その日の夜。ドラマの撮影を終えた俺は、事務所社長の命令で深夜近くに事務所に顔を出した。

「お疲れのところ悪かったな。」

「……………いえ………なんでしょうか?」

「はあ〰。まあ、察しているんだろう?……………俺も正直言いにくいが、後回しにできるような話でもない。また明日も仕事だしな。吉野と架純のことだ。」

きた、と思った。

「吉野から聞いた。……………架純は綺麗になったからなあ。お前たち二人が惚れてもおかしくはないわな。」

社長は、社員である吉野マネージャーからことの次第の報告を受け、すぐに会議を開いたらしい。

結果として。吉野マネージャーは、俺と架純ちゃんの担当から外す。お付き合い云々に関しては、プライベートなことではあるが、架純ちゃんが未成年であるうちはスキャンダル防止のために自粛するように忠告したと。俺と架純ちゃんは付き合っていたわけではない。俺の一方的な片想いで。だから、横恋慕でもなんでもないので、これで丸くおさめてほしいとのことだった。

まだ頭の中が混乱していた俺は、社長の話にただ頷くだけで何も言えなかった。







数日後、テレビ局の自販機で缶コーヒーを買っていると、敦賀蓮と京子がやってきた。

心の傷が全く癒えないどころか、時間が経ってより傷が深くなってきている俺は、同じ境遇に違いないとあの吉野マネージャーが言っていた二人の登場に、心が過敏に反応してしまった。

缶コーヒーを手にして、二人に購入のための場所を譲りながら、こっそりと様子をうかがう。少し離れたソファに座り、スマホを手にして画面を見る仕草をした。



「……………え、そのバラエティ番組の収録、海外なの?」

「はい。私も、自分のお仕事で海外に行けることになりました。」

飲み物を購入しながら穏やかに話をしている二人はしかし、少しだけきごちない雰囲気だ。特に京子の方が緊張しているように見える。

敦賀蓮の目は京子を優しく見つめてはいるが、これまた不自然な壁を感じた。どことなく覇気もない。それにしても……………と、謎が一つ浮かぶ。最上さん………ってなんだろう?本名かなんかか………?


「しかも3泊5日も。色々回れるらしくて、今から楽しみです。」

「へーそれはよかったね。仕事とはいえ、真剣に楽しんだ方が視聴者にも伝わるだろうし。」

「はい、本気で楽しもうと思います。………でも、ごめんなさい。その間社さんを独り占めすることになってしまって…………。」

「え?なんで、いいじゃない。海外だよ………危ないじゃないか。それにさっき、男性の芸人さんとタレントさんが共演者だって言ってたよね?だから、俺はむしろ社さんがついていってくれないと心配なんだけど。」

「………あ〰そうですよね、私みたいなぺーペー。社さんがいないと、要求の高い共演者さんやスタッフさんにダメ出しされて迷惑千万ですよね………。」

……………え?切返し、ソレ??今の敦賀蓮の言い回しだと、男の共演者達が何かしてくるかもしれないから、社マネージャーに守ってもらえって捉えるところだと思うんだけど。実は俺としては、あの敦賀蓮が京子を落としてないっていうのが不思議だった。………そうか、もしかすると、この人達も俺達みたいに恋愛に積極的になれない理由を抱えているのかな。だから敦賀蓮も、決定的な言葉は言わずに想いは隠して、ただの先輩として京子に接しているのかも……………と俺が思ったところで、敦賀蓮は言った。

「ううん、違うよ。そうでなくて。俺の気持ち………知ってるんだから、わかるでしょう?俺は、共演者の男達が君をデートに誘ったり、ホテルの部屋で何かあったりしたらって心配でたまらないから、社さんに守ってもらおうって話だよ。」

「……………っ!」

「本当は大切な君のこと、俺が守りたい。でも、それは不可能だから社さんに君を託してるんだ。だから、海外ロケでは特に、社さんから離れないで。ずっとそばにいて。…………ね?」

「は、はぃ……………」

「よし、約束ね。」
敦賀蓮は京子の頭を一撫でしたが、京子はビクッ!と体を揺らして困り顔だ。それを見た敦賀蓮は、寂しそうな笑顔を見せた。小さい声で「ごめん、また困らせた。…………守るとか………俺には言う権利が無いのに……………。」と言う声には力が無い。そして、時計を確認した敦賀蓮は京子を連れ立って去っていった。





……………二人はいったいどんな関係なんだ?今のやり取りから俺が察するに…………察するに、だぞ?………………敦賀蓮が京子に告白してはいるが、京子がその返事を保留にしている……………なんて結論になってしまったんだが……………。

それにしても、敦賀蓮は社マネージャーを全面的に信用している感じだな。3泊5日の海外ロケか……………。共演者の男どもは、まあ「仕事中なので」とサクッと断ることはできても、マネージャーならどうだ?ホテルの部屋にだって入れるだろう。そうでなくても、慣れない海外での仕事。京子は間違いなく、9歳も歳上の社マネージャーを頼る。それに、日常から切り離された空間に、海外の夜景や文化財に遺跡………。気分を高揚させる要素は多々ある。……………そんなところで『吉野マネージャーと架純ちゃんを二人で』なんて、俺なら不安で仕方ない…………………………ってことはないか。いや、なかった。ちょっと前の俺なら、今の敦賀蓮と同じことを思った。きっと架純ちゃんに言ったはずだ。「吉野マネージャーのそばを離れないで。彼に守られていて。彼なら信用できるから。」と。

ああ、考えれば考える程腹が立ってくる。一番の馬の骨はあの男だったのに。なのに俺はあの男の「今日は撮影が延びて」とか「プロデューサーに食事に誘われて」とかの嘘を疑いもなく信じた。架純ちゃんを一途に想っている俺の気持ちを知っているくせに、あの男は架純ちゃんと俺との時間を潰した。あいつは、「俺が架純ちゃんのそばにいるから大丈夫。お前は安心して仕事に集中しろ。夜もちゃんと家まで送り届けるから、架純ちゃんに確認メールするまで起きてようとしてないで早く寝ろよ。明日は朝が早いんだからな。」そう言って、俺と架純ちゃんをどんどん引き離して…………………………!!


ああっ!!あれもこれも全部嘘嘘嘘!!!あんな親身な顔をしておきながら、俺のことを散々騙しやがって……………!!



クソッ!くそーーーっっっ!!!









そんなもやもやが晴れないまま、数日が経って。

帰宅しようとしたところ、またもやテレビ局で、今度は敦賀蓮と社マネージャーのセットに遭遇した。というか、一方的に見かけた。

俺はその二人がどうしても気になってしまって、こっそりと近づいた。



駐車場で立ち止まっている二人。


「明後日から、海外ロケですね。……………男性の共演者が多いんですよね?」

「ああ、まあそこは俺に任せておけよ。安心して待っててくれよな。」

「はい、社さん。どうか最上さんをよろしくお願いします。」

敦賀蓮は相変わらず浮かない表情だ。

「おう、じゃあ俺は事務所に寄るから。」

「はい、お疲れ様でした。」

敦賀蓮はその場を去り、社マネージャーはその背中を見送っていた。


そんな二人を見ていたら、ふと、思った。こんなところでこっそりと立ち聞きしたりして、心の中でだけだけれど、勝手に社マネージャーにあらぬ疑いをかけて。…………なんだか俺、すごく悪い人間みたいじゃないか…………?信頼していた人間に裏切られて同時に失恋したからって、疑心暗鬼にとらわれるなんて、そんなのはだめだよな……………。はあ。社マネージャーのことは考えないようにしよう。さて、俺も明日も早いことだし……………行くか。

そう頭の中を切り換えてきびすを返した。だが、社マネージャーの口から、ため息と共に吐き出された声に俺は凍りついた。


「ごめん、蓮、ごめんな………。お前の気持ちを知りながら…俺が………俺がキョーコちゃんのことを…………………………」