みんな本や雑誌が大好き!?

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現代史ほか,さまざまな本の紹介をしていきます。皆様の読書の参考になれば、こんな本があるのかといった発見になれば幸いです。

再説「戦略的思考」なくして、日本人映画監督はメジャーな国際舞台に躍り出られない。

[2026・10・2・金曜日]

 

 

 

 

先日、――「戦略的思考」なくして、日本人学者はケンブリッジ出版局から学術書は出せないようです?[2026・9・30・水曜日]--というブログを書きました。

 

1992年生まれの向山直佑氏の『英語で本を出したくて』(東京大学出版会)のブックレビューで、彼が、Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States (Cambridge University Press)というケンブリッジ大学出版局から出した自著・英語書の刊行をめぐる「ドタバタ悲喜劇」を綴っている本です。

 

そして、それを日本で「翻訳」(?)して出した経緯も詳述されています。日本語版は東大出版会からではなく慶應義塾大学出版会から出ています。『石油が国家を作るとき――天然資源と脱植民地化』。もちろん、私はどちらも読んでいません。

学術書を英国で刊行するにあたっての英国独自のシステムというか、「掟」の数々が暴露もされています。そこに文化の違い等々を感じることも著者にはあったようです。

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向山さんと似たような海外体験をしているのが、1952年生まれの映画監督として内外で活躍している、すずきじゅんいち氏です。彼の『世界で日本映画を売る方法 世界の製作現場を熟知する監督の提言』(言視舎)を読みました。

こちらは日本人の映画監督が、国際社会に通用する映画をいかにして作り、そして世界に売り込んでいくべきかを自らの映画監督としての体験をまじえて訴えている本でした。

 

東大出身で日活に入り、ロマンポルノ映画を作ったこともあり、また、『東洋宮武が覗いた時代(兼企画、脚本 2008年、日米合作)』『442日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍(兼企画、脚本 2010年、日米合作』『二つの祖国で 日系陸軍情報部(兼企画、脚本 2012年、日米合作)』など、国際的視野のドキュメンタリー映画なども作っていることもあり、外国人俳優の起用(ギャラ)や外国の配給会社等々との交渉もベテラン。

さまざまなトラブルなどの実体験をふまえながら、日本映画界の現状に対して大胆に進むべき指針を提示しています。

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すずきさんが入社してまもない日活は「共産党系の組合が実質的に支配している会社」だったそうです。でも映画不況で生き残るために、ピンク映画とは一味違う「エロ映画を率先して製作する方向にカジを切るという革命的な(!?)大変革が行われた」そうです。すずきさんも(当時は鈴木潤一名義)何作か作ったとのこと。

 

日活ロマンポルノ映画は高校生の時から(?)お世話になった記憶がありますが、東てる美さん(泉じゅん……)以外は、今日のアダルト女優のレベルから見ると、話にならないレベルの女優が多かったというしかありません。

「昔はよかった」といった安易な昭和礼賛がありますが、この分野に関しては、今のほうがいい?

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さておき、言葉の壁もあり、日本映画の世界進出に関しては、アニメがまずは先兵となっているようです。それ以外は日米合作?

 

「最近は外国との合作なども増えてきたようで結構なことだと思う。繰り返すが、実際は困難は多々あるだろうが、白人の英語圏の国と合作する努力は不可欠」

「カナダやオーストラリアでは、合作映画に対して、一定の条件を満たすと、政府から税制上のメリットや報奨金的なお金が出るという制度がある。日本はたしか、この両国とこの協定を結んでいると思うが、なかなか実現していない」

「映画会社自体の体力がなくなっている日本映画の現状では、国家の援助は確実に必要になってきている」

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映画も劇場で見るのは年に数回程度。邦画より洋画が多い。映画館で見た邦画は最近だと『雪風 YUKIKAZE』や『免許返納!?』ぐらい。映画業界の現状についても何も知らない一読者ですが、向山さんの本と同じく「業界内の掟」の数々を学んだ次第です。

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。

書評掲載URL : https://ameblo.jp/honbookmagazine

 

 

 

 

 

 

 

 

 

習近平とプーチンと金正恩に読ませたい?ついでにトランプにも?

セオドア・ソレンセンの『ホワイトハウスの政策決定の過程』

[2026・10・1・木曜日]

 

 

 

セオドア・ソレンセンの『ホワイトウハスの政策決定の過程』(自由社)を昔読んだことがあります。最近、再読しました。すると、この本、習近平とプーチンと金正恩に読ませたいなと思いました。ついでにトランプにも?

 

訳者は、社会党の国会議員にもなった河上民雄氏。

 

セオドア・ソレンセンは、ケネディ大統領のスピーチライター、特別補佐官を務めた人です。ウィキペディアなどによると、彼の最も有名な功績は、ケネディの大統領就任演説である。「国家があなたのために何をするかではなく、あなたが国家のために何ができるかを問いたまえ(Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country)」というフレーズを書いたことのようです。

高校時代の英作文のテキストにこの言葉が出てきて、当時、それなりに感銘を受けた記憶があります。

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そのソレンセンが、コロンビア大学で二回にわたって講演した内容をまとめたのが本書です。ホワイトハウス内にて政策決定の過程を垣間見た体験もあるわけですから、興味深い本になっています。ケネディ大統領が世論と信念の板挟みの中で、いかに政策を決定していったかなども分析されています。

本書の結語は以下の通りです。

 

「わが民主主義国家における大統領は、世論の強力なる圧力、政府の同格なる各部門(議会・最高裁判所などをさす)、そして自由で批判的なる新聞と闘わねばならぬという点で、専制国家の指導者と異なる。彼は己の欲するままに人材を配置したり、しきたりを無視したり、他の部門を侵害したりできない。同盟国を衛星国の如く取扱ったり、自分の失敗を糊塗したり、自分を批判する批評家を沈黙させることはできない」

 

これは今のトランプ大統領に対しても指摘できることですね。トランプが専制国家の指導者、ビッグブラザーと異なることは明々白々です。「己の欲するままに人材を配置したり」しようとも議会の承認も必要になることがしばしばですし、ナントカ議長の「解任」もままなりませんでした。

 

でも、「しきたり」に挑戦はしていますね。

 

「(ホワイトハウスでのメディア接遇の)しきたりを無視したり、他の部門を侵害しようとしたり、同盟国を衛星国の如く取扱ったり、自分の失敗を糊塗したり、自分を批判する批評家を沈黙させようとしたり」はしていますよね。でも、どっかの国の独裁者のように、独裁者としての命令・一喝が即座に実現するというわけではない。訴訟もあれば敗訴もすることもある。

まぁ、トランプさんはかつての石原慎太郎さんみたいな感じ。そう思えば、是々非々で評価もできる政治家でしょう。

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ソレンセンはさらに続けます。

 

「しかし、長い眼でみれば、民主主義による態度決定は、その一切の欠陥、失敗にもかかわらず、すぐれた決定に到達することを可能にする、と私は信じている。たしかに全体主義的指導者は、その助言者に対して絶対的な支配力を揮い、イデオロギーに関しても絶対的な強制力をもつことができる。だが彼はよき助言を命ずることはできないし、新しい着想を無理強いすることはできない。弾圧と恐怖は機関を完全掌握するには十分かも知れないが、人々による決定をよりよいものに導くことはできない」

 

「自由な人間と自由な国家による自発的な統一は、圧制により強制された画一性よりも究極的には安定したものである。長い眼でみれば、異端者のないところに英知はなく、多様性のないところには進歩はなく、責任のないところに偉大はありえない」

 

「今後白亜館(ホワイトハウス)にいかなる党、いかなる人物が入るとしても、これらの基本的な真理は変わらないであろう」

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まぁ、おっしゃる通りですね。このあたりは「全体主義的指導者」濃厚な習近平・プーチン・金正恩サンにも読ませたい言葉ですね。ベトナムの指導者にも?

 

「長い眼でみれば、異端者のないところに英知はなく、多様性のないところには進歩はなく、責任のないところに偉大はありえない」

 

自由世界と反自由世界との価値観を問う戦いはまだ続いているのです。「分断」があるということは実は、「多様性」があるということでもあるのです。アメリカの現状などを悲観しすぎる必要はありません。

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。

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「戦略的思考」なくして、日本人学者はケンブリッジ出版局から学術書は出せないようです?

[2026・9・30・水曜日]

 

 

1992年生まれの向山直佑氏の『英語で本を出したくて』(東京大学出版会)を読みました。東大出版会の本なんて、めったに読みませんが、この本はとても面白い本でした(東大出版会より名古屋大学出版会や慶應義塾大学出版会や法政大学出版局から刊行される本はよく手にしますが? 「積ん読」することが多いとしても……)。

 

この本を読む上で、大事なことなので、まずは著者の略歴を確認しておきましょう。現在の肩書は、東京大学未来ビジョン研究センター准教授。そしてこんな履歴(職歴)です。

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1992年生まれ。東京大学法学部卒、同大大学院法学政治学研究科総合法政専攻修士課程修了、オックスフォード大学政治国際関係学部博士課程修了。ケンブリッジ大学政治国際関係学部ポストドクトラルフェローを経て現職。専門は国際関係論、比較政治学。

著書に、Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States (Cambridge University Press, 2024、アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞受賞)。日本語版『石油が国家を作るとき――天然資源と脱植民地化』(慶應義塾大学出版会、2025年)。石橋湛山新人賞、日本国際政治学会奨励賞、佐藤栄作賞優秀賞等、受賞多数。

ブログ「紅茶の味噌煮込み」を運営中(https://penguinist-efendi.hatenablog.com/ )

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Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States (Cambridge University Press,というケンブリッジ大学出版局から出した自著・英語書の刊行をめぐる「ドタバタ悲喜劇」を綴っている本です。そして、それを日本で「翻訳」(?)して出した経緯も詳述されています。日本語版は東大出版会からではなく慶應義塾大学出版会から出ています。『石油が国家を作るとき――天然資源と脱植民地化』。もちろん、私はどちらも読んでいません。

 

学術書を英国で刊行するにあたっての英国独自のシステムというか、「掟」の数々が暴露もされています。そこに文化の違い等々を感じることも著者にはあったようです。

売り込みは明示しておけば複数相手に同時にやってもいいとか、匿名者による「査読」も行われており、その推薦等々によって刊行も進展(時には挫折?)していきます。

ちなみに「査読」の相手も自らリクエストすることも可能だそうです(それが出版社によって採用されるかどうかは別にして。ただ、著者の場合、推薦したリストから採用された模様)。

匿名といえども、本が無事刊行されることになると、関係者の推薦文がカバーなどに掲載されるのは日英共通していますが、推薦文の相手を聞かれて「査読者に頼んでくれ」と言えば、誰が査読したのかは最終的に分かるとのこと?

 

「そんなわけで、もし英語圏の学術書出版に清廉でフェアな競争の場所、というイメージを持っているとすれば、残念ながらそれは買いかぶりというものである。陰謀渦巻く魑魅魍魎の世界、とまでは言わないが、戦略がモノを言う生々しい利益追求の場であることは確かだ」と著者は指摘しています。なるほど!

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学術書には「索引」がつきものです。「人名索引」や「事項索引」など。

日本では一般書ではあまり索引はなく、学術書でも時には省略していることが少なくないように思えますが、向こうでは学術書では索引は必須。普通は編集者が作成すると思うのですが、英国ではなんと著者が作成するのが原則だそうです。

契約書に「著者が索引を作成する責任を負う」という項目があるのと、著者は懸念を抱いたりしたようです。「まあ何とかなるかと思って安請け合いをしてしまったのだが、これが意外に大変な作業だということに後から気づいた」とのこと。

 

すると英米では索引作成をする職業があって、そこに外注すればいいことを教えられて、実際、発注したそうです。英書は本文200ページぐらいの薄めの本だったのですが、一頁あたり6ドルで、1200ドル、18万円ぐらいかかったそうです。それをただでさえ、「印税」が実質ゼロに近い学術書の著者が個人負担するのは大変なこと?(「印税」の仕組み等々に関する悲喜劇に関しても詳述されています。それはここでは紹介せず、本書をお読みください)。

いまはPDFがありますから、本文が確定すれば、それを利用して索引を作成するのは昔に比べたら楽になっているのではないかと思われます。こういう作業はAIなどが瞬時にやれる時代もくるのではないかと想像もできます。

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そのほか、装幀をめぐる日英間の感覚の相違や、学術書を出してから新書や選書などの二番煎じ、いや大衆向けの簡約版などを出せる日本と英国との違いとか、日本では科研費をもらって本を出したら「印税ゼロ」になるとか、さまざまな衝撃の事実も暴露されています。

それにしても、英国の編集者(少なくとも一流出版社、大学出版局など)は「上から目線」というか、かなり権威のある職業のようで、著者の売り込みがあって初めて本になるパターンが多いようですが、日本の編集者は自ら著者宛てに手紙を出して、アポをとって面談して本造りすることが多いとのことです(著者の実体験)。

 

「英語圏では、直筆の手紙で出版オファーをもらうなどということは、はっきり言って皆無である。よほどの大物なら知らないが、そもそも出版のプロセスは著者側から始まるのが英語圏なので、編集者が著者にアプローチするということ自体が少ない。さらに連絡はほとんどメールベースなので、物理的に何かやり取りをするということもない。というわけで、個人的には手紙をもらうことは、日本ならではの『古き良き文化』だと感じる」

 

まぁ、廃れつつあるとはいえ、「年賀状の文化」がまだ残っているからでしょうか。手紙のあとの打ち合わせもオンラインではなく、面談が日本では多いとのこと(外国の出版社からすると、海外にいる筆者との打ち合わせは必然的にオンラインになってしまう側面もあるにせよ)。

「日本の著者は恵まれている」と向山さんが実感されるのも無理はありません。

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男が生きるなら……『酒と本に囲まれた日々』や『酒とレコードに囲まれた日々』や『酒と美女に囲まれた日々』や『酒と借金に囲まれた日々』や『古本と古女房に挟まれた日々』のどれがベストでしょうか?

[2026・9・29・火曜日]

 

 

 

 

1942年生まれの亀渕昭信氏の『アメリカン・ポップス大全 ドーナッツ盤に恋をして』(白水社)を読みました。

 

――45回転で、世界が変わった! SP・LP・EP、ラジオ……音楽産業の進化をたどり、シティポップ前史がわかるサブカルチャー論--といったフレコミの書です。

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ニッポン放送(ラジオ)の社長まで務めた亀渕さんの「音楽」を通じての自叙伝といったところです。子供時代(洟垂れ小僧時代)にFENを聴きながら、エルビス・プレスリーなどの強烈なビッグ・ビートを浴びて「これだ!」と身体が震えたそうです。

 

そんなエルビス・プレスリーやビートルズとの出会い等々、さまざまなロック・シンガーなどが登場します。

 

こちらは1959年生まれで、音痴故に音楽にはさほどの感心を抱いたわけでもないのですが、さすがにレコードは中高時代から接していました。

SPは未体験ですが、LP・EPレコードは、そこそこ蒐集していました。アメリカン・ポップスというか英米ポップスとしては、シカゴやエルトン・ジョンやアメリカなどのLPレコードを買い集めたり、FMラジオのエアチェックなどよくやっていました。FM雑誌を買って、放送日や放送される曲をチェックして、ラジオから音楽が流れだす瞬間に「録音」のスイッチを押したりしていたものです。フレンチ・ポップスはミシェル・ポルナレフなども。

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亀渕さんの本を読もうかどうしようかとパラパラとめくっていて、ううむ、世代も違うしプレスリーは無論のこと、ビートルズもそんなにいいと思ったこともないし、それ以外、知らない歌手が沢山出てくるので、私には向いていない本かなと思っていたのですが、第21章「ロックンロール、丸くなる」のトビラ相当のところに、ドン・マクリーンの『アメリカン・パイ』のレコードジャケットが出てくるのが目にとまりました。

 

私の知っている?歌手が唯一登場というわけではありませんが、『アメリカン・パイ』の中で、その歌詞の一節に『パディ・ホリーが飛行機事故で亡くなったことが引き金となって、音楽(ロックン・ロール)が死んだ』と読み取れる箇所があり、『アメリカン・パイ』は、マックリーン自身が愛した1960年代ロックンロールに捧げるオマージュ作品だと、亀渕さんは指摘していました(亀渕さんは「マクリーン」ではなく「マックリーン」と表記)。なるほどと。

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そのことで、12年前に見た番組を思い出しました。2014年4月30日の夜11時から小一時間TBS・BSで放送されたドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」特集です。

 

1971年のヒット曲「アメリカン・パイ」は、8分を越える長い曲。マドンナが後に、ある映画の中でカバーもしていたのもCDで買って聴き比べたことがあります。

 

TBSの番組では、まず冒頭から彼の曲が流れました。

 

当時のアメリカの社会情勢など、歌詞の持つ意味など、いろいろとあったのでしょうが、当時(今も)英語などできない日本人の中学生にとっては、単にメロディが好きだっただけでした。

TBSの番組によると、オバマ大統領の就任式でも「アメリカン・パイ」が歌われたとのことでした。それは知りませんでした。当時、オバマには関心がなかったものですから。レーガンの葬式は、追悼したくて、テレビでチラリと見ましたが、オバマの就任式など何の関心もなかったから?

 

さておき、番組では「アメリカン・パイ」のほかにいろいろとドン・マクリーンに関連する曲が紹介されていました。ロバータ・フラックのバラード「やさしく歌って」の中にも、彼のことが歌われていることを、そのとき初めて知りました。

 

ドン・マクリーンのCDの中にある「空中楼閣」や「ビンセント」や「アンドアイラブユーソー」は好きでよく聴いたものです(もちろん歌詞はほとんど理解せず、メロディだけが好きなだけ)。「エンプティー・チェアーズ」も……。

音楽は死んだ、ミュージック~ダイという言葉は中学生にも分かりましたが、それには深い意味があったということは最近まで知りませんでした。

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TBSの番組が放送された日(2014年4月30日)は田舎にある実家にいました。

このとき、母親が大腸がん末期ということで妻と交代で実家に戻っては入院している母を見舞っていました。たまたま前日買った安いスコッチウィスキー「リチャードソン」をオンザロックで夜飲んでいたところ、中学時代の友人から電話があって、今晩、ドン・マクリーンの特集が放送されるぞと言われて、あわてて、スイッチをオンにして見た次第です。

いつもなら寝ている時間でした(その友人とは、「アメリカ」が来日した時、五反田の「ゆうぽうと」でやったコンサートを見に行ったものです)。

 

TBS番組では、ほかにも長い曲の「歌詞」の持つ意味をいろいろと識者も登場させて、解釈を試みていました。マルクスも出ていたとは初めて知った? ジョン・レノンとレーニンをかけていた? ううむ。

 

「もっとも悲しく、もっとも楽しい歌」ともマクリーンは語っていたようですが、要はジキルとハイドの歌なのでしょう?

「アメリカン・パイ」は、番組のラストでフルに流れていました。さすがに、この名曲を聴くのに、スコッチは相応しくない。だが、我が家には自宅にも実家にもアメリカン・ウイスキー、バーボンはない。仕方なく「リチャードソン」をもう一杯‥。すると、「ウイスキーやライ麦酒をあおりながら、今日が俺の死ぬ日だ」‥といった歌詞も出てきました。ううむ。そうなのか。

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話を本に戻します。

「好きこそ物の上手なれ」といいますが、子供の時からアメリカン・ポップスに魅惑され、ラジオ会社に入り、パーソナリティをやったりして、社長にまでなり、あと数年で米寿になり、その前に゛こういう本を出されて……。亀渕さんの人生は言うことなしでは?

 

私も中学生のころ、日曜の午後4時からラジオ(地元放送・文化放送経由)でみのもんたさんなどが司会をしていた「オールジャパンポップ20」を聴いていました。午後3時からは「全国歌謡ベスト10」もあったかと。  南沙織やポルナレフ等々も。その二時間は、至福の時でしたね。

 

いまも朝起きてから、家にいる時は、ずっとそのころのポップスや歌謡曲を流しています。若干、ジャズピアノトリオも出てきますが。

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余談ですが。亀渕さんのこの本。和田誠さんが存命なら、本の装幀・装画などをやられたかもしれないなと思いました。いや、いまの装幀も雰囲気が出ていてヨカヨカと思いますが。

 

『酒と本に囲まれた日々 藤縄直自伝』(文藝春秋企画出版部)という本があります。2012年10月刊行本。企画出版部の刊行で、要は自費出版本です。

 

藤縄直氏は1936年生まれ。この本のカバーを見れば自明ですが、この本の装丁を和田誠さんがしています。著者は、西松建設勤務の藤縄さん。ヘルメットをかぶった著者が両手に酒をもち、チボー家の人々などの本のカバーがバックに描かれています。

 

そんなお二人は、高校時代に同級生であったという縁があり、そういうことから装丁装画を和田さんが担当したようです。この本では、ご自身の仕事的な自叙伝のほかに、和田さんとの交遊も綴られています。

和田さんは2019年死去(享年83)。藤縄さんはご存命かどうかは未確認ですが……。

 

それにつけても、『酒と本に囲まれた日々』や『酒とレコードに囲まれた日々』や『酒と美女に囲まれた日々』や『酒と借金に囲まれた日々』等々、人生は人それぞれです。

私の場合は……。『古本と古女房に挟まれた日々』といったところでしょうか?

 

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清楚な美女・紺野美沙子さんが「自殺」をしたのか確かめたくて、日下圭介氏の『花の復讐』を読破しました?

[2026・9・28・月曜日]

 

 

 

 

2026・9・16午後、BS8の再放送ドラマ「黒い葬列」を見ました。原作は1977年に単行本で出ています。ドラマは1986年に放送されたようです。紺野美沙子主演の犯罪サスペンスドラマです。40年前の制作のドラマ(以下ネタバレ等々あり)。

 

紺野美沙子さんが演じる朝永律子の役どころは、母が亡くなってから妹の高校生の裕子と弟の小学5年生の弘の面倒をみているとの設定。薬品会社に勤めている父は酒乱の傾向があり、医師で律子の恋人の笠倉研一(広岡瞬)が結婚を申し込みに来た際にも、酔っぱらった父は笠倉や息子弘(小学生)を殴ってしまう。

 

翌日、父からは謝罪があったのですがすっかり落ち込む律子たちに、父は子供たちだけで信州の叔母のもとへ遊びに行くようすすめて和解。ところが、その出発の日も、夜勤明けで朝からビールを飲んでいた父親がオレを残して遊びに行くのかと暴れる。

……でもなんとか叔母の家に出掛けたものの、帰京する前日、父がガス中毒死。家は火災で丸焦げ。自殺か単なる事故か、それとも他殺か……。律子も疑われる始末……。

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そんなストーリーです。なにぶん40年前のドラマですから、公衆電話でのやりとりが出てきます(携帯電話はドラマ制作時にはあったかもしれませんが、弁当箱のようなものを抱えての大きな携帯電話だったかと)。

 

律子の勤務先は公立図書館。当時はまだ正式職員が勤務していた? 読取機で図書館カードをピッピッとやるのではなく、紙製の図書館貸出証などを手にして何かやりとりしている? 

私はそのころ、公立図書館を利用したことがあまりなく(?)どうやって貸出していたか記憶があまりありません(高校時代の図書館は、紙製の貸出カードにていろいろやっていました。あの頃、返したり借りた云々の「教員」のサインは手書きだったので、それを真似してサインをして、勝手に開架の本を借りて返していましたが?)。

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40年前のドラマも、見方によってはいろいろと参考になります。婚約者(律子)の家を訪問しているお医者さんも、部屋でプカプカやっていますし。タバコは野放し状態?

 

そして、ドラマでは、律子への疑いも晴れて、父の死は事故死という結論になり、彼女は、喜びいさんで、図書館を退職し、将来の夫がいる地元・地方の病院にかけつけます。ところが、彼は、父親の死をめぐって自分も疑われ家族からのハンタイもあって、そんな律子を迷惑がり、結婚話は解消してほしい……。さらには、彼のもとには新しい恋人(許嫁)が寄り添っている……。

 

ケシカラン奴ですね。ベッドシーンもあったし(昭和時代にはこういうシーンも付録としてありました。今は絶無?)、あんな清楚な紺野さんを捨てて、ケバい女に目を向けるとは。ドラマを見ながら、このアホバカマヌケスケベの広岡と怒鳴っていました?

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それはともかくとして、ドラマの最後のシーンは、そんな彼の態度にショックを受け、さらに父の「事故死」が実は弟の「計画殺人」であり、そのトリック(蟻を使ってのガス漏れ細工等々)に気付いた彼女は、病院を出て乗ったタクシーで海が見えるところまで行きます。そして、タクシーを下りた律子は海の見える崖まで行き……というところで終わっています。

 

察するに、身内(弟)が父親殺しの犯人と知り、多分、飛び込んで自殺したのかなと思うのですが、そのシーンはドラマではなく、ネットでいろいろとみても、そのあたりは明快になっていません。

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原作はどうなっているのやらと思って、日下圭介氏の短編小説をまとめた『花の復讐』(講談社)を手にしました。その中の短編の「黒い葬列」が原作。

 

原作を読むと、細かい話しの流れはドラマとはちょっと違います。律子は事件の前に図書館を退職しています(ドラマでは、自分への疑いが晴れて、事件が落着してから退職しています)。父親の収入はそこそこあったから、働くのをやめて妹や弟の面倒を見て、父に対処するためだったようです。

 

多少の違いはさておき、原作小説では……。

 

彼と病院で別れた律子は生きていたようで、それから8年後のシーンが出てきます。律子は一人で生きていき、水商売(バー?)の女になっています。

妹と弟は叔父の家で育ち、妹は結婚。弟は高校生になっています。そして、彼を問い詰めて……といった終わり方でした。

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なかなか余韻も残る犯罪ミステリ小説。『花の復讐』の巻頭が「黒い葬列」で、「雲雀はなぜ殺された」「花の復讐」…と短編小説が続きます。その二作も拝読。なかなか面白い。

 

「雲雀はなぜ殺された」は、地方のローカル新聞の記事を問い合わせてきた女性の死去から始まるミステリ。「花の復讐」は、会社の元同僚の女性への怒りから殺人にいたる女性の物語。

 

余談ですが、ネットでみると、日下さんは享年66。今の私より若い歳で亡くなっているようです。

 

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