昔書いたノートに
「満足したい 満たされたい」
との走り書き。
......
何に満足したいのか
なんで、満腹にならないのか解らない。
でも、死ぬほど空腹な訳でもナイ。
どんだけ大食いやねん( ̄^ ̄)
その走り書きが
頭にこびりついていて、
ある日
ふと言葉が湧いてきた。
なぜ満足できないのか
何に満足したいのか
なぜ満足しようとするのか
なぜ満足したいのか
なぜ満足しないといけないのか?
Σ(゚Д゚;)
ここで思い出したのが
感謝しなさい
ありがたいと思いなさい
十分だと思いなさい
これで満足しなさい
と、耳からタコ🐙が出る程言われてきた言葉。
それを自分に言ってるんだよね~。
そしてだ。
満足とは120%満腹で他には何もいらない状態
という設定だったようだ。
完璧主義だねぇ...
そこまで満腹だったら
動けないけどねぇ。
動けない...
そっかあ、
動きたいんだ
何かしたいんだ
そう、
動く動機
喜びを得る動機
新しい刺激を得る動機
その、動機が欲しくて
満足を避けていたのかもしれない
与えるくせに、
満足した感覚を味わったら
いつの間にか忘れる。
ヘイヘイ、マゾかよ。(σ´∀`)σ
本当は、
そこまで飢えてないのかもしれない
だけど、
何かを得る為に何かする時の
ドーパミンがドバドバ状態が快感で
でもそれをまた味わうには
飢え、空腹感が必要なんだな。
そーいや、
昔、突然住む家が無くなった時
食べるお金さえ無かった時
飢えているなんて意識は無かったし
っていうか、それどころじゃなかったし。
満足したい、満たされたいなんて
そんな余裕ぶっこいた事
思ったこと無かったもんなあ。
欲しいというよりも
無いと死ぬ(´;ω;`)
という切実さだけだった。
物足りない、もっと欲しいなんて
発想すら無かったわ。
それが、
「満たされたい」とは、
なんという贅沢Σ( ̄ロ ̄lll)
いやいや、ホントに
いくら美味しいもの食べても
欲しいもの手に入れても
またお腹は減るし
欲しいもの、得たい事は現れる
そしたら
満たす為に
良くも悪くもエネルギーが湧いてくる
生きるってこーゆー、ことの繰返し
なのかもしれないね。
だったら、
満足しきってしまうことが
満足が継続し続けることが
果たして幸せなのか解らないねぇ
前向きな不満が
未来へ繋がるのかもしれないねぇ。
はあ、お腹空いたΨ( ̄∇ ̄)Ψ
