
タイトルに深い意味はなく、小学生時代に好きだったマンガ「キン肉マン」のキャラクター、ブロッケンJrの必殺技を引用しただけですw
いよいよこの夏のロードトリップ15カ国目となる最終地ドイツはベルリン近郊のエアビに、ポーランドから走り続けて夜22:00頃到着しました。
ロードトリップ最後の宿泊となるエアビは値段の割にかなりの広さで、部屋数やシャワー室も充実しており、ロードトリップの最後となる宿泊場所がハズレでなくて良かったのです。
しかし、我々はホントに風呂に入って寝るだけ利用で、西洋人特有?の、のんびりくつろぐ休暇の取り方の真逆状態で、少しもったいない気もしました。
ドイツは、オランダの自宅から車で2時間半程のケルンや日本食の充実したデュッセルドルフなどにちょくちょく訪れたことはありますが、東側から入国するのはもちろん初めてでした。
ドイツ連邦共和国
大陸ヨーロッパにおける政治的・経済的な主要国であり、歴史上、多くの文化・科学・技術分野における重要な指導国でもある。人口は約8300万人で、これは欧州連合(EU)において最大である。
ベルリンは一度だけ絵画の運搬の仕事で日帰りで訪れたことがあるのですが、あの有名なベルリンの壁を見たことはまだなかったので、珍しく、訪れてみたかった名所ということで、ベルリンの壁前で6姉妹ショットを撮るのが最終ミッションです。
その前にせっかくなのでもう一つベルリンの名所ということでブランデンブルク門に訪れ、そこでもパシャリ。

そしていよいよ大トリ、ベルリンの壁へ向かいます。既に大部分の壁は取り壊されており、残った壁をアート利用したイーストギャラリーと呼ばれる所へ訪れました。

ベルリンの壁
1945年、第二次世界大戦終戦後、英米ソの対立で社会主義のドイツ民主共和国(東ドイツ)と自由主義のドイツ連邦共和国(西ドイツ)が成立し、1961年、東から西への人口流出を止める為、西ベルリンの周囲をすべて有刺鉄線で隔離、のちにコンクリートの壁を作った。そして1989年、東欧革命に伴いベルリンの壁は崩壊し、東ドイツの崩壊にも至った。
僕が物心がついた頃、テレビで見ていたオリンピックでは西ドイツ、東ドイツと明確に分かれており、特に不思議に思わなかったのですが、今回実行した東ヨーロッパを巡るロードトリップを通じて、公用語がオランダ語、フランス語、ドイツ語の3つに地域で分かれているベルギーをはじめ、内紛が停戦中のボスニア・ヘルツェゴビナ、1993年に平和的に分離したチェコ、スロバキア、1989年に崩壊したベルリンの壁、更には訪れることはありませんでしたが、小学校の時に貰った地図帳はロシアではなくソビエト連邦(ソ連)で、ウクライナは当時存在していおらず、自分が生きている間にも世界はどんどん動いているんだなという感覚を肌で感じることの出来る素晴らしい体験になりました。

そしてオランダの自宅まで約700kmの距離をぶっ飛ばし帰路につきました。ひたすら高速を走ったので帰り道の記憶はあまりありませんw

このロードトリップを実現できたのはオランダ移住したことがきっかけで、少しばかりですが人生の厚みに加味されたのではないかということと、まだ幼い子ども達が大人になって、何かのきっかけでこのロードトリップで訪れた国々のことを思い出したり、興味を持ったりすることに繋がれば最高だなと、そんなことを考えながらこの長きに渡るロードトリップの記録ブログに幕を降ろしたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!








