京アニ放火事件の死者の方の身元確認が終わったそうですね。

 

ご冥福を心から祈ります。

 

人の生も死もなんと不平等なことでしょうか。一人の身勝手な犯人の所為で日本の宝が

 

失われました。悔しくて涙がでました。どれだけ苦しい思いをしながら亡くなられたことでしょう

 

か。人を恨む、世の中を恨む、会社や学校、神様・・・・人は自分が苦しい立場に

 

置かれた時、恨む気持ちが芽生えることはあるでしょう。それが悪いことだとは思いません。

 

みんながそうだとは言いませんが、人は弱い生き物だし、自分の都合がいい様に解釈する生

 

き物だと思う。けれど、殺人はだめだ・・・・。なぜそれがいけないと分からないのか・・・・。

 

人を育てるのは、心を育てることなのかもしれない。子育ては本当に社会的責任を負うのだなぁと思う。

 

京アニのことは詳しくないですが、夫の影響で私も「けいおん!」や「氷菓」を見ていました。

 

特に「氷菓」は大好きで今でも一番好きなアニメです。京アニの描くアニメの美しさが私は

 

大好きでした。もう氷菓の2期は見れないのかな・・・・。はぁまた泣きそう(´;ω;`)ウゥゥ

毎晩、毎朝一人布団の中で思うことがある。

 

もしかして、自閉症じゃなかったって将来ならないかなって。

 

もしも、普通にお話しが出来たらどんなに楽しいかな。お話ししたいなって。

 

そんな日が来ないのわかってるけど、夢を見る。

 

朝起きて、自閉症子育てが始まると思うとがっかりする。

 

手がかかることは多いし、楽しさを感じるより必死になってしまう。

 

産んでしまったからには、自分の役割を果たさないといけない。

 

かみ合わない会話、返事のない会話に娘は自閉症なんだってこと思い知らされる。

 

本に書いてあることなんて、あんまり参考にならない。その通りにしても改善しないから。

 

それでも、私は毎日あの手この手で話しかけてみる。独り言だけが増える。

 

何もしない事が一番怖いから。けれど、無理強いはしない、出来るだけ責めないように

 

追い詰めないように。表向きは笑顔で心の中でいつも泣いて。布団の中で涙がこぼれる日も

 

無くなったわけではないけど、1日1日を生きてく。

 

「期待しないけど、諦めない。」 人から言われた言葉。

 

娘の成長を諦めきれない自分がいる。

 

けれど考える事に疲れて、諦めというか家ではほったらかしな自分がいる。

 

加配付けてもらって幼稚園通わせて、療育も通って、主治医も探して、行政とも密に連絡取っ

 

て、出かけられる日は一緒にでかけて、近所のお友達に一緒に遊んでもらったり。

 

出かけても直ぐ疲れて、しかも楽しそうじゃないしね。自分から帰るって言って帰るしね。

 

苦痛があるんだろうけど、わかってあげられないもどかしさがある。

 

喜ぶことが分からない。得意なことがわかない。プール遊びは好きかな・・・・。

 

好きなものがあるだけましか。

 

ご飯も偏食が酷いから、作る楽しみは少ない。作っても食べてくれないものがほとんどだし。

 

夏休み始まったばかりだけど、早く終わらないかな。

ブログをずっと続けられる人は、凄いと思う。

 

読者がいてもいなくても、いいねがついてもつかなくても、コメントの有無も気にしな

 

い、広告収入が目当てでもない。シンプルに自分が書きたいことを書き続けれる力は凄い。

 

私も何度も挑戦してきたけれど、本音を書けない苦しさから、飾ってしまう自分の文章が嫌で

 

書いては消してきました。消さないブログ書ける自信はないけれど、少し文章が書きたくなっ

 

たので、また何か書いてみようかなと思います。

 

最初に家族紹介をします。私と同い年の会社員の夫、5歳の娘が一人の3人家族です。

 

5歳になる娘は4歳の時に自閉症スペクトラムと軽度知的能力障害と診断を受けました。

 

現在娘は私立幼稚園で加配をつけて貰い、笑顔で幼稚園生活を送ることが出来ていま

 

す。最初の幼稚園は4日で合わなくて辞めて、その後、運良く今の幼稚園に受け入れて貰えま

 

した。完全に親の判断ミスで辛い思いをさせてしまいました。

 

今の幼稚園は、園全体が障害理解がとてもあり、どの先生にお任せしても安心で娘も園が大

 

好きです。週1回の療育と並行通園しています。いつも笑顔で娘を受け止めてくれて、どちら

 

も安心して通園出来ています。

 

苦手なこともあるし、こだわりが出たり、出来ないことはもちろんありますが、家庭でも幼稚

 

園や療育先でも安定して生活を送ることが出来るようになりました。

 

私はいつも心の中に不安を抱えています。けれど、何とかして暮らしていけるようにこれから

 

も娘を支えていけたらなと思います。

 

娘が1歳から幼稚園に入るまでの私は、毎日泣き暮らしていました。

 

障害児育児って何でこんなに辛いんだって泣き叫んで、自分に負けそうで、死んでく

 

れたら楽なのにって何度も思いました。逃げることばかり考えていました。

 

人の目を気にして、引け目を感じで苦しいことばかり考えていたと思います。

 

娘は今でも刺激が強いと、どこかにピューと行ってしまいますが、割とどこでも一緒に出か

 

けられるようになりました。他の人の迷惑になるような行為がほとんど無くなったからだと思い

 

ます。指示が聞けるようになってきた、順番が待てるようになってきた、

 

人の物を勝手に触らないようになった、暴れたり、大声を出したりもしないので、人前に出て目

 

立たなくなってきたのが大きいと思います。

 

会話は苦手で、自分の意思表示は言えるし、こちらの指示も通りますが、何気な

 

い日常会話は出来ません。会話として言葉を使うのは難しいようです。

 

オウム返しも多いです。お話しが出来ないのはとても寂しいけれど、娘の中に溢れる言葉を

 

キャッチ出来るよう感覚を磨かないといけないなと思います。いつか音声じゃなくても、文字で

 

お話しが出来るようになるといいな。私のささやかな夢というか希望です。

 

今は質問しても(聞き方を色々変えても)正確なことが分からない事がほとんどです。

 

けれど、幼稚園でこんなことしたよ!と簡単な報告はしてくれます^^言葉が出てくれるだけで

 

嬉しい。ママ大好きって言ってくれるだけで嬉しい。

 

他人と比べたら苦しくなるのが育児。それはきっと誰も一緒。

 

私の夢や理想の為に娘がいるわけじゃない。娘の人生が笑顔と優しさに包まれるようにそし

 

て社会の一員として娘なりに貢献できて社会と繋がれるように折れない枯れない心と体を育

 

て山も谷も超えていけれればいいなと思います。素直で笑顔が素敵な娘。今の良いところを

 

守り育てていきたいと思います。