チェ・ヨンが部屋を出ていってから一刻（15分）の後、大量の蝋燭と共に彼が戻ってくる。暗闇の中、火種で器用に火を灯すと、ウンスが待ち望んでいた小さな炎と共に男の手が見えて、顔の表情が浮かび上がった。

チェ・ヨンの目差しが炎に揺らめいて、ウンスは息を飲む。

「使いかけですが、明朝までなら保ちましょう」

ウッソー(*ﾟﾛﾟ)

この男（ひと）…キレイな目してる

「医仙、不都合でも？」

「ああ、ロウソクの威力にね、改めてビックリ、なーんてね」

口調はいつも通り（のつもり）だが、ウンスの心拍数は急カーブを描いて上昇中だ。

部屋では次々とロウソクが灯り、灯りが各所を照らし出すと…

着替えようと衣を散らかして、一杯呑もうとしたのか酒の匂いと器の破片まで散乱しているではないか。

「さ、捜し物が見つからなくてさ、とっとっと」

盃を取ろうと身体の向きを変えた途端、ウンスは文机につまずいてしまった。その拍子に王から下賜されたばかりのオイルランプが落ちそうになり、バランスを崩した彼女を、チェ・ヨンはすんでのところで抱き留めた。

その女人（ひと）が転んで怪我を負わぬよう、咄嗟に手が伸びたのだ。

「あの…離してもらえます？」

「…何処か、怪我など」

一見スリムに見えるが、チェ・ヨンは武人で、いわゆる細マッチョ。二度も腹部を手術を施したウンスにとっては織り込み済みの既成事実だ。しかしながら、一度上がった心拍数は急には下がらない。

ウンス、あなたは医者

胸部外科医だったんだから

HR、正常値に戻ってよ!!! （HR＝心拍数）

チェ・ヨンの視線を避けるように横を向き、その硬い胸板を押すようにして胸元から離れると…

「それ、わたしのセリフ。あなたこそ足大丈夫？」

チェ・ヨンに抱き寄せられたとき、ウンスはほんの僅かだが、彼の左足が右足を庇っているように感じたのだ。

灯りに映し出されたその女人（ひと）は、医員の顔へと変貌を遂げている。パタパタと履き物を鳴らしながら、散らかり放題の部屋を歩き回り、「椅子に腰掛けて」「靴を脱いで」「足をここに」「ポソンもよ」などとテキパキと指示を飛ばす。

「なんともありません」というチェ・ヨンの言葉は完全無視だ。

「ロウソクをもっと近づけてもらえます？ …もう少し…見つけた!!!

…ほら、赤くなってる。で、こっちがチクチクの原因。靴底に刺さってた」

竹でできた道具（ぴんせっと、というものらしい）を使い、ウンスは履物から尖ったかけらを取りだした。

確かにこの数日の間、ほんの時折だが、右足に違和感を感じていた。

「これ…なんの破片だろう？何処で刺さったのかしら？」

おそらく、鬼剣で叩き折った刺客の剣の破片だろう。

「鋼かと」

「放っておくとこういう金属片って悪さをするのよ。いいことチェ・ヨンさん、武人はいざっていうときの踏ん張りが大事よね。特に足の裏！ここにはたくさんのツボがあって…そうだ💡 リフレクソロジーかツボ押し、ちょっと試してみない？」

一度喋りだしたら止まらなくなる。暗闇から一転、部屋が明るくなって緊張がほぐれた所為なのか、チェ・ヨンが傍にいてくれるからなのか、ウンス自身もわからない。

「すべての不調は足裏からって云われてて、ほら、足湯もだけど、etc.etc.」

「ほう」

「どこか凝ってるところは？」

「特には…」

「じゃあさ、ツボを押すから痛いところを教えてくれます？ここは？こっちかな？それとも…」

痛いというよりも、どこもおしなべてくすぐったい。

ポソンを脱いだら最後、チェ・ヨンの足裏はウンスのおもちゃ扱いだ。

それでも、目を輝かせて話しをする女人（ひと）を、ひとり置き去りにするのがためらわれる。

スィッチひとつで明るい空間が手に入るソウルの ”当たり前” は、ここでは得られない。灯りひとつ無い暗闇は、どうしようもない喪失感をウンスにもたらした。

だからだろうか、もう少しの間、こうしてチェ・ヨンが傍にいてくれたら…

ウンスはそう願う。

「気になるところがあれば、今夜のお礼にいつでも見てさしあげましょう！」

「それは…ありがたい」

チェ・ヨンのひと言で、沈黙が訪れた。

「…ロウソクの灯り、とってもキレイね」

そうだ、この部屋の灯りが美しく見えるのは、ユ・ウンスという天界の女人と共にいるからなのだ。

『ロウソクもしくはオイルを下さい！お願いします!!!』

その女人（ひと）の心細さが声に表れていた。

冬の雨風に灯りを失って暗闇に一人置かれ、夜明けをひたすら待ちながらどうやり過ごそうとしたのか…その想いがチェ・ヨンを突き動かした。

「陽が昇まで、ここにおります。蝋燭が消えぬよう、俺が見張りを」

「ホントに？ならさ、唄でも歌おうか？」

「え?! ええ」

♪

あの野に立つ青い松葉を見よ

見てくれる者など誰一人いないのに

雨風にさらされて吹雪に打たれても

世界の果てまで伸びて

命のある限り萌え渡る（シンイドラマ中の対訳より）♫

慶昌君媽媽に聴かせた ”常緑樹” という曲を、あの時と同じように身振り手振りを交えながら、ウンスが声を張り上げる。

チェ・ヨンは笑みを浮かべつつ密かに思った。

目の前の女人（ひと）がこの地に根を下ろす美しい松葉なら…

俺が、貴女を見続ける

一生

チェ・ヨンの抱えた心の闇に、ユ・ウンスという光が灯った一夜…終わります。

後書き：先日マンションの配電盤交換工事があり、朝の9時から夕方の17時まで停電になるという知らせがありました。

心配なのは、冷蔵庫の中身と、工事後Ｗｉ−Ｆｉがちゃんと機能するかどうかです。

大量の氷を庫内各所に置いて、ＰＣのバックアップ、ネットワーク各種パスワード、万が一の場合の対応が書かれたＵＲＬをスマホに同期し、18時頃、意気揚々と帰宅。

ん？

窓に明かりが点いてないじゃんΣ(￣□￣;)

はい、予定を過ぎても工事が終わらず、未だ停電中なのだとか。

＞＊０＊＜キャアアッ

な、なんですってぇえええ

配電盤室の前には管理人と工事監督が仁王立ち。

どうやら一部の部品が適合しないという事態が起きていて…

予定では21時半には復旧しそうだと。

家の中真っ暗状態で、玄関に置いて出かけた懐中電灯と、ベランダに置いてあるソーラ照明をかき集めて天灯し、それでも薄暗く…

電気来ないとシャワーも、ＰＣもダメ。音楽だって聴けません。本でも読もうかと開いたものの、暗すぎて(ﾉД`)

お腹も空いてきてご飯食べに外出し、予定の時刻を過ぎてから帰宅。

それでもまだ電気が点いてないって｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡

ネコは夜目が利くと云いますが、ウチの三匹ったら「「「ゴハンちょうだい」」」状態で、飼い主せっつかれて焦ったあげく、カリカリ床にぶちまけちゃいましたとさ( ｡-_-｡)

夜の停電は不便極まりなく…5Ｇでスマホ使ってメールの返信書いたりしながら、気がつけば22時を回っております。

マジで今日中に電気点く？と半信半疑な22時半過ぎ…

点いたよ〜〜〜💡

思わずヽ(^o^)丿です。

冷蔵庫復旧、Ｗｉ−Ｆｉも接続し直して、やっとこさ日常が戻ってまいりました❤︎

たった数時間でも不便極まりなく、21世紀から14世紀にいっちゃったウンスさん、さぞかし大変だっただろうなーと。

暗闇（後半）

暗闇（後半）　