2023年7月心不全2023年8月拡張型心筋症重症度「超重症」最悪時 前代未聞級EF5% → WCD(着用型自動除細動器)着用→人工心臓、心臓移植必要と宣告される心不全闘病だけをテーマに記事を書き続ける!心不全(鬱血性心不全、うっ血性心不全、慢性心不全)
循環器については、定期通院先が大学病院からクリニックに変わった。心エコーなどは引き続き大学病院だ。『治らないと思っていた重症心不全が治っていく方向へ』本日、大学病院を受診した。NT-proBNP は33。ここ数ヶ月の安定を考えると納得できる数値ではあるが、それでも安心する。心電図には新しい問題はなかった。診…ameblo.jpその際に紹介状を作ってもらったのだが、あらためて腑に落ちない点があった。紹介状は患者が費用を負担するのに、患者本人は内容を確認できない。自分の体の経過や評価が書かれているはずの文書を、当事者が読めないという仕組みには、やはり違和感が残る。話が長くなるので、紹介状の話はこれくらいにする。実際にクリニックに今日行って、想定外だったことがあった。※このクリニック自体は初めてではない。まず、薬の処方日数。大学病院では三か月分まとめて処方可能だが、クリニックでは最長でも50日分までだった。通院の負担が減ると思っての転院だったが、薬をもらうための受診回数はむしろ増える。採血についても違いがある。大学病院では複数の診療科の検査をまとめて一度で採血してくれていたが、病院が分かれる時点で多くなるし、通院も増えるので、結果として採血の回数が増えた。いま気になっているのは検査結果のタイミングだ。採血後、BNPのような指標はその日のうちにわかるのだろうか?大学病院ではその日のうちにすぐ結果が出て、診察の場で説明を受けられていた。それを確認するのが少しこわくて聞けなかった。数値そのものより、「すぐに確認できる」という安心感は今までありがたかった。転院そのものが悪いわけではない。わがままは言えないし、悪化してないのであれば感謝しないといけない。今日はレントゲンと心電図。心電図はやはり異常あり。レントゲンのCTRは55.63 いつもに比べて悪いが、息を吸うタイミングが悪かったと言われた。いや。そんなことは無いと思うけど。2023年心不全診断時 CTR64.47そして2023年に、このクリニックで行った最初のレントゲン検査 CTRは64.47だったと知った。
本日、大学病院を受診した。NT-proBNP は33。ここ数ヶ月の安定を考えると納得できる数値ではあるが、それでも安心する。心電図には新しい問題はなかった。診察室に入る前はどこか身構えていた。食生活や塩分制限、体重管理の面では管理が甘くなっていたからだ。結果を聞いた瞬間、その緊張が静かにほどけていった。もう一つ予想していなかった話があった。病状が安定しているため、大学病院での診察は今後一年に一度の心エコーだけでよいとのことだった。普段の定期診療は、最初に心不全と診断された馴染みのクリニックへ戻って続けてほしいという説明だった。大学病院には一年に一度は来ることになるし、ほかの診療科についてはこれまで通り大学病院へ通院する。しかし、心不全については大きな区切りがついたように感じた。あの入院生活や、先の見えなかった時期を思い返すと、ここまで来たこと自体が静かな実感として胸に残る。今日の帰り道はどこか気持ちが軽かった。帰り道、駅ピアノに寄り、宇多田ヒカルを弾いたら拍手され嬉しかった。治らないと思い込んでいた病気が、確かに良い方向へ進んでいる。
いま振り返ると、心不全による体調の最悪期に、なぜ自分が心不全になったことに気づけなかったのか。ひとつは、二年前ごろのAIへの不信感だった。今でもそうだが、当時のAIは、趣味や雑学など根拠の薄い分野では適当なことを言うことも多く、私はAIをまったく信用していなかった。法人のWEBサイトによくある「相談はAIチャットへ」といったものもロクなもんじゃなかった。だから、積極的に活用する気にはなれなかった。いま思えば、医学分野に限れば、当時でも質問していればそれなりに妥当な答えが得られたかもしれない。もうひとつは、あの頃、自分の症状を検索し、思いつく限りの情報を集めていた。横になると息苦しく、座ると少し楽になる。体重も増えてきた。しかし、心不全の「最大の特徴」と言われる足のむくみが全くなかった。指を脚に押し付けたら、へっこみが残るといった現象も起こらなかった。典型的な症状が揃わないせいで、まさか心不全だとは思わなかった。むしろ「むくみがないのだから違うだろう」と思っていた。入院後、腹部や肺にたまっていたが、単に太ったのだと思っていた。だが、病気は教科書通りには現れないようだ。いまの自分が言えるのはそこだ。特徴的なサインが揃っていなくても、ときに重大な病気に該当することがある。脚のむくみがなくても心不全になることはあるようだ。自分の経験はその事実を身をもって示している。個人差もあるのだろう。情報があふれ、AIが進歩しても、最後に自分の体調の異変に気づくのは自分自身だ。検索結果や一般論に寄りかかりすぎず、「なんだかおかしい」という小さな違和感に耳を傾けることが重要なのではないか。
たまたま紹介された病院に入院して、命を落としていたかもしれない。私はまったく頼れない病院にあたってしまったのである。このことは何度も書いたかもしれないが、今回カルテの開示を求めたことにより、あらたに出てきた事実もあるので、まとめなおす。この病院の問題点をあげていけば「枚挙にいとまがない」とよく表現するが、一つ一つ数えていく。1 重要な数値の再検査なし入院初日、心エコーでEF(駆出率)5パーセントと出ていたにもかかわらず、なんと、その後、治療効果を再検査結果と照らし合わせることなく、EFやBNPの再検査は行われなかった。このレベルでは、安静にしていても急変のリスクがあり、標準的な臨床ガイドラインでは、EFが極端に低い場合は再評価を行い、安定を確認するまで退院は控えるのが基本のはずで、別の病院であれば、到底ありえない判断である。2 職場復帰のタイミングEF5パーセントが最終退院時の数値でありながら、職場復帰を許可された。休息期間無しの職場復帰だ。安定を確認してから退院・職場復帰が原則のはずで、これも別の病院であれば、到底ありえない判断である。退院直後は数メートル歩いては休むような状態であった。3 重症状態でのリハビリ入院中はEF5パーセントにもかかわらず、スクワットなどリハビリ運動も積極的に行われた。本当に運動して大丈夫だったのか?今でも疑問である。もし少しでも体調が悪化していれば、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。4 主治医は「今年の新入職員」主治医は病院新聞に載る「今年の新入職員」に名前を連ねていた20代の若手であった。病院新聞で確認した。おそらく治療経験も少なく、重症患者を診たこともないのだろう。かといってフォローする上司医師が出てくることもない。裏では支援していたのかもしれないがわからない。おまけにその若手医師は、年上の患者にため口を使うような偉そうな人物であったし、質問しても明確に答えられず、あとから調べてくれることも一切なかった。会社であれば、若手に大きな仕事を任せることは、良いことなのかもしれない。しかし、命に関わることを治療経験の無い若手1人に任せるのはヤバすぎる。↓実物5 問診は朝の15秒のみ問診も朝の巡回での立ち話15秒程度で済まされた。じっくり話すような場面は一切無かった。6 高度治療の選択肢なし超重症でありながら、入院中の治療は薬のみであった。 もし最初から大きな病院に入院していれば、ICD埋め込みやバルーンパンピング、ECMOといった高度治療の選択肢がすぐに検討されたはずであるが、そんなことにはならなかった。実際、転院先では検討された。結果論だが、あえて良い点をあげるなら、投薬のみで、身体的、精神的苦痛を伴う治療を避けられたと言えなくも無い。後日セカンドオピニオンを有名病院で確認したところ、「ICD手術を行ってない病院だから、ICDで心不全を予防する発想すら無い」とのこと。7 カテーテルで 心筋検体省略カテーテル検査を行いながら心筋検体採取はされず、転院後に本来やらなくていいはずの再度カテーテルを受ける羽目になった。心筋検体は拡張型心筋症と判定するためには避けられないはずだ。これは、転院先にも理由がわからず首をかしげていた。「心筋検体採取はいつやるんですか?」と医師に質問したら、挙動不審にモゴモゴ「他院のほうが検体採取で精密データがとれるからなぁ」と言っていたので、そもそもこの病院に検体採取ができる人材がいなかったかもしれない。8 治療数値の開示なし治療に関する数値を教えてもらえたのは、入院中一度もなかった。退院後、カルテ開示を有料で行う羽目になった。もちろんこちらから質問しても教えてくれない。朝、巡回で手ぶらで15秒間話すだけだから医師も数値がわからないのだ。頭にも数値が入ってないのだろう。9 退院後は街クリニックに薬をもらうだけEF5パーセントが最終退院時の数値でありながら、次回からもうこちらの病院に来なくていいから、街クリニックで薬をもらうように言われた。これも別の病院であれば、考えられない話である。こちらの病院に来なくて良いのか丁寧に質問したら逆ギレされた。↓以下詳細『【祝アメトピ掲載1回目】若い主治医が突然私に怒り出し、私が固く決意したこと』私はどちらかと言うと、相手に極力合わせることをこころがけている。仕事での営業経験からくるものかもしれない。まして、自分の運命・人生を左右する主治医にはかなり気…ameblo.jp10 いまだにファンタスティック4を使わない病院は存在するかろうじて、この病院は、心不全治療のファンタスティック4、すなわちARNI、β遮断薬、ミネラルコルチコイド拮抗薬、SGLT2阻害薬を使用していた。しかし、効果が知られているファンタスティック4をいまだにすべての病院でフル活用されてないと聞く。 もちろん、患者の血圧や腎機能、電解質の状態によっては使用が制限される場合があるが、それは別問題として、病院の方針や医師の経験の問題で採用されてない病院がいまだにあるのだ。たまたま最新薬が使われない病院にあたると、最適治療を受けられず、命に関わる危険があるのである。恐ろしいことである。重症心不全になったとき、病院の選択は生死に直結する。症状がどう転んでも、安心して任せられる病院で治療を受けることが、命を守る最も重要な行動である。そのためには大学病院レベルのところに行ったほうが良いと思う。
EF5%という最悪の数字が出た日、そのときのBNPは542.4。(ntpro bnpではなく通常のBNPntpro換算で2,500ぐらいか?)『左室駆出率(EF)5% 検査結果を入手した』2023年7月初入院時の検査結果を入手した。『ついに初入院先にカルテ開示請求→予想外の怒り爆発』「このブロガー、不満ばかりで、しょっちゅう怒ってるんじゃないか…ameblo.jp標準値がBNP18.4以下なので、もちろん数十倍以上と、とてつもなく悪い。しかし、一般的には重症心不全ならBNP2,000以上など数千を超えてもおかしくない。それは他のブログなど見ていれば明らかである。EFのわりにはBNPが高くない理由はあるのか?なぜそうなったのか。自分なりに調べ、経過を振り返って考えた。1 BNPの負荷とはBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)は、心臓がどれだけ圧や容量の負担を感じているかを示すホルモンだ。私の場合、EFは極端に低かったが、入院前からすでに体が限界まで順応していたのかもしれない。体液バランスや血圧が落ち着き、心臓への急激な負荷が少なかった分、BNPの上昇が抑えられていた可能性がある。2 慢性化と急性増悪の違いBNPが高くなるのは、急激に心臓が悪化したときや、水分が溜まりむくみが強いときだ。私のケースは、息切れや夜間呼吸困難などがゆっくり進行し、いわば慢性化した重症心不全だったのかもしれない。身体が時間をかけてその状態に慣れ、BNPが爆発的に上がらなかったのか?3 個体差と腎機能の影響BNPの値は腎臓の働きでも大きく変わる。腎機能が悪いとBNPが高く出やすく、逆に腎臓が保たれていると低く出る。利尿剤の反応もよかったので腎機能は悪くなかったのか?同じEF5%でも、腎臓が悪ければBNPは何倍にもなることがあるらしい。4 薬や体質の影響入院初日のため薬は一切飲んでいない。以上がBNPがEFの割に高くない理由なのか。検査履歴を更新した。履歴の精度があがった。
2023年7月初入院時の検査結果を入手した。『ついに初入院先にカルテ開示請求→予想外の怒り爆発』「このブロガー、不満ばかりで、しょっちゅう怒ってるんじゃないか」「関わったら危ない人かも」「クレーマーなんじゃないか」と思われるかもしれないが(笑)そんなこと…ameblo.jp『患者相談室とバトルし疲れ果てる』経緯は、初回入院時の検査結果が一切教えてもらえなかったため、カルテ開示請求を行った。文書係からは、(こちらが複数回行ったはずと思っている)心エコーは1回分しか…ameblo.jpこれがEF5%の証拠画像。🔥🔥🔥🔥🔥🔥🔥今ならわかる。本当に病院に辿り着けて良かった。あと300m歩いていたら心臓が止まっていたかもしれない。またBNPの正確な数値もわかった。BNP 542.4(ntproではない)今回初めてわかったことは、EFだけでなく、BNPも一回しか検査していなかったことだ。この病院に対する不満についてはまた今度にする。とにかく、これでEF5%は聞き間違いではないことがわかった。
経緯は、初回入院時の検査結果が一切教えてもらえなかったため、カルテ開示請求を行った。文書係からは、(こちらが複数回行ったはずと思っている)心エコーは1回分しかデータがないと言われた。なぜそれ以外の検査結果が存在しないのかと問い合わせると、「わからない、患者相談室に聞いてくれ」と言われ、たらいまわしにされ逃げられた。『ついに初入院先にカルテ開示請求→予想外の怒り爆発』「このブロガー、不満ばかりで、しょっちゅう怒ってるんじゃないか」「関わったら危ない人かも」「クレーマーなんじゃないか」と思われるかもしれないが(笑)そんなこと…ameblo.jpそこで、後日患者相談室とやりあったところ、データ上、やはり心エコーは1回しか行っていないという。そんなわけはない!私は医師ではないし、プロでもない。しかし長年心不全患者をやっていれば、心エコー室で心臓付近をさまざまな角度からぐりぐりとされ、黒い画面に心臓がドクドク動いているのが、心エコー検査であることくらいは理解できる。初回入院時に毎日のように行われていたあの検査は、素人目にも心エコーにしか思えない。検査の記録や保存を怠ったとしか思えない。やはりデータの記録・保存を怠ったのではないか?わかった、わかった、、100歩ゆずって、私の認識が誤っており、あれはEFを測る心エコー検査ではなかったとする。100歩ゆずって、せん妄状態で何度も心エコーを受けた感覚になっていたとする。それでも入院日に1度しか心エコーを行っていないことが正しいとするなら、この病院の治療には大きな疑問が残る。EF5パーセントという極めて重症な状態(転院先の医師3人からも初回入院時に EF5パーセント と言う数値は 伝えられている)で入院したにもかかわらず、追加の検査を行わず退院させるのは本当に正しい治療なのか?本来なら、薬や治療でのEFの改善を確認すべきではないのか。退院時にEFの状態を確認せず、「次回から街のクリニックで受診してよい」「すぐに働いてよい」と判断する根拠は何か?数値上、最終EFは5パーセントということになり、この数値で退院したことになる。(ただし、この病院が唯一保存しているデータが5パーセントなのかは、まだわからない)実際にセカンドオピニオンを目的に別の病院に行ったところ、医師から「あんた!退院している場合じゃない!」と指摘され、着の身着のままで入院させられた。初回入院の病院で行われた治療や退院判断がいかにずさんで危険だったか、身をもって思い知らされた。1回しか心エコーを行っていなかったとしても、この病院には明らかに問題がある。正直、頭に来て精神的なダメージも受け、一時期ブログを書く気も失せてしまった。
「このブロガー、不満ばかりで、しょっちゅう怒ってるんじゃないか」「関わったら危ない人かも」「クレーマーなんじゃないか」と思われるかもしれないが(笑)そんなことはない。優しくて温厚な父親である。(笑)今回カルテ開示を決意したのは、初回入院の病院でEFやBNPといった基本的な数値を一度も教えてもらえなかったからだ。はじめから教えてくれればこんな面倒くさいことにはならなかったので、憤りを感じていた。治療を受けた以上、その記録を知るのは患者として当然の権利であり、時間が経てば保存期間も過ぎてしまう。数値履歴公開系ブロガーとして正確な履歴を公開したかった。また、「嘘じゃないか」と疑われていれるEF5パーセントがファンタジーじゃないことも証明したかった。1時間かけ病院に出向き、受付でカルテ開示の手続きを行う。主に「BNPとEFを知りたい」と伝えた。カルテ開示は有料で、結果が出るのは2週間後だという。「心エコー検査データは1回分しか登録がありませんので、それをお出しします」と説明された…ちょっと待て、いま何といった?なぜ1回分しかないのか重症心不全でほぼ毎日のように心エコーをやっていたはずだ。心不全と宣告され、家族のことをおもい泣きながら検査を受けたこともあった。それなのに「1回分」?•では、それ以外の検査は、心エコーをやるふりだったのか?・では、それ以外の検査は請求に含まれてないのか?• それとも記録を捨てたのか?病院には記録・保存の義務があり、患者には開示を受ける権利がある。これは「医師法第24条」「医療法第21条」に明記されていて、保存期間は原則5年間(病院によっては10年間)。つまり、検査や治療を行った以上、記録が残っていないということはありえない。もし本当に記録が存在しないのなら義務違反である。その理由をきちんと説明してほしい。文書窓口に食い下がったが、きちんとした説明はできない。「これ以上は分かりません。患者相談窓口に電話してください」と言われた。得意のたらい回しだ。土曜日は窓口が開いていなかった。対応した人は「なんとか逃げられた!乗り切ったぜ!」といった表情で姿を消した。結局、後日あらためて対応を求めることに。この問題は、単に自分の数値を知りたいだけではない。これは医療の記録と信頼の根幹にかかわる話だ。
EFや過去の検査データに異常に執着する自分の性格もどうなのかと思うが(笑)今回も過去の検査データを取り寄せてわかったことを書く。再入院直後の2023年7月27日に「MRI」と「心エコー」と2つの方法で左室駆出率(EF)を測定したところ、3種類の異なる数字が出てきた。今、振り返ると同じ日に7月27日に「MRI」と「心エコー」を実施していたことにも驚く。MRI:18.4%心エコー biplane法:27.4%心エコー b mode法:20.6%同じ日に行ったEF検査でありながら、かなり乖離が出ている。18.4%~27.4%重要な判断に支障が出るのではないか?と心配になるぐらい幅があるため、患者としては、どの数字を信頼していいのか迷うところである。・どれを優先してみるべきか臨床的には、心エコー biplane法の数値が日常診療で最もよく用いられるらしい。理由は、心エコーは手軽で繰り返し測定しやすく、biplane法は2つの方向から計測するため信頼性が高いとされるからである。MRIは精密な評価が可能であるものの、MRIは心臓を立体的に正確に測定するため、拡張期の容積を大きめに計算する傾向があるそうだ。その結果、分母が大きくなり、EFは低めに出やすい。実際18.4%と低めに出ている。B mode法は1断面のみで評価するため、やや数値が低く出やすい。さらに、検査者の操作や計測タイミング、心拍変動、機械の設定なども影響する。つまり、同じ日に行ったとしても、完璧に同じ数字は出ないのである。・患者としての受け止め方同じ日に同じ心臓を検査して(18.4%~27.4%)9%も誤差が出て驚いたが、今回調べてbiplane法の数値をみるのが一番妥当なのではないか、と理解した。実際医師から口頭で告げられたEFは心エコー biplane法:27.4%であった。履歴を以下のように修正する。
私は初回入院先でEF(駆出率)が5%と診断された。正常は50〜70%であるから、5%はほとんど心臓が血液を送り出せていない数字である。初回入院先の医師からは「もう大丈夫、退院してこれからは街のクリニックへいって。仕事も再開していい」と言われた。ところが、退院後すぐにセカンドオピニオンを聞く目的で行った大学病院に「EFはまだ10%台!致死性不整脈の恐れあり!退院なんてとんでもない!いますぐ再入院して!」と言われ、その場で大学病院へ再入院することになった。『【天国】退院!その後すぐに起こったとても信じられない展開【地獄】』都内H病院の入院生活。なるべく早く退院したいという私の希望もあり、18日目で退院することとなった。会社にも復帰の見通しを伝えた。家族にすら会えない入院生活は…ameblo.jp結果的に初回入院時の医師の判断が間違えであると分かった。転院先の病院で2023年7月に受けたのが心臓MRIと心エコーである。先日、有料で過去の診断記録を取り寄せた。「心臓に損傷がある」と言われていたが、精密な検査で、自分の心臓の内部がどうなっているのかをはじめて詳しく知ることになった。MRIによるEFは18%に上がっていた。(EF履歴の追加が必要かも)5%から見れば改善だが、依然として正常からは大きく外れている。少し血液を送り出す力が戻ったものの、全体としては重い重症心不全の状態であることに変わりはなかった。MRIではさらに詳しい情報があった。ECV(細胞外容積率)は32〜36%で、正常のおよそ20%前後を大きく超えていた。これは心筋に線維化、つまり傷跡のような硬い部分が広がっている証拠である。また遅延造影(LGE)という撮影方法では、心臓の中間層を中心に白く光る部分が広がり、損傷が広範囲であることが明らかになった。心エコーでも、壁運動スコアがほとんど2.0と評価された。これは心臓の壁全体の動きが弱く、収縮力が不足している状態を示す。実際の生活でも、少し歩いただけで息が切れたり、階段を上ると動悸が激しくなるなど、日常に直結する症状が出ていた。これらを合わせると、当時の私の心臓は大部分に傷跡が残り、全体の動きが弱っている」という状態であった。つまり、医師に言われた「もうEFは35以上にならないよ」という根拠になったのかもしれない。EFが改善していても、線維化が広がっていれば今後の経過に注意が必要である。なぜなら繊維化は治らないとされている。しかも進行性である。しかし、心臓部にこれだけ治らない損傷を受けながら、EFが現在60以上まで回復しているのも不思議である。また、EFやBNPはよく患者間でも話題になるが、心臓の損傷数値についたは話題にならないので、自分はどれぐらい悪いのかいまいちわからない。改訂後
自分は大学病院に数年通っている。心不全の治療で入院もしたし、今も複数の科にかかっている。その途中から眼科にも通い始め、しばらくは大学病院で診てもらっていた。ところが、眼科だけは町のクリニックに引き継がれることになった。日常的な管理なら町医者で十分という判断だろう。納得するも何も、指示に従うしかなかった。ある日、その町医者でレーザー治療を受けたあと、目に異変を感じた。これは普通ではないと思い、急いで受診しようとしたが、その日は火曜日で町医者は定休日。しかたなく、もともと通っていた大学病院の眼科に駆け込んだ。そこで耳にしたのが、信じられない一言だった。「大学病院の眼科で診察を受けるには、紹介料として別途4000円かかります。難病の申請範囲外です。」(事務的口調)いま、なんと言ったのか?もともとこの眼科で診てもらっていたはずだし、眼科患者としてのカルテデータもある。何年も大学病院に通い続けている。どこに何があるかも知り尽くしてる。院内レストランで何が美味しいかもわかってる。その自分が、急を要する症状で戻っただけで、紹介料を払えという。思わず言葉を失った。まったく知らない大病院、はじめての大病院に突然行って紹介状が無い時に「紹介料」が発生するのではないのか?町医者に移ったのは病院の判断であって、自分の勝手な選択ではない。そして今回は急な異変だから大学病院に駆け込んだだけなのに、「制度上の線引き」で患者が不利益を受ける。これは誰のための仕組みなのだろうか。体調が悪いときに、紹介状の有無や追加料金のことを考えながら病院を選ぶ余裕などない。患者にとって大事なのは「すぐに診てもらえる安心感」であって、制度の効率性ではないはずだ。医療制度が効率化を目指すのは理解できる。だが、その矛先が長年通っている患者に向かうのは、やはり納得しがたい。ここで「紹介料あるならやめます」というわけにもいかず、払うしかなかった。
前回書いたように、私は産業医から「もうバリバリ働いていいんじゃない?」と軽率に言われた。軽率な一言にいまでも腹が立ち、数日間気分が悪い。よく眠れない。詳細は過去の記事『心不全は甘え』私は数値がある程度改善している。「あなた、もう大丈夫でしょ」と思う人もいるかもしれない。そのため、この記事の受け止め方は人により違うと思う。昨日、会社の新米産…ameblo.jp病気の重みを知るべきはずの医師からそんな発言を受けたこと自体、強い怒りと違和感を覚えた。産業医から、自分の病状に対してほとんどヒアリングも受けていない状況での発言である。少し産業医について調べてみた。そうしたら、産業医の責任逃れ構造に気が付いた。では、もしその言葉をうのみにして働き、私が再び体調を崩し増悪した場合、誰が責任をとるのだろうか。実際のところ、産業医は「助言をする立場」にすぎない。労務の判断は会社が下し、責任も会社が負う。つまり、産業医自身が直接責任を問われることはほとんどない。一方で、会社の側には医学的な知識がない。だから「お医者さんが言うなら」と受け入れざるを得ず、助言はそのまま現場に反映するだろう。そりゃそうだろう。結果として何か問題が起きれば、会社が労災として処理するしかなくなる。ではその後、会社が産業医に対して責任を追及するのかといえば、現実にはまずない。結局のところ、産業医は「助言はしたが、労務の最終決定は会社」という立場を守り抜くことができる。いいかい?つまり、どんな適当なことを言っても、産業医の意見は通る。責任を取らないで金をもらえる。かなり良い商売をしていると思わないかい?ここで一つ疑問が浮かぶ。産業医というのは、なるべく大丈夫そうな病人社員を、少しでも働かせる役割があるのか?建前としては、産業医の役割はあくまで「社員の健康を守ること」であり、法律上もその責任が明記されている。働かせるために存在しているわけではない。しかし、現実はどうか。会社にとっては「働けるなら働いてほしい」という本音がある。「働いていい」という産業医の一言が、会社の都合のいい免罪符になってしまう。また、堕落した産業医の評価を誰が行うのかは曖昧である。つまり、責任も評価も限定的なまま、「会社の番犬」として機能する構造が固定化されやすいのだ。本来であれば、社員の命や健康に関わる重大な場面では、助言に対しても一定の責任を持つ仕組みが必要ではないだろうか。少なくとも、「軽い一言」「適当な一言」が現場で重たい意味を持つことを、産業医自身がもっと自覚するべきだと思うし、産業医の質が落ちないような枠組みを作るべきだと思う。次、産業医と話す機会があれば(もう話したくないが)徹底的に戦う!誤解のないように言うが、私は「中途半端にしか働けないけど、給料ください」と言っているわけではない。拡張型心筋症の病状でできる範囲で働かせていただいているが、その働きぶりがダメというなら、いますぐクビにしてもらっても構わない。
私は数値がある程度改善している。「あなた、もう大丈夫でしょ」と思う人もいるかもしれない。そのため、この記事の受け止め方は人により違うと思う。昨日、会社の新米産業医面談で、一部の数値だけ聞いて「人並みに業務を増やして、残業も増やしましょう!」「障害者手帳持ってないし!」と乱暴に言われ、怒りと悔しさを感じた。同時に恐怖も感じた。若い産業医はよく日に焼け、仕事も「やり手」といった雰囲気。自分が医師であるということに自信に満ち溢れ、上昇志向を隠そうともしない。「医師のネットワークがあり、あらゆる専門医と1週間あれば連携できる!」と大きい声で豪語する(それ早いのか??)健常者と変わらない風貌、喋り方の私を見て「おお、元気そうじゃないか」といった感じでニヤニヤしながら、カルテをサッと見る。なんともいえない不快感、嫌な予感を感じた。循環器専門医ではない産業医は、心不全のリスクや日常生活への影響を理解できていないように見えた。会話中にでてきたWCD、ICD、CRTDといった用語にもピンときてない。こちらはすべての情報を提示していない。口頭でEF、BNP数値を伝えただけだ。良い数値だけを切り取って判断されたことに憤りを覚える。心不全は甘え、と言わんばかりの態度。いざというときは責任とるつもりなど一切ない。心不全は単純な病気ではない。一部の数値が改善しても、疲れやすさ、体力低下(運動負荷試験の結果の悪さ)、薬の副作用によるめまい・立ちくらみなど、日常や業務に影響する症状は残る。実際、体調を理由に家族との外出をあきらめることも多い。心不全起因で会社を休むこともたびたびある。私は進行性の拡張型心筋症という難病を抱えている。無理をすれば再び悪化するリスクがある。勤務上の配慮は甘えではなく、安全策であり、命を守るために欠かせないものだ。いま一部の数値が良いのは服薬、無理しない範囲での仕事などの賜物である。産業医は呆れた顔で言う。「他の社員でも、病気(たいした病気ではない)を理由に仕事を減らしてくれっていうのがいるんだよねー(笑)」おいおい、そんな奴と同列に語らないでくれ。病人が自己主張することを快く思わない人もいるだろう。しかし、もし無理を強いられ再び病状が悪化しても、誰も責任を取ってはくれない。その産業医も決して責任を負ってはくれないだろう。うちの残された家族の面倒をみてくれるわけでもない。産業医は「この面談は労災防止を目的に面談している」とかはちゃめちゃなこと言っている。労災を助長してるのではないか。正直言えば、労災申請してないが、私の心不全は仕事が原因とも考えている。このことはブログで書いたことは無いが、機会があったらいつか書こうと思う。
心不全に関するブログやSNS、掲示板を日々見ているが、いまだに心肺停止からの蘇生患者以外で「EF5%」レベルを聞いたことがない。医学的には「生きているのが不思議」とされる数値。その数字が、かつての私だった。「なぜここまで歩いてこれた?!」というレベルだった。今回はEF5%のエピソード初回入院 - 知らされなかった現実初めての入院先で、私は検査も治療も受けていた。しかし驚くことに、主治医からはEFの数字は一度も伝えられなかった。BNPも同じだ。毎日採血をされ、心エコーも撮られていたのに、私の耳には何の数値も届かなかった。肝心の心臓の状態はベールに包まれていた。真実を知ったのは転院先転院の際、前の病院からデータが引き継がれた。新しい主治医はカルテを見ながら、さらりと口にした。「あなた、EFは5%でしたよ」その一言で、世界が変わった。頭が真っ白になり、何をどう返せばよいかわからなかった。「5%」という数字が現実感を伴わず、ただ不気味に脳裏に焼き付いた。それでも働き続けていた思い返せば、EF一桁の時も私は会社に行っていた。電車に揺られ、会議に出席していた。会議で一時間しゃべったこともあった。さすがに息切れした。確かに、歩くと息苦しい。階段は地獄のよう。布団に入っても寝苦しい。それでも「体調が悪いな」程度にしか思っていなかった。まさか、その裏で心臓がほとんど機能していなかったとは。いま振り返れば、自分が倒れずにいたのは奇跡としか言いようがない。医師や産業医の反応後に、産業医や循環器専門医に「かつてEF5%でした」と話したときの反応は鮮烈だった。「えっ!? 5って言いましたか!?」「うそでしょ!? よく生きてましたね!」ある医師は思わず声を上げ前方へずっこけたある産業医は呆然と笑ってしまった。医師すら半ば信じられない数字だった。EF5%は心エコー技師の腕の問題や失敗では無い。その前後の検査でもEF8%をたたき出していた。ネット掲示板の反応心不全患者が集う掲示板にも、この体験を書き込んだら返ってきたのは、「嘘だ」「嘘つき野郎!」「嘘つき!」「そんな人間が生きているわけない」「You're kidding!(冗談だろ!)」「EF20でも死にそうなのに、5なんてありえない」「そんなのありえない、無視無視」だが、彼らが疑う気持ちも理解できた。自分でも信じられなかったのだから。EF20%台への回復それでも、EFが20台まで上がった。普通に考えれば「改善」と呼べるはずの変化だ。しかし、そのとき医師から告げられたのは、別の現実だった。「いずれにしても悪い状態です。このままでは補助人工心臓か、心臓移植を考えなければなりません」やっと20%台まで戻ったというのに、なお「人工心臓」「移植」という言葉が突き付けられる。「良くなったね」ではなく、「それでもまだ悪い」という断罪だった。どんなに努力してもゴールにたどり着けないマラソンを走らされている気分だった。医師の断定その後、さらに突きつけられた言葉がある。「あなたのEFは35以上にはならないでしょう」「EFが悪すぎて、そもそも人工心臓まで持ち堪えられない可能性がある」インフォームドコンセントの書類にも明記されていた。EF35以上、ましてや50を超えるなど、夢のまた夢だと思い込んでいた。絶望の果てに5%から20%、それでもまだ「人並みの心臓」とは程遠い。待っているのは人工心臓と移植の現実。35%が限界と断言され、私は心の底から絶望した。あのときの感覚を一言で表すなら、「あなたは既に死んでいる」と宣告されたような気分だった。2023年8月のことだった。
私の心不全(拡張型心筋症)の回復は、薬と生活習慣、そしてサプリメントの併用で支えられている。サプリメントを飲み始めたのは2025年2月から。履歴と比較すると、少なくともサプリメントは劇的回復には寄与していないし、今のところ効果を確認できない。今回は、私が毎日服用している薬とサプリメントを記録も兼ねて紹介。毎日服用1日1回、朝食後に服用• フォシーガ錠10mg:1錠→ SGLT2阻害薬。利尿作用や血糖管理の補助として心不全患者にも使用。• ビソプロロールフマル酸塩錠2.5mg:1錠→ β遮断薬。心拍数を安定させ、心臓への負担を軽減。• スピロノラクトン錠25mg:1錠→ カリウム保持性利尿薬。心不全での体液管理や予後改善に有効。• ロスバスタチン錠5mg:2錠→ コレステロールを下げ、血管を守る。• ダイアート錠30mg:1錠→ 利尿薬。むくみや体液バランスをコントロール。1日2回、朝・夕食後に服用• エンレスト錠100mg:2錠→ 心不全の標準薬。心臓の負担を減らし、心筋保護に貢献。• アミオダロン塩酸塩錠50mg:2錠→ 不整脈抑制。心臓リズムを安定させる。1日1回、夕食後に服用• ワーファリン錠(1mg 2錠+0.5mg 1錠)→ 抗凝固薬。血栓予防のために服用。毎日摂取しているサプリメント心臓の健康• ビタミンB群:エネルギー代謝を助け心筋を支える• ビタミンD:骨や心臓の健康維持に• L-カルニチン:心筋エネルギー代謝の補助• コエンザイムQ10:心筋のエネルギー効率をサポート• オメガ3脂肪酸:抗炎症作用、不整脈予防以下、心臓とは関係無し目の健康(網膜円孔、網膜変性症もち)• ルテイン:抗酸化作用で目の健康をサポート尿管結石予防• クエン酸:尿中の結石形成を抑える老化防止・栄養補給• 鉄・亜鉛:酸素運搬や代謝に必要。胆石予防• レシチン:脂質代謝や肝機能のサポート毎日摂取している飲食習慣• バナナ:カリウム・食物繊維が豊富。心臓や血圧の管理にプラス• カゴメトマトジュース:リコピンなど抗酸化成分で血管や心臓の健康をサポートあらためて書いてみると毎日多くのものを取り入れている。やれることは可能な限りやっていくしかない。薬とサプリを💊まとめて飲もうとしたら、多すぎて喉に詰まり苦しんだこともあった。まさに健康のためなら死んでもいい。
本日9月3日に心エコー検査を行なった。左室駆出率(EF)は🔥🔥🔥🔥🔥61.9%🔥であった。エコー画面を確認すると、通常推奨されるSimpson二平面法(Biplane)が表示されておらず、Bモード画像のみで駆出率が算出されていた。おかしいな両方表示されるはずなのに。『過去の検査資料を取り寄せて衝撃を受けたこと』事情があって、これまで口頭でしか聞いたことのなかった病院の検査結果を、初めて正式なプリントで取り寄せた。(過去の一部分)EF(駆出率)についても、病院では数値…ameblo.jp医師に尋ねたところ、「今は心臓は悪くないからそんなこと気にしなくてよい」と軽く流された。いやそこはこだわりなんだけど。うるせー患者だなと思われてるんだろうな。今回はEF70%を目指していたが、こればかりは念力であがるわけではないのでしょうがない。前回の検査から約一年たち、60以上を維持していたので良しとするしかない。以下に、これまでの検査結果の推移を時系列でまとめた表
心エコー検査を受けた瞬間、すでに数字は機械の中に出ている。EFという指標もその場で算出され、技師は目にしているはずだ。なのに、患者である私は知ることができない。結果を聞けるのは後日の診察になってからだ。法律的にもダメらしい。うまいこと覗けないか心エコー技師にカマをかけて質問してみようか心エコー技師に頼み込もうかもちろん医師の解釈や総合的な判断は大事だと思う。だが、数字は数字。解釈はあとで聞くとしても、値そのものだけでもすぐに教えてくれたらいいのに、といつも感じてしまう。生活を見直すきっかけにもなるし、良ければ安心できる。なぜ数日間も宙ぶらりんのままでいなければならないのだろう。検査を受ける側にとっては、ほんの数値一つが毎日の不安を左右する。結果を待つこの数日は、私にとって小さくはないジレンマになっている。
事情があって、これまで口頭でしか聞いたことのなかった病院の検査結果を、初めて正式なプリントで取り寄せた。(過去の一部分)EF(駆出率)についても、病院では数値を口頭で伝えられるだけで、紙の記録を見ることはなかった。ところが今回、資料を手にして初めて、自分の心臓の状態がどのように記録されていたのかを目の当たりにした。EFにはBiplane法とB-mode法の二種類の測定法があり、この病院では両方検査している。Biplane法は心臓の二つの断面(通常は4腔断面と2腔断面)から左室の容積を測定し、Simpson法(シンプソン法)でEFを算出する方法だ。Simpson法とは、左室の形状を細かくスライス状に分割して、各断面の面積から容積を計算する方法で、心臓の形が非対称でも正確なEFが出る。B-mode法は単一断面からの推定値で、簡便だが非対称な心臓形態では数値が低めに出ることがある。今回資料を見て初めて分かったことは、医師から伝えられるのは悪いほうの数値。つまり検査日によってBiplane法とB-mode法のどちらかの数値の悪いほうが伝えられていた。それはそれで患者が油断しないようにという意図があるのかもしれないが、、たとえば2024年3月6日に「EF 55%」と伝えられていたが(ややこしいが後に正しくは58%と言われた)、実際にはBiplane法(Simpson法)ではEF61.7%であった。58%はB-mode法と判明した。『【まさか】前回の心エコーEF数値が違っていた件【勘弁してくれ!】』本日は2か月に1回の通院日。3月6日以来だ。前回は、薬を一週間短い量に間違えられ、大変困ってしまった。(薬が足りなかったトラブルはこの病院で3回目だ)今日か…ameblo.jp重症患者だった自分にとっては50台と60台の差は大きい。正確に伝えてほしかった。ブログにアップしているEF履歴表も訂正する必要があるかもしれない。世界的な標準に従うなら、より正確と言われているBiplane法の値を一貫して患者に伝えるべきではないか、と感じた。また、退院直後に受けた心肺運動負荷試験の結果も、医師からは「よくなかったよ」の一言で終わってしまった。正常成人の値が20~30のところ、自分は11.4であった。今更ながらこんな悪かったのか、とショックを受けた。これもきちんと伝えてほしかったと思う。さらに、インフォームドコンセントの文面にも目を通した。入院時、心臓移植、人工心臓が必要になる可能性については確かに口頭で説明されていたが、文面には「重症患者なので、それまで持たずに死亡する可能性がある」と明確に書かれており、読むとなんとも言えない気持ちになった。しかし、言われていないことを「患者が了承した内容」として記録しておくのはいかがなものか。検査結果やリスク情報は、口頭の説明は適当なので文書として本人に残すべきだということを強く思った。改訂後
会社に出ていると、たまにこう聞かれる。「病気、もう治ったの?」心配してくれているのは分かっている。でも、どう答えたらいいか、毎回悩む。「難病なので心臓移植しか解決策はありません。生存率はガンより悪いんです」と正直に言えば、空気が重くなる。聞いた方も後悔することだろう。かといって、「まぁ、元気にやってます」とだけ言えば、本当に完治したと思われてしまう。そのうえ、見た目は普通だ。会話もできるし、書類仕事もできる。しかも昼には薬を飲まないから、他の人から見ると「薬も必要ないんだな」と映るかもしれない。でも実際は、拡張型心筋症という進行性の病気を抱えている。実際、繊維化の進行懸念がある。大学病院から町医者への転院はすすめられないし、薬が減ったこともない。朝と夜には何種類もの薬をきっちり飲んでいるし、塩分や水分も厳しく制限している。無理をすれば、体調はすぐに傾く。それでも、なるべく普通に見えるようにしている。仕事をして、笑って、生活している。でも本当は、元気そうに見えることが、時にやっかいな誤解を生む。「もう大丈夫そうだから、これもお願いできるよね?」そんなふうに、元気そう=何でもできると思われてしまうと、それも違うのではないかと。どう答えるのが正解なんだろう。深刻になりすぎてもいけないし、軽く流して過剰に期待されても困る。
先日、いつもの病院で、納得がいかない出来事があった。診察後、ある書類(たいした書類ではない)の申請の手続きが必要で、その場で記入用紙が渡された。内容はごく簡単で、住所、氏名、連絡先を記入し、署名も済ませる。ここまでは特に問題ない。ところが、最後になって職員の方が信じられないことを言った。「シャチハタでいいんですけど印鑑、お持ちですか?」いや、持っていない。通院で印鑑なんて普通は持ち歩かないし、必要なら事前に案内があるべきだろう。しかも、すでに署名は済ませている。社会人ならご存知だと思うが、その署名について少し触れておきたい。欧米では、サインこそが「これ以上ない」本人確認の手段だ。パスポート、契約書、クレジットカード、あらゆる公的文書が署名によって成立している。本人がその場で手を動かし、自分の名前を書くという行為には、強い証明力がある。にもかかわらず、日本では朱肉やゴム印の方が「確実」とされる空気がいまだ根強い。では、その「印鑑」にどれほどの意味があるのか。言ってしまえば、スーパーや文房具店で誰でも買えるようなシャチハタに、本当に本人確認の意味があるのだろうか?印鑑登録されていない以上、それは法的な「認印」にすぎないし、実際には誰でも真似できる。つまり、印鑑証明がなければ、たとえ実印であっても、その印影だけでは本人確認の決定打にはならないのが現実だ。「シャチハタがないから手続きできません」という対応に、どれほどの実効性があるのかと考えると、ますます違和感が強まる。「じゃあ、指でも切って血で押印しましょうか?」それは冗談だが、まるで江戸時代の血判状のように。現代では指紋による本人確認も法的に一定の効力を持つ。裁判でも証拠として認められることがある。そもそも本人がその場で署名し、本人確認済の書類と照らし合わせれば、それで十分なはずだ。それでも「シャチハタがないなら不可」と言われ、結局その日は手続きができず、家に帰って印鑑を押し、病院宛に郵送するように言われた。対応している人が病院の規程を作ってるわけじゃないだろうし、この人にこれ以上言ってもしょうがない。わざわざ病院に足を運び、その場で署名までしても、印鑑がないから無効。そしてその印鑑は、誰でも買える既製品。この「形式を守るための形式」のために、患者は余計な手間と時間を取られる。こうした「当たり前」の裏に潜む非効率と無意味なルールを、そろそろ見直してもいい頃ではないだろうか。