蓮ver.

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蓮は今度主演するドラマの番宣で、バラエティー番組に出演することになった。以前同番組に出演した時の映像のデータが、LMEタレント部にあると教えてくれたのは社だ。本来ならば、そのデータを入手するのはマネージャーである社の仕事だ。だが、社が自らは他所での打ち合わせ出席中に、わざわざ蓮に取りに行かせたのには理由があった。蓮が最近は会えていなくて、欠乏症に陥っている「彼女」に会える可能性があったからにほかならない。蓮は、女友達レベルに気の効く人だなと思いながら、わずかな期待をこめて事務所へむかった。


そこで蓮は、社に心の奥底から感謝することになる。





タレント部に入り、椹にそのデータをもらうべくデスクに近づく。ラブミー部部室で想い人には会えずに意気消沈していた蓮は、椹デスクの上に「最上君へ」という文字を見つけて、思わず見つめた。

「あ、蓮。わざわざすまん!…ん?それは、最上君のだけど?」

蓮の視線を辿って、椹が不思議そうに問いかけてくる。

「あ、はい。そうみたいですね。知った名前の付箋が貼ってあったので…。分厚いですね。新しい仕事ですか?」

「あ、いや。不動産の資料なんだ。」

「不動産?」

「最上君、今度下宿先出て、一人暮らし始めるんだよ。」

「え、一人暮らし?」

「おう、そうなんだ。なんでもマナーの悪いファンが下宿先の店に迷惑をかけたらしくて。大将や女将さんは気にしなくていいって言ってくれてるらしいんだが、礼儀正しい彼女なりのけじめなんだろ。

それで、あの子も年頃だしな。今回のファンの一件のこともあるし、危ないことがあるといけないから、一応こちらからオススメの物件を提示しようと思って。早く候補でも渡しておかないと、行動力のあるあの子のことだ。安くて手っ取り早いところをサクッと選んで契約してきそうだからな、あはは。

あ、いや…。でもあの子は未成年で契約には大人が必要だから、まずは俺のとこにくるか…。」

椹は思案顔でぶつぶつと続けているが、蓮はそれどころではなかった。

(マナーの悪いファンがだるまやに迷惑をかけた?最上さんからそんなこと聞いてない。しかも一人暮らしだなんて。困ったことがあれば何でも一番に相談に来なさいと言っておいたのに。)

蓮は、キョーコに頼ってもらえなかったという不満が急速に膨らんでいくのを感じた。ただ、蓮も頭で理解してはいる。蓮からいくら「頼れ」と言われたって、実親にさえ頼ってきたことのないキョーコだ。それを先輩の蓮に頼れという方が無理な話だろう。それに、最近は蓮自身の仕事が忙しくてなかなか会えなかったのだ。せめて顔を会わせていれば、相談の一つもしてもらえたのかもしれないが…。

そして、それと同時に、これは蓮にとって最凶の危機であり、逆に最高のチャンスであるという事実を、急速に回りだした脳が弾き出した。

「椹さん、ちょっとご相談があるのですが。」

蓮は、心の内の不満とやるせなさをキレイに覆い隠し、フル稼働で頭脳を働かせながら、親切な先輩面で椹に話しかけた。



蓮が去ったあと、椹は違う方向に思考をとばして納得していた。

(蓮は後輩想いだなあ。もしかして、最上君を最初に事務所の外に放り出したことをいまだに悪いことしたと思ってるのかな。フェミニストの蓮らしいな。あれは放り出されても当たり前な状況だったのにな。

まあ、蓮がそばで見守ってくれるなら安心だろう。)




蓮は、運転に集中しつつ、自分の恋のために気を効かせてくれた社に心から賛辞を送っていた。

そして、先程の椹とのやり取りを思い出す。最善を尽くしたはずだ、と、ふっと息を吐いた。

(俺の気持ちは周りから見るとダダ洩れらしいから、家と家があまりに近すぎると、いくら最上さんでも警戒されかねない。それに、それ以上近くは家賃が跳ね上がるから、いくらLMEから補助が出ても彼女には払えない。俺がその分を出したいけど、言わずもがなそれを彼女が受け取るわけがない。

そして、彼女にすすめたマンションは、まだなんとか良心的な家賃だとしても、敷地面積が狭い。日本の住宅事情は話には聞いていたが、来日して本当に驚いた。こと、都内に関しては顕著だ。郊外なら3LDKに住めそうな金額を出しても、都内なら1Kにしか住めない。きっとあんなに小さなキッチンでは、料理好きの彼女が満足できるはずがない。)

そう、蓮の狙いはそこだった。


(ああ、でも本っっ当に危なかった!LME事務所をはさんで家同士が離れたら、多忙な我が身ではさすがに物理的にも無理があるし、逆方向なのについでに送るなんて、謙虚な彼女が受け入れるわけもない。

このあと彼女が資料を取りに来るらしい。椹さんに念押ししておいたから、おそらくは大丈夫だ。彼女は下宿先を出るのを急いでいるらしいから、ゆっくり検討する時間もないだろう。本当は、彼女が来るのを待って、顔を見つつ、あの物件を選ぶところを確実に見ておきたいが、タイムオーバーだ。仕方ない。)

かなり後ろ髪を引かれる想いだったが、椹にあとを託して蓮は社の待つ次の仕事場へ急いだ。




椹のおかげか、はたまた普段からの蓮の教育の賜物か、キョーコは、蓮の呈示した物件を選択した。

そのあとは、蓮の思い通りにことが運んでいった。


「家が近いんだし、ついでに送るよ。」

「家が近いんだし、帰りはすぐに送れるよ?俺、実は最近疲れてて。うちで栄養のあるごはん作ってくれないかな?」

「そういえば、冷蔵庫の中にほうれん草と豆腐が残ってたね?明日くらいには来てくれるのかな。最上さんのごはん楽しみだな。」

そんなふうに、蓮は少しずつキョーコが蓮の家に来る機会を増やしていった。



「蓮に送ってもらうことは当たり前」
「蓮の家に行くのは当たり前」
「困ったことがあれば蓮に相談するのが当たり前」

キョーコは、徐々に食材を無理矢理には使いきらず、賞味期限があるからと自主的に食事作りを申し出てくるようになった。

そう。蓮は、自宅同士が近くなったことを生かして、キョーコに「蓮にとって都合のいい刷り込み」を行ったのだ。

蓮は、自分でもかなりあざといとは思っていた。

しかし、そのあざとい努力が実って、以前に比べて二人の距離も格段と近づいたことは間違いない。


蓮は、次の段階に進む時が来たと確信し、勝負に出た。

「最上さんの作ったごはんは本当に美味しいね。元気がわいてくる。毎日でも食べたいよ。」

その言葉を皮切りに、手の内へ引きずりこんでいく。恋を否定する彼女に決定打は打ち込めなくても、まずはプライベートの時間を独占してしまえば彼女の心が癒されて自らの恋について考え始めた時に、誰よりもすぐそばにいられる。彼女の心の変化にも気付けるかもしれない。

そう遠くない未来にキョーコの全てを手に入れるため、蓮はまずは一つ関門をクリアした。と、思い込んでいた。

キョーコが坂を転げ落ちるように昏い思考を展開していくなんて知る由もなく。