もしお時間ありましたら、短いですがどうぞお読みくださいませ。最後まで一話にすると長過ぎたので、中編と後編に分けてしまいました…………照れ



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「敦賀様におかれましては、ご機嫌うるわしゅうございますでしょうか?多忙極まるスケジュール、さぞやお疲れのことでしょう。そりゃひとつくらいうっかりお忘れ物などされることもあるでしょう!そこで!御恩のある敦賀様に!この不肖最上キョーコ!ご恩返しができたらと!せめてものお礼に上着をお返しにあがろうと思っておりましたのに!なんとこの体たらく!!」

キョーコの転寝中の姿と、起きてからの姿にはあまりにも落差が大きく、それについていけていない蓮は、無表情なままキョーコを見ていた。




「敦賀様のたぐいまれなる高貴なお召し物を皺にしてしまい大変大変申し訳なく!あ、私、早速クリーニングに出して参ります!さらにその後はお清めの儀式も施しまして、わたくしめから移った念の欠片ひとつ残さず敦賀様へお返しを!…………ああっ!それとも、私なんぞの愚民が触ったものなんて汚らわしく、もうご自身のクローゼットに収納できないということでしたらば、僭越ながら、買い取らせていただきます!代金は…一括では私の懐事情ではご希望にそえなく…図図しいお願いではございますがっ!どうか分割払いにさせていただ「ちょ、ちょっと、最上さん!さっきから黙って聞いていれば、クリーニングだの、汚らわしいだの、何言ってるの。そもそもお金なんて要らないに決まってるだろう。」

矢継ぎ早に繰り出される言葉の数々に脳が反応しだした蓮は、ようやく口をはさんだ。

「は!ははぁ〰(またさらに土下座)。敦賀様の優しい香りにつられて、日頃の疲れで大先輩様の上着様をうっかり手に持ったまま転寝してしまった、こんな恩を仇で返すような愚か者を許していただけるので?」

蓮は、そのキョーコの謝罪ぶりに、段々と異常なくらいにイライラとしてきていた。間違いなく、口調や纏う雰囲気が威圧的になっている。それが、キョーコのヘコヘコとした態度に拍車をかけていくのは自身で理解していたが、自制がきかない。

(君は何でそんなにへりくだって必死に謝るんだ。これくらいのことで俺が怒ると思っているの?いまだにこんなに壁を作られているのか…。なんか真剣に悲しくなってきた……………。)

蓮の頭の片隅で、『Dr.学習能力』が、それ見たことかと冷めた目で蓮本体を見下ろしている。


「ああっ御慈悲を!神のお子であらせられる敦賀様の御慈悲を賜りまして、この最上キョーコ、恐悦至極に存じますぅぅぅ〰!!!」

そう叫んで、平座土(へしゃげ)たキョーコ。

蓮は口を開きかけたが、再び短く鳴った携帯電話に深いため息をつくと、「とりあえずそれちょうだい。」と右手を出した。が、蓮のその手は宙に浮いたまま。視点は、上着に定まったまま。

(………………………最上さんからクリーニングに出してもらったら、上着を返してもらう時に、また、会える……………か?最上さんの、気持ちの在り処を聞く時間もとれる…………………………?)

ものすご〰く打算的なことを思い付いた蓮は、少し呆れたような、諦めたような表情を作って、右手を引っ込めた。

「ほんとだね……………結構皺になってる。」

「は、わ、わ、す、すみませっ」

「う〰ん、たしかにそれじゃあそのまま着るのは無理そうだね。俺、仮にも芸能人だし?」

「は、は、は、はいっはいぃっ!即刻クリーニング店へ直行させていただきますっっ!!!」

「うん、まあ、そんなに慌てないで。クリーニングに出したいなって思ってた頃合いだったから、ちょうどよかったんだよ。」

蓮は、キョーコに怯えられてばかりも嫌なので、キョーコの気持ちを軽くする言葉も忘れない。

「あ、なるほど!さ、最近は昼間はいい陽気で、汗ばむこともありますしねっっ!!」

「本来は自分で出すべきなんだけど、生憎今日も明日も時間が無くて。なんかごめんね?」

「と、とんでもございませんっ!」

「じゃあ、最上さんと俺の仲だしね。お言葉に甘えて任しちゃうよ。………コレでよろしく。」

蓮は、財布からサッと万札を取り出すと、キョーコの持つ上着の上に乗せた。

「うえぇっ!?いえっ!だ、代金はっワタクシめが!」

「うん、クリーニング、ありがとう。よろしくお願いね。それで…………余ったお金は、今度の夕食の材料費に回してほしいんだけど。海外に行ったら和食が恋しくなっちゃって。それに仕事も忙しくて食欲がね……。上着を返しがてら、俺のマンションに夕食を作りに来てくれない?」

蓮は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「そ、そういうことでしたら、できるだけ早いうちにっ!」

キョーコはビシリッと敬礼して真面目な顔でハキハキと答えた。

「うん、ありがとう。……最上さんのごはんが食べれるなんて、上着をここに忘れたのはすごく運がよかったのかも。こういうの、棚からぼた餅……だっけ?ふふ。」

キョーコの目を見つめてふんわりと優しく笑う蓮に、ピキョと固まるキョーコ。

「また連絡するね。」

「ハイッ!お待ち申し上げておりますっ!!」
キョーコはそう言って、バッキンッと折りたたまって120度の深い御辞儀をした。そのキョーコの後頭部は、大先輩がこの部屋から去るまでこのこうべは上げる気はございませんっっ!当たり前でしょう?マナーですものっっ!?と声高らかに叫んでいる。

最上さんの顔、もう一度見たいな…………蓮は、恋する男の切なさでそう願ったが。みたびめの携帯への着信に気持ちを切り替えると、部室をあとにした。










蓮は、知らない。


蓮が去ったあと、たっぷりと時間が経ったあとに、ゆっっくりと上げられたキョーコの顔を。目は潤み頬はピンク色に染まり、ホゥッと艶やかな吐息をこぼして、「敦賀さん…………」と小さく囁いたなんてことは。それから上着に顔を遠慮なく埋めて、「敦賀さん…………敦賀さん…………っっ!!」と声を震わせながらひっそりと泣いていたなんてことは。

そのキョーコの泣き声を、部室の前を通りかかった椹が聞いてしまったことも。

そして、キョーコがラブミー部部室から出ていく時、それはもう幸せそうに大切そうに蓮の上着を抱えていて、その様子を椹が、思案気に遠くから眺めていたなんてことは…………全く知らない。



だから蓮は、いち早くキョーコを問い詰めたいところを、『Dr.学習能力』に処方された鎮静剤を脳に定期的に内服させて、無理矢理大人しくしていた。

蓮は、その時を待つことにしたのだ。己のテリトリー内で、時間をかけてゆっくりと、キョーコの想い人のことを聞き出す日をただひたすらに……………。