生まれた時の記憶
わっちは生まれた時の記憶が今でも鮮明に覚えているのでありんす
だから、他の人にも記憶に残ってる人はいるのだろうと、いろいろな人に聞いてみても
誰一人、生まれた時の記憶は無いと言う
わっちだけでありんしょうか
普通生まれて2,3歳のころから記憶があるというのが多いが・・・
わっちが生まれたのは自宅で、お産婆さんから取り上げられたそうで
生れ落ちて、すぐお湯の入ったタライに入れられて、身体を洗ってもらってるとこの記憶が
いまでも鮮明に残ってるのだ
タライの中に、あぐらをかいたような体勢で座り、首がすわってなかったので、自然と下を向い
たような状態だったのだ。わっちがこの世に生まれ、初めて目に映ったのがへそだった。
へその先から、なにやら赤い紐みたいなのが出てて、初めて感情が作動したのが、気持ちわり
ぃ、っていう感情だった。気持ちわりぃと日本語で思ってたのかは定かではないが・・・
ただ後ろで、なにやら2人の声が聞こえてたのも覚えてるのでありんすが(後で聞いたところによ
ると、お産婆さんとうちの婆さん)、何を言ってるのかまるで外国語を聞いてるような感じで
意味はぜんぜん分らなかった
この世を去るときも、はたしてへそを見て去っていくのであろうか・・・
だから、他の人にも記憶に残ってる人はいるのだろうと、いろいろな人に聞いてみても
誰一人、生まれた時の記憶は無いと言う
わっちだけでありんしょうか
普通生まれて2,3歳のころから記憶があるというのが多いが・・・
わっちが生まれたのは自宅で、お産婆さんから取り上げられたそうで
生れ落ちて、すぐお湯の入ったタライに入れられて、身体を洗ってもらってるとこの記憶が
いまでも鮮明に残ってるのだ
タライの中に、あぐらをかいたような体勢で座り、首がすわってなかったので、自然と下を向い
たような状態だったのだ。わっちがこの世に生まれ、初めて目に映ったのがへそだった。
へその先から、なにやら赤い紐みたいなのが出てて、初めて感情が作動したのが、気持ちわり
ぃ、っていう感情だった。気持ちわりぃと日本語で思ってたのかは定かではないが・・・
ただ後ろで、なにやら2人の声が聞こえてたのも覚えてるのでありんすが(後で聞いたところによ
ると、お産婆さんとうちの婆さん)、何を言ってるのかまるで外国語を聞いてるような感じで
意味はぜんぜん分らなかった
この世を去るときも、はたしてへそを見て去っていくのであろうか・・・
ふしぎな体験
20代後半のとき、台北から台中までバスで行ったときの体験でありんすが、
台北で、国営バス(國光號)に乗り、椅子に座り一人でくつろいでいたとき、まだ20代前半くらいの女性の車掌が、紙コップに水を入れ、お客に配ってたのでありんす
今はもう、ほとんど運転手1人のワンマンバスになってるが、当時はまだ車掌が乗務してたのだ
で、自分のとこに来て水を差し出されもらったのであるが、そのときは別に車掌を見ても、何も印象は無かったし、気にはしてなかったのである
で、台中に着いて降りるときに、車掌に目をやり、降りようとしたとき、この人とは、いつかまた必ず会うことになる!という、いままでに感じたことの無い、確信にみちた感覚を感じたのである
なぜか、安心感というか、絶対的境地というか、そのときの感覚は説明するのが難しいが、後にも先にも、そのような感覚になったのは、そのときだけである。
で、その後、そのときの体験の事はケロッと忘れてたのでありんすが・・・
4,5年くらい経っただろうか、あるとき台中で勤務してたときの会社の社長と、共通の知り合いの台湾人の女性の旦那(日本人)と3人で、台中の郊外の山の中にある大きな廟に行ったのである
で、そこで4,5人のグループだったであろうか、その中の一人の若い女性が踊ってたので、近づいて暫く見てたのである
カメラを持ってたので、何気なくそこのグループの一人に、写真撮ってもいいですかと聞き、踊ってる女性を何枚か撮ったのである
別れ際に、もしよかったら写真現像したら送りますよと言い、連絡先を聞いたのである、まあ、それがきっかけで手紙のやり取りをするようになり(当時はまだ携帯などなかったので)
2年くらい経ったある時、そのときは台湾の最北端に近い羅東と言う所に居たのであるが、彼女は最南端よりの塀東に住んでたので、どうせ来ることは無いだろうと思い、冗談で遊びに来ない?と軽い気持ちで言ったのであるが・・・
2日して、ほんとに来たのには、びっくり仰天である
2年ぶりに再会してからは、一気に親密になり、再会して1ヶ月もしないうちに結婚したのでありんす
それまで彼女は公務員で、國光號の乗務員だったのであるが、ちょうど退職間もない時だったので、退職後、すぐ結婚という運びになったのである
実はまだそのときは、あの異常な体験のことは忘れていたのである
で、結婚してから1年くらい経ったある日、突然あのときの体験の記憶がよみがえり(約8年前)、身も心も固まってしまったのである
それを奥様に言っても、いまだにまったく信じてもらえないのである
顔は覚えてないけれど・・・間違いなくあの時の車掌である。
台北で、国営バス(國光號)に乗り、椅子に座り一人でくつろいでいたとき、まだ20代前半くらいの女性の車掌が、紙コップに水を入れ、お客に配ってたのでありんす
今はもう、ほとんど運転手1人のワンマンバスになってるが、当時はまだ車掌が乗務してたのだ
で、自分のとこに来て水を差し出されもらったのであるが、そのときは別に車掌を見ても、何も印象は無かったし、気にはしてなかったのである
で、台中に着いて降りるときに、車掌に目をやり、降りようとしたとき、この人とは、いつかまた必ず会うことになる!という、いままでに感じたことの無い、確信にみちた感覚を感じたのである
なぜか、安心感というか、絶対的境地というか、そのときの感覚は説明するのが難しいが、後にも先にも、そのような感覚になったのは、そのときだけである。
で、その後、そのときの体験の事はケロッと忘れてたのでありんすが・・・
4,5年くらい経っただろうか、あるとき台中で勤務してたときの会社の社長と、共通の知り合いの台湾人の女性の旦那(日本人)と3人で、台中の郊外の山の中にある大きな廟に行ったのである
で、そこで4,5人のグループだったであろうか、その中の一人の若い女性が踊ってたので、近づいて暫く見てたのである
カメラを持ってたので、何気なくそこのグループの一人に、写真撮ってもいいですかと聞き、踊ってる女性を何枚か撮ったのである
別れ際に、もしよかったら写真現像したら送りますよと言い、連絡先を聞いたのである、まあ、それがきっかけで手紙のやり取りをするようになり(当時はまだ携帯などなかったので)
2年くらい経ったある時、そのときは台湾の最北端に近い羅東と言う所に居たのであるが、彼女は最南端よりの塀東に住んでたので、どうせ来ることは無いだろうと思い、冗談で遊びに来ない?と軽い気持ちで言ったのであるが・・・
2日して、ほんとに来たのには、びっくり仰天である
2年ぶりに再会してからは、一気に親密になり、再会して1ヶ月もしないうちに結婚したのでありんす
それまで彼女は公務員で、國光號の乗務員だったのであるが、ちょうど退職間もない時だったので、退職後、すぐ結婚という運びになったのである
実はまだそのときは、あの異常な体験のことは忘れていたのである
で、結婚してから1年くらい経ったある日、突然あのときの体験の記憶がよみがえり(約8年前)、身も心も固まってしまったのである
それを奥様に言っても、いまだにまったく信じてもらえないのである
顔は覚えてないけれど・・・間違いなくあの時の車掌である。
初の出張レッスン
スクールを始めて1年半が経とうとしてるのでありんすが、先日初めて生徒さんの家へ出張レッスンに行ってきたのでありんす。
船橋まで高速を使って、約1時間ちょっとと、結構時間がかかりんしたが、遠くまで行くのはそんな苦にしてないのでありんす。
生徒さんは、母娘の2人、2人ともタイは未経験、約6時間話しっぱなしで、終わったあとは、話しっぱなしと、慣れない他人の家ということもあり、かなりエネルギーを消耗!(@Д@;
あらためて、教えるより施術してたほうが楽であるのを実感したのであった(・_・;)
あと3日、船橋まで通わねば・・・
2人とも無事終了してもらわねば・・・
船橋まで高速を使って、約1時間ちょっとと、結構時間がかかりんしたが、遠くまで行くのはそんな苦にしてないのでありんす。
生徒さんは、母娘の2人、2人ともタイは未経験、約6時間話しっぱなしで、終わったあとは、話しっぱなしと、慣れない他人の家ということもあり、かなりエネルギーを消耗!(@Д@;
あらためて、教えるより施術してたほうが楽であるのを実感したのであった(・_・;)
あと3日、船橋まで通わねば・・・
2人とも無事終了してもらわねば・・・
