こんばんはっ

愛媛県で、温泉に浸かった後からの

清々しい気持ちで

に向けてのメッセージ、電話をし終わり
(度々の告知ごめんなさい
)
)2015/04/25(弟の誕生日 おめでとう!!)
に投稿します🌟
1945年8月6日 8時15分
広島中心部 相生橋のTをターゲットのTとして
原子爆弾が投下されました。
当時、大竹から日々情報の伝達役として
宇品と大竹を行き来していた
その日も日常の如く呉線に乗り
広島駅へ向かう途中
矢野駅を越えたところでピカドンを体験する。
そこから、現在の金座街に位置する叔父の本屋さんへ向かうも、周りは焼け野原で
被災者の方々は
口々に、、、水をくれ~、、と、
軍人である山本さんは水を与えてはいけない
知識はあったものの、そのまま苦しみ続ける
人たちを見かねて、水を与えたという。
もちろん水を飲んだ瞬間に、息はなくなる。。
その中で、たぶんここであったであろう叔父の本屋さんの場所でくすぶった炎をみつけ、
ポケットにはいっていたハクキンカイロを取り出し
炎を移して、実家である福岡県八女市へ帰る。
いつかその炎でアメリカに復讐してやる!
という気持ちで夏も冬も絶やさず
部屋の暖炉にて、常に火をくべていたとのこと
それが、十数年経ったのち、八女市が知ることとなり
平和の象徴として、市が管理をするということに。
その時の気持ちは尋常ではなかったはず…
恨み辛みの炎が
平和だとっ





周りからの説得により、平和の塔へ安置される
こととなり、
70年が経とうとする現在も
福岡県八女市星野村の平和の塔にて
常時灯される
なお、広島平和記念公園の基火でもある。
現在では、達雄さんのご子息である
山本拓道さんが、平和の使者として
全国を飛び回っておられます。
昨年も今年も
本氣祭では、この炎を貸して頂いて
ピースキャンドル
を開催します。
心の奥深くの
平和を願う気持ちを来場者全員で一つにして
本氣で祈ります!!
2015年7月12日
本氣祭2015
本願寺別院
共命ホールにて
いつもありがとうございます🌟













