美しい花の絵で人々を感動させておられる、星野とみひろさん 脊椎(せきつい)骨折で肩から下が完全マヒになられた方です。

 

この方が「愛ふかき淵より」という闘病記を出しておられるのですが、その中にこんな出来事か書き記されています。

 

ある日、お母さんがスプーンで味噌汁を顔に運んでいる時に、手がちょっと震えて味噌汁がちょっとかかったことがありました。

いらいらしていた星野さんは、感情が爆発して、口に含ませてもらったご飯をおかあさんの顔にぶっかけたそうです。

そして、「ちくしょう、もう食わねえくそ婆」と怒鳴ったそうです。

罵倒されたお母さんとしては立つ瀬がありません。

三年も四年も身をすり減らして看病しているわが子に「くそばばあ」と言われて耐えられなかったでしょう。

それでもお母さんは、ちらかったご飯粒を拾い集め、泣きながら部屋を出ていこうとされて、耐え切れずに、「こんなに一生懸命やっているのに…くそばばあなんて」と思わず口にされたのです。

すると追い打ちをかけるように、星野さんは「うるせえ、俺なんかどうなっていいんだ、ちくしょう…」とお母さんの背中に罵声をあびせたてました。

お母さんは、ほおっておけなかったのでしょう。

また病室へ帰ってこられました。

声のかけようもなく、黙っておられました。

その時、はえが入ってきて星野さんの顔にうるさく付きまといます。

手が動かない星野さんは、首を振るだけです。

蠅はまた、すぐとまります。

それを見られたお母さんは、すぐに蠅たたきを持ってこられるのですが、顔にとまろうとするものですから、たたくことができません。

それで、蠅叩きを左手に持ち替えて、右手で叩くというよりも、そっと触るように顔をおさえられたのです。

お母さんの手が星野さんの頬に触ったのです。

わが子に強く当たらぬように、かばうお母さんの動作と、湿ったしかし温もりのある手の感触が残り、それは、頬から体中に拡がっていきました。

星野さんは、あれほどの言葉をあびせた私を、母はきっと憎んだに違いない。

しかし、その憎しみの中にも母は私の顔に付きまとう蠅を、見過ごしていられなかったばかりか、蠅たたきで私の顔をたたくこともできなかった。

母の顔にご飯粒を吐きかけた私の顔の蠅を、母は手でそっと捕まえようとした。

 

私は思った。これが母なんだと…。私を生んでくれた、たった一人の母なんだと思った。この母なくして、私は生きられないのだ。といって泣かれたのでした。

 

星野さんは、絶望を何回も繰り返し、それを潜り抜けながら生かされているという大きな喜びに目をさましていかれました。

 

健康な時には、見ることのできなかった大切なものが見えるようになり、聞こえなかったものがだんだん聞こえるようになられたのです。

神様がたった一度だけこの腕を動かして下さるとしたら、母の肩をたたかせてもらおう。

 

風に揺れるペンペン草の実を見ていたら、そんな日が本当にくるような気がした。

 

心温まる詩です。星野さんのお母さんもこの詩を見て救われたでしょう。長く大変な看病の時には、お母さんも救われなかったでしょう。この詩を書いた時、星野さんも救われたのだと思います。子供が救われない限り、母親も救われないものです。

 

「真宗話法 実践講座」 葬儀における話法 CD全四巻より抜粋

 

感話(味わい)をhttp://annyouzi.click/wp/mida-himo-haha-ziai/

で書いていますので是非のぞいていってください!