円明園

 

広大な庭園に池を湛え朝靄が立ち込める

 

人影は少なく ただ静寂が支配する離宮

 

忘れ去られた皇后 如意は長く風景を見つめていた

 

皇后付きの女官 容珮 は茶を運んで来た

 

皇后様 温まります 召し上がれませ

 

容珮は湯呑みを如意に差し出した

 

明日は海蘭が来るのね

 

はい 久しぶりのことです

 

凌雲徹殿は?

 

はい 侍衛は朝の見廻りでお側を離れております

 

そう

 

このような寂しい離宮に誰も現れはしないのに

 

雲徹殿は真面目な者ですから

 

そうね  もうどれ程仕えてくれたのかしら

 

そう 蕊心と冷宮で過ごしたのが初めての出会いね

 

それから御前侍衛となり、陥れられ、また陛下にお仕えして、妻帯して不幸にも死別して

 

この離宮に仕えてくれて…

 

数少ないわたくしのこころを許せる人

 

ねえ わたくしが陛下に嫁いでからどれ程の謀略を目の当たりにしたかしら

 

ひとりの陛下という夫を取り合い

 

あまたの妃たちが寵愛をかけて策略を巡らした

 

ある時はおなごとして また、政として 大局を鑑みて耐えてきた

 

皇后は国母、後宮の主、嫉妬などしてはならぬと

 

陛下の元に床を共にするおなごを黙って見送る立場

 

妬み嫉まれ

 

皇子、公主を奪われても 罰することも許されず 耐えてきた

 

陛下と真心で添いとげたいと永く願ってきた

 

愛していたと愛したいと思っていた

 

愛はいつしか 家族愛にかたちを変え

 

陛下との間には深い溝が出来た

 

陛下は変わったわ

 

純粋だった青年は疑深い君主になった

 

そう、わたくしも変わったのだろう  己のことは分からぬもの

 

後宮に辟易したわたくしは  この離宮へ居を移すお許しをいただいた

 

そなたと凌侍衛と時折訪れる侍医・江与彬と蕊心家族と海蘭が今のわたくしの家族

 

陛下は二人の時よく言われた  朕と如意は幼き頃から気心の通じ合った仲だと

 

それはわたくしにとって歓びであり縛りでもあった

 

おなごとして妻としてではなく、皇后、戦友、そして母親のかわり

 

寒氏と寒企のことは若き日の陛下とわたくしを見る様な気がしたわ

 

あの頃の気持ちのままならよかったのに...

 

 

 

皇后様

 

あら、凌侍衛戻ったわね

 

はい、何か御用でも…

 

...凌侍衛、殿方は栄達を望むもの  あなたも皇宮に戻れるよう 計らってあげましょうね

 

皇后様、私めはこのままで…

 

よいの?

 

はい、このまま皇后のお側で仕えさせて下さい

 

それこそが私めの今生の務めかと…

 

ただ朽ちるだけかもしれないわ

 

そのようなことはおっしゃらないでください  今の仕事こそ私めの望むこと

 

ならいいわ  ならいい…

 

朝餉の後、散策に行きましょう  凌侍衛、供をして

 

皇后様、畏まりました

 

如意は女官を引き連れ居所へ向かい侍衛はこうべを下げそれを見送った