「ソロモンの偽証」
この作品は宮部みゆきの新しい代表作になる事は間違いない。
宮部みゆきの書く作品はほとんど読んでいる私だが、その中で一番躊躇するジャンルがミステリーだ。
彼女の書くミステリーが面白くないからではない。
逆に、「火車」は平成に入ってから書かれた日本の推理小説の中で一番すばらしい作品である。
ミステリーを躊躇させたのは「模倣犯」である。この、全く救いのなかった作品は私にある種のトラウマを生じさせた。読んでいるときは夢中になったが、あまりの後味の悪さに、二度と手に取りたくない、と思ったのだ。
多分、作者自身もこの作品にはトラウマを持ったのではないか。そうでなくてはずいぶんたってから主人公が昇華される「楽園」は書かない。「楽園」によって長年の嫌な気持ちから解放はされたが、また同じ気持ちになるのでは、と「ソロモンの偽証」は読めなかったのだ。
今回、意を決して読んだのは、私の勤務している学校の図書館に文庫本が入ったから。実は、図書館担当の先生は私とは別の意味でこの作品を図書館に入れたくなかったという事であった。その理由は、学校が舞台となっており、学校批判も書かれている作品だから。
その理由はおかしい、とあえて私がリクエストし、入れてもらった手前、読まないわけにはいかない、という事で意を決して読んだ「ソロモンの偽証」
ところが、第1巻を読み進むうち、ページをめくる手が止まらなくなってしまった。結局一日平均2冊読了するペースで読み進めていってしまった。
とある中学校で終業式の日、2年生の男子生徒が校舎の屋上から飛び降りて死亡しているのが見つかる。状況的に自殺とされた。この中学校で一番の問題児である不良3人とトラブルがあった翌日から不登校だったことから、いじめ等も考えられたが、そのまま自殺という事で時が過ぎようとしていた。
その状況が一変したのは彼は不良グループたちに屋上から突き落とされたという手紙をあるきっかけからマスコミが入手、それをもとにした番組を放送した事から始まる。
風評から様々に言われるようになる学校。その学校は何とかして穏便に納めたいという気持ちが裏目に出て収拾がつかなくなってしまう。
真実を知りたい、男子生徒と同級生だった一人の少女がその不良グループたちの罪を問う裁判を始めるため、仲間を集っていく。
同級生たちの中には様々な思い、葛藤が見られたが、賛同した同級生たちと陪審員制度の裁判を始める事になる。
最初は弁護士としてグループの無罪に尽力を尽くす予定だった少女は様々な理由から罪を糺す検事に。弁護士役は自殺した少年と塾が一緒だった他校の少年が買って出た。
かくして「学校内裁判」という伝説が始まる・・・。
以上が文庫本第3巻までの(事件に直接関わる部分だけの)あらすじである。このほかにも様々な人間模様が繰り広げられ、壮大な物語になっていく。
この作品の時間はわずか半年。裁判を決めてからは夏休みのほんのわずかな時間。その中で登場人物たちはみな、悩み、苦しみ、もがき、成長していく。
この作品は自殺、いじめ、マスコミ、等の社会問題を含んだ社会派推理として始まる。
少年少女たちの聞き込みや推理といった本格派を経由して法廷ミステリーになる。
法廷ミステリーとしても秀逸だと思う。高木彬光「破戒裁判」大岡昇平「事件」と比べても遜色がない。
学校を舞台とした青春ミステリーとしてもヤングアダルト向けの凡百の青春ミステリーとはタイプが違う。
そもそも、この作品は推理小説(私は広い意味でミステリーという言葉を使っている)というカテゴリーに入るものなのか。
この作品は中心となる中学生たちはもちろん、最後に私たち大人は負けました、と言わしめた大人たちにとっても(解説に、一人一人仲間を募っていくところが七人の侍に似ている、と書いてあったが、私には志村喬が最後に言った台詞を彷彿とさせるこの台詞の方が七人の侍に似ていると思う)自身が成長していくビルディングロマンではないか。
この作品に関しては感想第2弾を書くかもしれないが、とにかく読んで欲しい
こんな気持ちになった作品である。