と言ってAさんが扉に向かって走って出ていってしまい、母も仕方なく霊に体当たりする形で逃げようとした瞬間、低い男の人の声でお経を唱える声が聞こえてきて笠を被ったお坊さんの霊が溶けた霊の背後に現れた。
「なんで増えるの~!」と泣きながら2体分の霊をすり抜ける形で外に出て、Aさんと一緒にアパートの前でガタガタ震えながら父の帰りを待った。
(まだ待つんや…と心の中で突っ込みながら聞いてた)

一時間後に帰宅した父がそれを聞いて開口一番、

「それ俺の田舎の叔父さんやわ」

とビックリしながら、父の叔父が体の組織が溶けていく病気で終末医療を受けている状態だと教えてくれた。
3人で公衆電話から田舎の本家に電話したら、丁度息を引き取ったという嘘みたいな本当の話。

ちなみにお坊さんの霊は誰か分からないそうだ。

アパートは気持ち悪いから翌日解約したと言っていた。
父は霊感無しだけど極度の怖がり。

 

 

 

 

母親から聞いた話。

 

私の母が今の土地に引っ越してきたのが小学校低学年の頃。

当時は田んぼ・地主の大きな家・長屋・店や工場の4パターンしかなかったそう。しょぼいRPGゲームのマップみたいだけど、本当に何もなくて田んぼだけだから隣の小学校区の建物まで見晴らせた。

 

母親一家はすぐに近隣の人と打ち解け可愛がってもらい、近所の奥様連中から忠告されたのが「子供は〇〇神社と首切り屋敷跡に近づくな」と。

 

〇〇神社と言っても家の周りのある神社ではなく駅裏にある大きな神社。

田舎に行くと田んぼの中にポツンと里山みたいな森があるのを見かけるけど、まさしくそんな感じ。

駅前だから新興住宅は建つものの、その神社の周辺だけ今もほとんど変わっていない。

C踏切の近くにある。(正確にはB踏切の方が近い)

〇〇神社は私が子供の頃も学校から近付かないようにお達しがあった。

「男の子は追いかけられ首を絞める」「女の子は押し倒されて服を脱がされる」

この神社自体暗いのに、神社の周りにびっしりと並んでいる長屋が多く、実際に気がふれている人が何人が住んでいた。(地元の学校や警察も認知済み)

母親が子供の時はもっと凄かったそう。

 

そのすぐ近くに首切り屋敷があったらしい。

本当に刑場だったのかも謎。

自分が見た時は、そこだけちょっと変わった作りの家が多くて時代劇に出てくるような雰囲気の集落っていう印象。

〇〇跡と書かれた墓石みたいなのもあった。〇〇の部分は読めなかった。

 

母親の姉が首切り屋敷の近くに住んでいる友達の家に遊びに行った時は塀に囲まれた場所に出て一時間迷子になってしまった。後から行ってもそのような場所はなかった。

それを近所の人に話したら「あそこは出るんよ」

何が出たのかまでは教えてくれなかったそう。(狐のことか?)

 

神社は変質者的要素があるから分かるけど、首切り屋敷は妖怪的な怖さがあったみたいだ。

 

 

 

 

C踏切とは別に車が通れる大きさの踏切が3つあるんだけど、西側から

 

A踏切⇔駅⇔B踏切⇔C踏切⇔D踏切

 

って順番に並んでいる。

 

A踏切が一番大きい。

この踏切しか使った事がないって人がほとんど。

有名な店やモール方面に向かう道なので一日中たくさんの人が行き交う。

自殺はほとんどなくて、渡り切れなくて轢かれてしまう事故が数年に一度起こっている。

小さな女の子が快速に轢かれて死んだニュースは全国区のテレビでも流れていた。

 

B踏切は車両通行可だけど一方通行で集落に住む人しか使ってない。

この辺は古い建物がまだまだ多く、特に駅の南側は昼間でも暗い。

この周辺ではC踏切の次ぐらいに飛び込み事故が多かったけど、C踏切がぶっち切り過ぎてて怖がられたりとかはしてなかった。

 

D踏切はB踏切と同じで車一台分しか幅がないけど一方通行ではなかった。

飛び込み事故の話は一切聞いたことがなく、ドライバーからしたら対向車が一番怖いと思う。

 

事故件数でいえばC踏切が圧倒的なのに、自転車がすれ違うのもギリギリなぐらい小さな踏切・本当に地元の人しか知らない場所(集落内)にある・それなのに遠い所から死にに来る人が多いっていうのが気持ち悪かった。

ネットがない時代にどうやってここを知ったんだろう…。

それも電車ではなく汽車が走っていた時代から「ここは祟られている」とされていて、そうなってくると電車会社が悪い訳ではなくてもう土地柄のものだと思った。

 

以上が、自分が子供の時から感じていたこと・母親から聞いた話・線路際に住んでいる人の話。

 

 

 

 

今住んでいる土地で一番「心霊っぽい場所」がC踏切。

全国でも踏切事故ランキング上位に入っていたらしく、鉄道マニアにはそこそこ有名な場所らしい。

 

C踏切は車が通れない小さな踏切で、自転車がすれ違うのもギリギリなぐらい。

母親からは「〇〇踏切は使わないで欲しい。もし通る時は自転車から降りて手で押して渡るように」と言われてたけど、高校進学を機にショートカット用の通学路としてたまに渡るようになった。

そう言えばあそこの踏切だけ家族も友達も正式名称で呼んでいた。

すぐ傍の大きい方の踏切の名前は誰も知らなかったのに。

 

踏切の南側にお地蔵さんが設置されていた。

母親に聞いたら「お母さんが子供の時は地蔵じゃなかったわ~」との事。

土地柄あまり良くないものがいるって話になり、結界?みたいなものが設置されていたらしい。母親も子供だったのでそれが何なのか判らなかったけど、少なくとも地蔵では無く、神社やお寺の人が合同で建てたものがあったそうな。

 

どうして事故が多いのか聞いてみたら、「踏切が閉じている時に立っていると中に引き込まれる感覚がある」「(ネットがない時代だから知っているはずがないのに)遠くから死にに来る人がいる」と教えてくれた。

これもネットがない時代の話に聞いたんだけど、井戸端会議が日常だった時代だから噂話や変質者情報、危険な場所の共有もバッチリだった模様。

線路際に住んでる人ほど「気持ち悪いから遠回りして大きい方の踏切使ってるよ」って言っていた。

今もその踏切はほぼ当時のまま使われているけど、その周辺だけ開発が入ってなくて古い建物が多い。

 

「大きい方の踏切」は他に3つあるんだけど、そちらの気持ち悪い話も記事を分けて書きます。