先ず、自分を大事に。
そんな言葉をよく聞きます。

それをテーマにしたような本も、
店頭で見掛ける事があります。

確かに自分は大事。
自分も命だし。

だけど、そこに、
先ずは、何ていう、
優先順位は要るのだろうか?

先ずは自分を大事に考える、
それが何となく普通になっているから、
争いの種がまかれていくのでは?

当たり前だと思うんだけど、
自分も大事で、相手も大事では、ダメなのだろうか?
仕事も家庭も大事なように、
どっちかなんて決めれない事があるのに。

もっと胸はって、
自分と相手とどっちかなんて、決めれない!って、
どっちも大事に決まってるでしょ!って、
それが当たり前になっていないのが、不思議。

どちらも大事、を前提に、
それでも何かを決めなきゃいけない時は、
どちらか大変な方が、不利な方が、
先ずは優先的に大事にされては駄目なの?

色々と困っていて、
大変な人がいても、
大概、当たり前のように、
「でも皆、自分の事で精一杯だから」とか、
「でも皆同じように、頑張ってるしね」とか言う人がいる。
その言葉をもって、
もっともっと危機に陥ってる人を、
「助けない」理由にする。

何か違う気がするのは、私だけではないと思うんだけど。
そう信じたいのだけど。

自分も、相手も、同じように大事。
そういう考えでいれば、
自ずと、
相手の事を考えるから、
先ずは、相手を大事に、優先に考えられないかという、
発想に、なっていくと思うのですが、

それが世の中の常識になってはいけないの?

本当にそれでは世の中は回らないの?

人間の、どこかずるくて弱い部分が、
時々常識という都合の良いものに、
置き換えられている気がします。

そもそも、
人が、この社会で、
人を救うよりも、
人に譲るよりも、
自分を優先にした結果、
幸せを感じれたとしても、

その幸せを感じれるのは、
この社会に自分以外の誰かが居るから。

世の中に、自分以外の存在があるからだと、
皆がいて、その中で、自分が生きているからだと、
そう思うのですが。

自分をいくら大事にしても、
自分の命だけあったとしても、
自分以外の誰かがいなかったら、
生きている意味もない気がする、
そんな基本的な事を考えたら、

優先順位、と、してではなく、

むしろ、
自分自身を大事に思うなら、
本当に、
人にとって、
大事にするべきものは、

自分以外の存在、
自分以外の命、
なんじゃないのかな?