ゆらぎは迷いではなく、創作の場である

万葉の心は、本来そのまま生きられるものだった。

けれど現代は、それをそのまま生きられない。
だから私は、その心に戻ろうともがく。

そのもがきの中にこそ、
万葉の喜びが立ち上がるのだと思う。


美しい、と言う前に、
もう届いている




万葉の心は、とても素朴だ。

美しい
楽しい
愛しい

それを、そのまま言葉にする。
飾らず、捻らず、関係の中から立ち上がる。


けれど現代は、そのまっすぐさが通りにくい。

空気を読む。
立場を守る。
正しさに縛られる。

その中で、「美しい」「好きだ」と言おうとしても、
どこかで引っかかる。


万葉の時代は、
そのまま言葉になった。

現代は、
そのまま言葉にするために、もがく。


僕の文学は、

万葉の心を再現するのではなく、
そこへ戻ろうとする過程そのものを描いている。


半歩先に立つ。

一歩先では、離れてしまう。
同じ場所では、流される。

半歩だけ前に出る。

だから見える。
だから届く。