あっという間に、1歳5ヶ月
成長は、早いものです😁
あんなに、やんちゃで色々な物をガジガジしてたのに、今は、だいぶ落ち着いて、あまり、やらなくなりました☺

実家で静養している私。

少し体調が良くなった頃、メイが吐いたと連絡が💦

いつも、私がやっていたフロントラインを家族がやってくれたのですが、少し舐めてしまった様で😰

次の日、大量に吐いた様です。

それで、私のいる実家に連れてくることに。

妹がすぐに対処してくれたので、一安心☺


メイのために、ゲージを買ってくれました。
次の日には、こんな元気に😁
良かった。
私が救急車で運ばれ、危ないと言われた日、意識が遠のく中、ひいおばあちゃん(30年前亡くなっています)が現れました。
なんだか、微笑んでいる様な。
その後の記憶は、あまりないのですが。
同じ頃、妹の所に、祖父(27年前亡くなっています)とひいおばあちゃんが現れた様です。
妹は、思ったそうです。
これで、姉(私)は、三途の川を渡らないと。
この二人が助けてくれると。
不思議な出来事ですが、私は、祖父と曽祖母が守ってくれたのだと思いました。
まだ、来ては、行けないと。
元気になったら、お墓まいりに行きたいと思います。
コロナで入院し、お医者さんや看護師さん達、家族や親戚、友達などに支えられ、私の命が助かった事に感謝の日々です。
退院の時には、感謝の手紙を渡して来ました。
本当に良くしていただいたので。
看護師さん達やお医者さんに、感謝の気持ちを伝えたかったからです。
私が危なかった時は、家族皆涙涙でずっと私が助かる様に願ってくれた様です。
そんな願いや私の生きたい気持ちが重なり命が助かったと思っています。
色々な偶然が重なって。
今迄、自分がこんなに皆に思われているなんて、思ってもいませんでした。
自分に価値があるなんて思ってもいなかったからです。
これからは、来年の副腎の手術に向けて、後遺症を克服して体力をつけるのが、まず目標です。
退院してから、体調がいい日や悪い日が。
すぐ息切れする。
疲労感。
脱毛(髪の毛が大量に抜けます。そのため、長かった髪を妹に短く切ってもらいまいた)
血圧(突然、高くなったり低くなったり)
視力低下(新しく少し前に作った眼鏡でもぼやけて上手く見えない)
胃と心臓をグイグイ揉まれている様な変な違和感。
不眠。
が出ています。
日に日に良くなると願い実家で静養しています。
ステロイドなどを10月6日まで飲みます。
傷が治りにくいと言う事で、来月の副腎の手術は、来年に延期になりました。
とにかく、少しずつでも体調が良くなると信じて、元気になっていきたいと思います。
コロナ、お医者さんに重症と言われた私。
でも、治療が人工呼吸器まで行かなかったので、最終的に中等症の用紙をもらいました。
お医者さんや看護師さん達や家族の励ましのラインのお陰で私は、日に日に良くなり、19日に退院となりました。
お医者さんは、その次の週の退院をおっしゃったのですが、家の事もそのままに入院した私。なんとか、早く退院させていただきました。
しかし、元気になったと思った私。
母と妹に迎えに来てもらい
片道車で50分の帰り道、既に体調が悪く。
家に寄ったのですが、ハアハア息を切らし、動けず荷物を持って結局、しばらく実家にお世話になる事に。
病院では、元気になったと思った私。
その後、後遺症があるとは・・・
高酸素濃度の高流量酸素療法と点滴が始まった。
とにかく、その後の記憶があまりなくて。
何度か、人工呼吸器にするかどうかの話しが聞こえてきたり。
でも、何度か持ちこたえ、高流量酸素療法で数日過ごしました。
呼吸が辛く何度か涙が。
トイレも看護師さんが横に持って来てくれて抱えてくれて、やっと出来る様になりました。
トイレをするだけでも、ハアハア言う状態で。
こんな感じで数日治療を受け、お医者さんや優しい看護師さんたちに励まされながら、少しずつ元気になって行きました。
4日の夜、救急車で運ばれ濃厚接触者の家族は、家で待機。
濃厚接触者でない、母と妹が病院にやってきた。
どうも私は、その日、助かるかわからないと言われた様です。
死を覚悟して下さいと。
酸素濃度74%の私は、意識朦朧の中、タブレット越しに泣きながら、頑張ってと言う母と妹の姿を目にした。
母は、お医者さんと看護師さんたちに言ったそうです。
「あの子は、今迄病気を抱えているので、本当にコロナに気をつけて生活してきたんです。何も悪い事は、していません。家族にうつさないように一人部屋にこもりずっと耐えてきたんです。保健所ってなんなんでしょうね。何度も助けて下さいと娘が言っても皆同じ様に耐えているんですからって言われてあの子は、こうなるまで耐えていたんです。お願いします。助けて下さい。」
コロナ発症から11日目の夜。
私は、トイレも自分で行けない状態に。
酸素も80パーセント代。
段々と眠く。
食事ももう何日もおかゆ一口しか食べれない。
そんな日が続いていました。
保健所に言っても受診は出来るが、皆同じ様に家で待機しているんですと言われ、入院を諦めて一人家族にうつさぬよう必死で部屋で耐えてきました。
でも、夜ライン電話に応答が途中からない私に気付いて家族が救急車を呼んでくれました。
そのお陰で助かったのです。
酸素濃度、74%でした。
意識が少しあるのが、キセキだったようです。
 お久しぶりです。
 9月4日から娘の職場からもらったコロナで私、重症化して救急車で運ばれて、入院していました。
 発症から11日目まさかの展開でした。
 PCRをして下さった先生がもう肺炎になったりしないでしょうと言われていたので。
 また、少しずつブログ書いて行きますね。
 沢山の事があったので。
 今は、後遺症に苦しんでいます。