「学習能力VS狩猟本能」のキョーコちゃんver.です。
このお話も、1分くらいで一気に読んでいただけると幸いです
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ちゅ。
ちゅっ。
ちゅぅ。
そんな軽い音と共に、私の髪に触れていく感触。
なせ…………なせ…………。
なそ…………なそ…………。
そんな形容がピッタリな、私の背中や腰への、トレーナー越しのソフトタッチな接触。
その軽い音は、敦賀さんがキスを繰り返しているリップ音で、そのソフトタッチな感触は、敦賀さんの右手が触れているものだということは、頭では理解している。
でも、それだけ。ただ、知っているというだけ。それ以上は、もう、私の心の理解が及ばない領域だ。
耳の奥では、パンッパンッパンッパンッ!と破裂音のような心音が響き渡って、私の思考が繋がるのを遮っていた。
「……………………ね、最上さん。そんなおとなしくしていていいの?ほら、叫ぶなり、暴れるなり、逃げるなりしないと。」
敦賀さんは誂(からか)うように笑いながら、でもとても優しい声で言う。
そして、私の太腿に置いた掌の位置はそのままに、指先だけをスルスルと動かした。
「…………俺は男だよ……そして、君は女だ………。今から何が始まるのか、わかっているんでしょ?…………続けて………いいの?」
耳の中に、直接小さい音を吹き込まれる。
息苦しくてたまらない。短く浅い呼吸しかできなくて、それが苦しいのに、なんとか普通に息を吸って吐きたいだけなのに、呼吸はさらに浅くなってしまう。
動か、ない、と。
しゃべら、ない、と。
このままじゃ、わたし、わたし、
「それが嫌なら………早く逃げないと……俺がしたいこと…………全部しちゃうよ…………?」
そんなことを言いながら、私を強く抱き締める敦賀さん。
私の全身に押し付けられたもの。ひどく熱く、少しだけ湿った、敦賀さんの生肌。お風呂上がりのソープの香り。
「はあ…………。君は………なんて……柔らかくて……暖かいんだ…………。」
敦賀さんの声が、とてつもない甘さと切なさを帯びる。
「君を抱き締めているだけで、こんなに幸せになれる…………。心が、あたたかくなるんだ………。」
夢心地のようなふわふわとした敦賀さんの声が、直接体に伝わってくる。
「君も…………同じように感じてくれてる……?………最上さん、…………最上さんは……、俺にこうして抱き締められるのは…………」
ダメ、ダメ。
聞いちゃ、ダメ。
この先は、聞いちゃ、ダメ。
ねえ、私、ねえ、耳を塞いで!
……腕、腕が動かない!抱き締められているから、腕が…………!
でも、それでも、聞いちゃダメ。その先の言葉は聞いちゃダメ、ねえ、私、聞かないで!聞か「好き、なんだろう?」
「……………………ひぅ…………っ!」
私の渇ききった喉から、小さな悲鳴が漏れる。
「…………いや、抱き締められるのが好き、だけなんじゃなくて…………最上さん、俺のこと……、男として…………好き……だよね?」
「……………………へ、ひ、ふっ。」
く……苦し…………っ。息、できな…………っ。
「ありがとう……。まさか最上さんが、俺のこと、好きになってくれていたなんて…………。俺、嬉しすぎて…………今、暴走中なんだ。…………だって、」
やだ!
やだ、やだ、やだ!
聞きたくないっ!
聞いちゃダメ!
全部ダメになる!
全部壊れ「俺、最上さんのことが、」
ダメ!ダメ!ダ「好きなんだ。…………愛してる。愛してるんだよ…………。」
バン…………ッッ!!!!!
その時、一層激しい破裂音が私の体の全部に轟いて、私の意識は真っ暗闇に落ちた。
『ふ…………っ、ちゅ。』
ぅ…………ん?
『ち、ちゅっちゅっちゅっ。ちゅ…………ぅ。』
な、んの音……………………?
『くちゅり。ちゅ……ぅ。』
くすぐ…………ったぁい。
『…………ふ…。あま…………ぃ、』
ん、あ、……………………え?
「ちゅっ。キョーコちゃん、柔らかくて甘くて、ちゅっ。好き…………。」
首筋から聞こえてくる甘いテノール。それと同時に、肌に押し付けられるザラリと湿ったものや、温かく柔らかいもの。
働かない頭のまま、目を何度か瞬く。私の視界には、天井と…………時々、漆黒の柔らかい髪の毛が入ってくる。髪の毛?…………そういえば、体が…………重…………………………………………
「いい匂いは………キョーコちゃんの方だ…………」
………………………………は…ぅ………?
…………あ…………あ……あ!!!
「ぐ、ぐばはっ!!!」
「……………………『ぐばはっ!』って……!……ぷくくッ。何それ、おもしろいね…………。」
至近距離に超絶美男子、それが超絶神々スマイルを放っているものだから、その衝撃は凄まじい。
「ギャワッ!!ぎやぅぅっ!!!」
またもや爆発した心臓と、全身の毛穴から吹き出す熱と汗を自覚する。
「その慌てぶり。ふふっ、まるで機械仕掛けのおもちゃみたいだね……。完全に目が覚めたのかな。寝てるキョーコちゃんも可愛いかったけど、そろそろ反応のあるキョーコちゃんにも触りたいなあって思ってた頃合いだったんだ。ちょうどよかったよ。」
そう言って、さわさわと私の太腿をまさぐる敦賀さん。
…………グゥハッ!!そ、そういえばっ、わ、私っノーブラ&ノーPANだった!!ま、まさか敦賀さん敦賀さん…………っっ、み、見みみみてっ
「見てないよ。」
「……………ふぇ?」
「見てない。服の中は見てないよ。」
「……………………。」
「そんな疑わしげな目で見なくても。」
「う、疑がってなんてなく…………で、でもっ、そ、そのっ」
「そりゃあ疑うのは最もだけど、さすがに見れないよ。なぜなら、見たら最後。間違いなく、俺は君を最後まで離せない。と、いうわけで無理矢理でも君を抱かずに我慢できる自信が無いから、断腸の思いで耐えました。」
「……………………。」
「…………キョーコちゃん、顔、すごいよ。目も鼻も口も全開大だよ…………俺、そんな変なことは言ってないつもりなんだけど…………。」
「………ひ、いえっ、へ、変ですっ!し、失礼ながら申し上げますっ!!つ、敦賀さんっ……あ、頭がおかしくなったかもってぐらい変ですっ異常ですっ!!」
「『異常』?……ん〰でもさ、好きな子を抱きたいっていうのの、どこが変なの?」
「ご、ゴフッッ!」
「うん、よしよし。ムセちゃうキョーコちゃんの気持ちもわかるよ?でも大丈夫。いきなりあれもこれもはしないから。落ち着いていいよ?」
そう言いながら、覆い被さっていた自身の体をどけて、私の体も横向きに反転してくださる。背後に回って、優しく背中をさすってくださる敦賀さん。
で、でもでもですね、ラグの上に、お互いこんな格好で転がっているシチュエーションで、落ち着けって方が無理なのでは…………。
「時間はたくさんあるからね、焦らなくていいから。」
た、たくさんっ?って、もう23時を回っているのですがっ!!
「…………あ、そういえば。気になるだろうから言っておくけど、まだ、口にはしてないからね、キス。」
「…………へ。」
「逆に言うと、服から出てる、口意外の所にはほとんどキスしたし…………舐めちゃったりもしたんだけど…………。」
「なめっ!?」
カバっと起き上がって、敦賀さんに向かい合い、少しだけ距離を取る。再びトレーナーの襟ぐりと裾をぎゅうと握りこむ。
「うん、ごめんね…………。勝手に…………。あ、でもさ、考えてもみて?俺、健康な成人男性だよ?好きな子が、ほぼ裸で気絶したのに、これだけで済ませたんだから、むしろお礼を言われてもいいんじゃないかって思うんだけど…………。」
敦賀さんは、こてん、と首をかしげて、ほにゃほにゃと笑っている。
だ!だだだ、誰、誰、この人!?つ、るがさんにそっくりだけど、まさか別人なの!?…………いつ?いつ入れ替わったの!?ええと……………………敦賀さんがおかしくなったのは……………………そうか!私がお風呂に入ってから、あれからおかしい敦賀さんになってるんだ!!そうだ!
「おかしいって…………」
「みょっ!?」
「全部口に出てるよ。」
「び!」
焦って掌で口を覆う。
「…………そうか、わからないよね、なんで俺がこんなに本能と本音が剥き出しになっちゃってるのか。それに、フェアじゃないよね。俺ばっかり知ってるのは。」
「…………知、ってる?な、にを…………」
「うん、ごめんごめん。俺が知っちゃったってことをキョーコちゃんは知らないんだもんね。だから、キョーコちゃんだって混乱して、なんとかこの場を誤魔化してやり過ごそうとしちゃうんだよね。」
「………………………………?」
「あのね、今日の夕方、椹さんから聞いちゃったんだ。キョーコちゃんが俺のことを十中八九好きらしいって。」
「……………………!!!!!!」
「………そんな、この世の終わりみたいな顔をしなくても…………。顔が土色だよ…………?」
眉尻を下げて、下から私を覗きこむようにする敦賀さん。でも、心配そうと言うよりは、どちらかと言うと甘えてる…………というように見えるのは私の脳の錯覚なのか、何なのか。
私がさっき廊下で会った敦賀さんは、「完全無欠の夜の帝王」で、今の敦賀さんは、「カイン丸ならぬ捨てられたわんこ篇、蓮乃助」だ。雰囲気はどこまでも柔らかく、威圧感は無い上に全身で甘えてきている…………ように感じる。
でも、そこは今論点ではない。敦賀さんが、凄絶な色気を放とうが、ヒューンヒューンと鼻を鳴らしたり、お腹を見せて喉をゴロゴロと鳴らしたりしてこようが、おかしいものには変わりはない。どちらにせよ、異常な発言内容も行動も、全て受け付けるわけにはいかないんだ。
そう。私の本能が、告げる。
私の「防衛本能」が、告げる。
「危険」だと。
だって、こんな敦賀さんと真向から向き合ってしまったら、きっと、私の心が全て明るみに出る。私の中の、「敦賀さんに想いを伝えたいという欲求」が大きな声を上げている。「告白するなら今よ!!」と。でも、万が一敦賀さんへの想いを外に出してしまったら、もう元の関係には戻れない。
…………私だって、もう18歳も半ば。何も知らない子供ではなくなってしまった。今だって、今だって、私がこんなツルペタだから敦賀さんを拒んでいるようなもので。もし私がスタイル抜群の色気のある女性だったなら、そりゃあすごく怖いけど、それでも、敦賀さんの男性らしい手が、私の肌に触れることを喜んで受け入れてしまうかもしれない。今の私は、敦賀さんに抱き締められたい、優しく触れられたいって願ってしまっているから。そう、もう子供じゃない私は、容易に体の関係を結んでしまえる。でも、一度そうなってしまえば、敦賀さんの後輩には二度と戻れないんだから。
私の「防衛本能」は、言う。
「誤魔化して逃げ切りなさい。そうすれば…………いつまでも後輩として敦賀さんのそばにいられる。」