ご無沙汰になってしまったシリーズです。このシリーズは、今後の方向性で迷ってしまって一旦書けなくなりまして。

そこで、あんまり深く考えなくても書ける、「おもしろメイン」な「罠。」シリーズに逃げていました(*_*)
で「罠。」も5話目に入り、今後はただ私が「ウケるわ!こりゃヒドイ!ナイわ!!」言いながら書くだけになっちゃったので、真面目(?)なこちらのシリーズに戻ってみることにしました。




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「この道、もしかして……………!」

コインパーキングに車を停めたあと、敦賀さんに連れてこられたのは、大雲大社へと続く道だった。

「え、ちょ、まさか初詣に行くつもりですか?」

「うん。」

「『うん』って!だ、ダメですっ!1月3日ですからまだ参拝客が多いですよ!パニックになっちゃいますっ!」

「う〰ん、そうかな。」

「えぇ!?『そうかな』って!なるに決まってるじゃないですか!」

「どうかな…。ならないかもよ?」

「…………!!」
スーパースターが、な、何ゆっちゃってるんですか……!?

「ふふ。最上さん、顎が外れちゃうよ?」

そう言いながら、敦賀さんが私の顎をすうっと下から掬い上げてくださる。

グハッ!またしてもさりげない肌への接触!!

「うん、ちゃんと閉じた。よかった。ふふ。最上さんはどんな顔も可愛いけど……口を閉じないと、色んなキスができないしね?」

「ギッ!?」

もう何と返してよいかわからなくて固まった私の頭を、にこにこしながらヨシヨシと撫でる敦賀さん。

「あ、さっきの、パニックにならないんじゃないかって話なんだけど。一応根拠はあるんだよ。」

「こん、きょ…ですか…。」

「うん、あのね、俺、神様とか全面的に信じているわけでもないんだけど…。なんかそういうの?なんていうかな、なんか特別な存在を考えずにはいられないっていうか。」

「特別な存在?」

「そう。特別な…もの。……あの時、俺が最上さんの所まで駆けつけられたのは、何か人外の力が働いたとしか思えないんだ。」

「……!」
そ、それって……

「だってあの人垣だったんだよ?俺が最上さんのところまで走っていこうものなら、それこそパニックになっていたかもしれないし、人と人の間には、俺が全力で走る隙間なんて無かったはずなのに。」

あ……ほんとに、そう…だ。
私はコクリと頷いた。

「退場の時ね、最上さんに会いたいなあ、一目でいいから顔が見たいなあって思って探していたら、最上さんの顔がこう、なんて言うかな、ふわって浮き上がって見えたんだ。ああ、俺のこと見に来てくれたんだって、たとえ共演者のお付き合いの一端でも、ここまで来てくれたんだって、すごく嬉しくて。」

ぐっはあぁ!!
なんですか、その笑顔!!
またしても破壊力抜群!!
わたくし、干からびて消えてしまいますぅっっ!!

「それからね、女の子が火の粉を浴びながら消火を試みてるって聞こえて、なんだかよくわからないけれど、その子はきっと最上さんだって感じたんだ。だから俺が助けたいって思って。そしたら、不思議と通り道がわかったんだ。俺が人垣を抜けている間、嘘みたいに隙間ができて、しかも誰も敦賀蓮が隣を通ってるなんて気づかなくて。そのあともバケツが伏せて置いてある所も、水道がどこにあるのかも、はじめから知っていたみたいに勝手に体が動いたんだ。」

ぽうっと思い出すみたいに遠くを見ている敦賀さん。

「今思えば…なんだけど。椿の花が、ね。こっちこっちって言ってたんだよ……。こんな話、信じてもらえないかもしれないけれど…。」

私は、信じますという気持ちを込めて、首を横にぶんぶんと振った。

「それにさ、君の火傷。いくらなんでも回復が早すぎるだろう?やっぱりどう考えても不自然じゃないかって……。だからね、その、えーと、お礼を言いたくて?みたいな。」

敦賀さんは照れ臭そうにふにゃりと笑った。

うぅ、かわゆい〰。

「ありがとうございますって、直接言いたくなったんだ。」

自分でもよくわからないんだけど、と、困惑しながら、でも、あたたかな気持ちで嬉しそうな、そんな複雑な表情(カオ)の敦賀さん。

「あ、あ、私っ、も、そんな気がします!敦賀さんのおっしゃること、わかりますっ!」

敦賀さんが、目をぱちぱちと瞬かせた。

「私の火傷を治してくれたのは、椿……そう、椿の花の精さんじゃないかって……!」

「…ほんとに?」

「はいっ!ほんとです!敦賀さんが先輩だからって、話を無理矢理合わせてるんじゃないですっ。おべっかとかじゃないんですっ!」

「…そう、そうか。最上さんもそう思ってくれる?」

「はい!むしろ、間違いないと思っております!」

「ふふ、すごく力強い発言だね。……そうか、やっぱり、花の……精…だっっけ?最上さんにもなんかあった?」

「へい!?」

「だって…、昨日の最上さん…いつもと違った。」

ぎ、ギクッッッ!!!!

な、な、な、何?何?もう何?
椿姫様の魔法って、何が何?
やっぱり、昨日の私は、「最上キョーコ」だったの?

何が何?
誰が誰っっ!?

「…最上さん、またすごい顔になっちゃったけど、大丈夫?脂汗すごいよ?」

「ら、らいじょーぶれしよっ!?」
ま、またそんな高級そうなハンケチーフでさりげなく私の脂汗をトントンと拭わないで〰触らないで〰心臓が〰〰!!!

「ふふ、うん、まあそういうことにしとく。やっぱり…なんか、花の精?的な某(なにがし)の存在があったみたいだけど、内緒の話みたいだし…深くは聞かない。でも、そうなると、それこそお礼に行きたいよ。だって、最上さんてば今まで本当につれなかったのに、昨日は人が変わったみたいに可愛いことたくさん言ってくれて。…だからさ、二人で行こう。初詣も兼ねた、お礼参り。」

お耳がクテクテの、甘えん坊の蓮の介君にお願いされちゃうと、ダメとは言えない。

敦賀さんの言う通り、パニックにはならないかもしれない。

そんな確信があった。

なせなら、今もずっと立ち話をしている私達の横を通り過ぎてゆく人々は、敦賀さんには全く目もくれなかったから。

気持ちが定まった私の心を見透かしたような敦賀さんは、「行こ」とばかりに私の手を再び優しく包んで、大社への道を歩き出した。





きっと大丈夫だろうとは思うものの、私は、どうしてもソワソワキョロキョロとしてしまう。だって、だって、だって、あの敦賀蓮よ!?こんな人ごみの中なのに、完全スルーされてるなんて!!ある意味貴重な体験だあ。そう思っていると、敦賀さんもそうなのか、「自分で言っておいてなんだけど、本当にすごいな。」と呟いていた。


椿姫様はこんな風に、私を「最上キョーコ」から「敦賀さんのキョーコちゃん」さんに見えるようにしてくれたのかな。でも…違うのかな…。そんなことはしてないって言ってたし……。いったいどういうことなんだろう。

悩んでも答えは出ないまま。

私は途方にくれていたけれど、敦賀さんの手はあたたかくて優しかった。







参道を進んで例の椿の花の前に来て、二人で息を飲んだ。椿は、まさかの完全復活を遂げていた。

「「うわあ………!!」」
思わず口から飛び出した言葉。二人で顔を見合わせて、お互いのビックリ顔に笑ってしまう。

二人で秘密を共有したみたいで嬉しかった。椿の花も…椿姫様も、笑ってくれているみたいで嬉しかった。


…でも、怖くて仕方なくなった。
私は、大丈夫なのだろうか。


椿に感謝の言葉を伝えたあとは、二人で行列に並んで参拝を。


目的を終えて正門に向かおうとした道すがら、敦賀さんが御守りを買ってくれると言う。

『無病息災』

桃色のコロコロとまあるい御守りを恭しく両手で受け取った。その私の好みを具現化したような贈り物を、じいっと見つめる私に、敦賀さんは、柔らかい口調で気持ちを伝えてきた。

「これね、さっき持っている娘(こ)がいて、可愛いなと思って。それにここの御守りって、御利益ありそうだし?」

いたずらっ子みたいに笑う。

「だから、俺がそばにいられない時の身代わりね?でも……でも、なにかあったらちゃんと俺を頼って?俺に…最上さんを守らせて。ね?」

その懇願に抗えるわけもなく、首を縦に振る。

でも、やっぱり納得いくわけはない。私が、「敦賀さんのキョーコちゃん」さんなわけがない。なぜなら、彼女は、私が敦賀さんからロクに名前を呼ばれもしない犬猿の仲だった頃には既に、敦賀さんから「キョーコちゃん」と呼ばれ。風邪の看病をすれば、神々スマイルを見せられるくらい関係の良かった人だ。だから、私は「キョーコちゃん」さんではありえない。


でも、なのに。そうなのに。

嫌な考えがどんどん心を占めていく。

敦賀さんを「キョーコちゃん」さんに返したくないと思う私がいる。

今、敦賀さんがこんなに幸せそうなんだから、もう私でいいじゃない。私が「敦賀さんのキョーコちゃん」ってことでいいじゃない。
そうよ、いいじゃない。

私は…、私は、本物の「敦賀さんのキョーコちゃん」になりたい!
なりたいよう!!



そんな邪な思想にとらわれていたら、頭がクラリと揺れた。

『そうよ。だから、そう言ってるじゃない。』

…こ、この声っ、椿姫様っっっっ!!!?

『あなた自身が敦賀さんのキョーコちゃんよ。それを忘れないでと言ったわ。』

はははは、はいっ。でも……でもっそうは思えませんっ!

『そう。…でも、もう後戻りできないのじゃない?彼を誰にも渡したくないでしょう?』


そ、そんなの、そんなの……そうだけと……でも!でも!!
「だって…、だって…違う。違うぅぅ〰〰」

「ど、どうしたの?最上さん、どっか痛い?怖い人でもいた?」

敦賀さんは歩みが遅くなり、急に涙を流しはじめた私に困惑しながらも、背中をそおっと撫でて慰めようとしてくれる。

この大きな優しい手が、私じゃない「キョーコ」を慰める……私はもう、そんな事実には耐えられない。
でも、どうしようもないの。だって違うの。私は、違うんだもん!!

本格的に泣きだした私の手を引いて、通りの隅まで連れてきてくれた敦賀さんは、その体で緩く私を包んでくれる。

敦賀さんに迷惑をかけたくないから早く泣き止まないと。そう思うのに、この腕が絶対に自分のものにはならないことが悲しくて、泣き止むことができない。


そんな私の頭の中に、霞むように小さく響いた呟き。

椿姫様なの……?


『仮りそめの名と偽りの姿では、頑ななそなたの心は解(ほぐ)せぬか…。真にそなたの身も心も欲するならば、男気を見せて欲しいものじゃ…。』