かなり前の記事にも似た様な事を記述した気はしますが、今回は世に溢れる「非難」と「称賛」、「否定」と「肯定」について、筆者が思った事を書いていきます。

 はじめに言葉の定義・意味を見ていきます。

・「非難」とは
  人の欠点や過失などを取り上げて責めること。
[weblio辞書-デジタル大辞泉]より
・「称賛」とは
  褒めたたえること。
[weblio辞書-デジタル大辞泉]より
・「否定」とは
  そうではないと打ち消すこと。
[weblio辞書-デジタル大辞泉]より
・「肯定」とは
  そのとおりであると認めること。
[weblio辞書-デジタル大辞泉]より

まあ、ここで書かれずとも理解してらっしゃる方々の方が大半でしょう。
しかし、「非難」と「否定」、「称賛」と「肯定」の様に類義語でまとめると、「どういった違いがあるのか」を意識している方は少ないのではないでしょうか?

あくまで個人的な解釈でしかないのですが、筆者はこう考えています。

「非難」は
 先入観や好き嫌いの感情で対象や事象を責めること。
 また、明確な理由なく対象や事象を責めること。
「否定」は
 感情や先入観に左右されず、明確な理由があって対象や事象に意見すること。
「称賛」は
 先入観や好き嫌いの感情で対象や事象を褒めたたえること。
 また、明確な理由なく対象や事象を褒めたたえること。
「肯定」は
 感情や先入観に左右されず、明確な理由があって対象や事象を認めること。

あくまで個人的な解釈ですので、この記事ではそういうものと捉えていただければ幸いです。

 前置きが長くなってしまって申し訳ないのですが、実は言葉の定義を説明したのには訳がありまして…
それは
『世の中気にする必要のない「非難」と「称賛」が溢れていて、本当に気にすべき「否定」と「肯定」が少なく、混同されてしまいがちだ!』
というものです。

それの何が問題なのか説明していきます。
SNSやネット上、会話でもそうですが、皆さんもよく見聞きする「〜はダメ」「〜は良くない」「〜は良い」などの言葉、基本的に「気にする必要ないよ」「鵜呑みにしない方がいいよ」と言われたり、ご自身でそう思っている方が多いと思います。
それはなぜなのか…
おそらく「非難」と「称賛」が大半だからです。
何の理由もなく、または個人的な感情に由来した理由で、誰かや何かの良し悪しを言う人が多いからです。
そして、個人的な感情は置いておいて、純粋に誰かや何かの良し悪しを言う人、すなわち「否定」と「肯定」が少ないからでもあります。

本来なら周りの意見を取り入れていくべきなのですが、しっかりとした根拠もない、先入観や個人的な好き嫌いで物を言われても、次に繋げようもないですし、どこをどう改善したり強調すれば良いのか分かりません。
もっと言うと、例え本当に改善されていたとしても認めてもらえず、罵詈雑言を浴びせられたり、良さをより強調できた、良さが発揮されたと思っていたらそれが実は多くの人の迷惑になっていたり…
これを見ている方もその様な経験があるのではないでしょうか?
この様に「非難」と「称賛」が溢れていると、最終的には他者の意見を「気にすべきではない」という認識になってしまいます。
それだと成長・発展する事なくただただ衰退していきます。

好みで理由なく「非難」を浴びせられた人達は傷つき
好みで理由なく「称賛」された人は調子に乗り、良くない事を仕出かしたり、改善する事なく迷惑をかけ続ける
でもなぜそんなふうになってしまうのかというと、おそらく「楽だから」「めんどうだから」です。
誰かのためを思って「否定」や「肯定」をするのは疲れますからね…
「非難」や「称賛」はただ「悪口を言う」か「褒め言葉を言う」だけで成立しますから。
逆に「否定」や「肯定」は
「◯◯(要因)」が「〜〜(理由)」で「××(結果)」だから「良いね・良くない」
というふうに相手や周りに理解・納得できる文章を作らなければなりませんからね。
そして親切な方や丁寧な方、頭の良い方だと
「◯◯(要因)」が「〜〜(理由)」で「××(結果)」だから「良いね・良くない」から「⬜︎⬜︎(解決案・提案・推奨)」
という様に、相手や周りにとって(例えお節介であっても)益となる情報を書き記してくれます。
例え疲れるとしても、誰かの為に行動していければ素敵だな〜と思います。

ここまで色々書いてきましたが、それで世間が変わるわけもなく、世には「非難」と「称賛」に溢れたままでしょう。
ただ、この投稿を読んだ方に覚えていてほしいのが

何かや誰かの良し悪しを判断したい時、見極めたい時
自身の行動・思考の改善や今後に活かしたい時に
「非難」や「称賛」を参考にしたり、その声を気にしたり、鵜呑みにしてしまわずに
しっかりと「否定」や「肯定」をしている人
もっと言えば、それに加えて「解決案」や「提案」、「推奨」まで言ってくれてる人の言葉を
参考にしたり、その紡がれた言葉を気にかけたり、受け止める
それを頭に入れた状態であれば、無責任な言葉や罵詈雑言に傷つく事なく、偏った思想に染まらず、より正しき道を進んで行ける
と、そう思います。
SNSやブログでも構いません
信用出来る人ほどしっかりとした「否定」や「肯定」をしていますから。

あと、仲間内で「好き」「嫌い」を話す分には全然問題ないです。
ただしそれを
あくまで「個人的な好み」であって、
「良し」「悪し」とは違う
という事を念頭においておくか、前置きをしていればの話ですが。