9月18日(日)
帰省して2日目
バンビはYくんと一緒に仲良く遊ぶ
だいぶ慣れてきた様子だったので
バンビ父と他のみんなに預けて
バンビ母は高校時代の友人に会いに出かけてきました
もともと今回はこれまでほとんど帰省しても会うことのなかった友達にも
会いたいという思いがあって気仙沼に来ました
被災して自宅とは別のところにアパートを借りてすんでいる友人や
被災した直後から今になってもボランティアをする側で多くの人の
お世話に追われている友人、何とか津波から逃げ切った友人などがいます
ボランティアに追われているのはお寺にお嫁に行ったYさん
海の近くにお寺があるのですが、高いところにあったため
幸い大きな被害を受けずにすみました
ただ、お寺ということもあってたくさんの人の避難所となって
一人で全員のご飯を作ったりお世話をしたりと本当に頑張っていました
今ではお寺に避難の為に滞在している人はいませんが、今度はボランティアに来る大学生の
お世話などに追われる毎日
必ず誰かのお世話をしてるようです
もちろん葬儀もたくさんあっていつものお仕事とは言え、
たくさんの悲しいお話を聞くそうです
バンビ一家がまだ名古屋にいるときですが
Yさんのお寺がテレビや新聞で報道されていました
結婚式の時につかったキャンドルを出して
停電時にお寺の避難所のみんなでの明かりに使ったという内容だったのですが
この放送を見た名古屋のお寺の方々から
ろうそくを送ってもらったり、励ましの電話をもらったりしたそうです
この時期は被災した方々はとにかく生きていくこと、生活していかなきゃということに必死で
電話で涙を流しながら励ましの言葉をもらっても、そんなに泣かれても、と
本人はぽかーんという感じだったと言ってました
私も私の友達も悲惨な光景や辛い境遇にいる人をテレビで見ているだけで
悲しくて涙が出てきましたが、当事者達からすると
泣いている暇もなかったんだなあと・・・
今の状況はまだまだ瓦礫の山、海の近くは冠水していて
カツオ漁船が気仙沼に下ろせるようになったと言っても
まだまだ復興というのは徐々にとなりそうです
でも、今回会った、お寺のYさん、同じ高校時代の友人のHは
とっても元気で頑張っていて本当に会えて嬉しかったです
Hは2人の女の子がいるのですが二番目のHちゃんが
とってもママっ子で全く離れない!
その姿は以前のバンビのようでしたが、
人のことだとそれもホントにかわいいーくみえました
それと、この地域に住む子供たち
辛い体験をしたけれども、必ず立派な大人になるなあと
確信しています
都会ほどではないけれど以前は近所の人たちとの関係が
あまり深くなく名字しか知らないご近所さんが多かったそうですが
この震災で下の名前で呼ぶようになり心から心配したり助け合ったりと
密接になったそうです
そういう体験を含めてYさんの長男が
“お母さん、こんなに大変なめにあったけど、
いいこともあったね”
と言ったそうです
涙がでませんか?
他にもこの震災で亡くなった高校時代の友達のこと、
友達のご主人が亡くなって、辛くても子供の前では泣けないから
一緒に泣いてくれと言われたという話を聞きました
本当に辛かったけど、たくさんの話を聞く機会となって
本当に貴重な帰省となりました
ありがとう、Yさん、H美
そしてこの日の夜はバーベキュー
いつもの気仙沼ホルモンだけでなくビーフやトマトなどもありました
バンビ家はあまりアウトドアは得意ではないので
こうやってセットしてもらってみんなでやるバーベキューは
とても新鮮です
こうして庭にテントを広げて食べる&遊ぶスペースを作るのも
バンビ母が小さい頃にやったなあという思い出のひとつです
9月だったので日が落ちるのが早く、暗い中でじゅうじゅうたくさん食べました












