郡山史郎(佐野史郎・館ひろし)主演の『マイ・インターン』、そして『マイ・カンパニー』こと『死ぬまで終わらない人』なんて映画が作れないものでしょうか?
[2026・5・4・月曜日・祝日]
以前、マイブログで、『マイ・インターン』という映画を紹介しました。こんな粗筋です。
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ニューヨークに拠点を置く人気ファッションサイトのCEOを務めるジュールス(女性)は、仕事と家庭を両立させるという誰もが羨むような人生を歩んでいた。
ところが彼女は仕事と家庭それぞれで問題が発生し、人生最大の試練に立ち向かっていた。
そんな折、会社の福祉事業で雇われたシニアインターンの40歳以上年上のベンが、ジュールスのアシスタントに就く。
70歳(古稀)のベンは妻を亡くして独身老人。
日々太極拳で心と体を整え、読書やゴルフなどを楽しみ充実した隠居生活を送っているものの、社会とつながっていたいとの思いからファッション通販会社の"シニア・インターン"募集に応募し、見事面接に合格したのです。その新職場の入っているビルは、彼が現役時代(電話帳制作)勤めていた会社のあったところでした)。
初めは年上のベンの言葉など聞き入れようとしなかったジュールズ。仕事のメッセージも出さない。指示待ちのベンは手持ち無沙汰の日々が続くのです……。ある日、社長専属の運転手の非行を見つけて、臨時運転手に。
人生の大先輩であるベンの言葉や行動から次第に一目置くようなり、彼女は心を通わせていく…。
可愛い娘と専業主夫の家族3人、仕事も私生活も幸せそのものに見えたのだが……。
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ロバート・デ・ニーロが演ずる古稀のシニア・インターンことベンがいい味を出している映画でした。インターン先で「再婚相手」も見つけるし? 妻を亡くして数年が経過していたものの、人生まだまだやれる?
私は前期高齢者になって三年目。古稀までまだ2年弱あります。ベンのように、また会社勤めをインターンであったとしてもする気はありませんが。
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世の中には、70歳まで働くどころか、80歳、いや90歳まで働くと豪語し、実践している方もいます。
1935年生まれの郡山史郎さんです。この人は、一橋大学経済学部卒業後、伊藤忠商事を経て、1959年にソニー入社し、その後、いったん退社しアメリカの会社(シンガー)に転社し、その日本支部の社長に就任しますが、紆余曲折を経て、81年ソニーに再入社、85年取締役、90年常務取締役、95年ソニーPCL社長、2000年同社会長、02年ソニー顧問を歴任しています。
そこを退職したあと、2004年に、プロ経営幹部を紹介する株式会社CEAFOMを設立し、代表取締役に就任しています。その設立前には、上述のロバート・デ・ニーロのように、某会社に一時「就職」もしていました。
著書に、『90歳まで働く! こうすれば実現できる』(ワック)、『定年前後の「やってはいけない」』『定年前後「これだけ」やればいい」』『転職の「やってはいけない」』『定年格差 70歳でも自分を活かせる人は何をやっているか』(青春出版社)などがあります。いずれも一読しました。
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今回、最新の著作(2026年2月刊行)である『君の仕事は誰のため? 90歳現役ビジネスマンが伝えたい「自分を活かす」働き方』(青春出版社・新書)を読みました。
『90歳まで働く! こうすれば実現できる』(ワック)でも少し書かれていましたが、大学を卒業してから還暦前後までのサラリーマン(前半)時代(伊藤忠→ソニー→シンガー→ソニー)、そしてソニー退職後のサラリーマン(後半)時代(ソニー退社後の再就職、CEAFOM設立など)を振り返りつつの仕事論。ソニー時代はコロンビア映画の買収交渉を担当もしています。
「自分のために働く」「家族のために働く」「仲間のために働く」「社会のために働く」「定年を超えて働く」等々、人生のそれぞれの節目というか岐路というか、それぞれの状況に於いて、最適の職場、職業を求めて、郡山さんは伊藤忠→ソニー→シンガー(米国企業)→ソニー→エトセトラ?)と転社転職します。
ソニー時代の上司(井深大氏など)との出会いのエピソードなども面白いものがありました。
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還暦ないし古希前後から90歳まで働く。20年から30年弱の「余生」?
いまも、郡山さんは早朝、ラッシュ前とはいえ、毎日電車通勤。都内在住とはいえ、ドアツードアーで一時間弱はかかるようです。大卒から数えて、70年近い、労働人生。
「定年後も働くことで得られる重要なメリットは、『社会とのつながり』を保ち続けられることだ。仕事をしていれば社会との接点を失うことはなく、かつ仕事は必ず世の役に立っているのだから『誰にも必要とされていない』などと感じることもない。加えて、仕事は体を必ず一定程度使うものであるから、健康維持・体調管理によい効果があり、日々決まった時間に仕事をすることで生活のスケジュールもきちんと立てられる。まさに一石二鳥、三鳥だ」
還暦以降の第二の人生では、「悠々自適」ではなく「悠々自労」で生きていくべしとの教えも、おっしゃる通りだと思いました。
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私も再就職するわけでもなく、起業するわけでもありませんが、「封筒貼り」を多少はしていますから、ある意味で、原則「晴耕雨読」を実践しており、「悠々自適」とまではいかなくとも「悠々自労」の生活をしているといえば、していると言えるのではないかと思いました。
「封筒貼り」の仕事のために、時々、都内に出て前の会社に立ち寄ることもありますから?
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「90歳まで働く」といえば、テレビでは田原総一朗さんを見かけますが、この前、亡くなった渡邉恒雄さんもいたかと。1926年〈大正15年〉5月30日 - 2024年〈令和6年〉12月19日)。享年98ですから!
渡邉さんは自動車通勤だったでしょうが、90歳で、早朝出社といえども、電車通勤は厳しくなってくるでしょうね。前期高齢者3年目の私でさえ、たまに乗る朝9時前後のJR東日本の満員電車には閉口します。まれに朝6時ごろ乗っても坐れることはありません(さすがに満員電車には非ず)。
乗車時間が片道20分程度で、通える会社ならベターでしょうが、渡邉さんのような自動車通勤ができる身分の高齢(高給?)サラリーマンはさすがに少数派でしょうね。
それでも、「仕事で『社会とのつながり』を持ち続けることは、『共存』の大前提だ。社会との接点を持ち続けるためという視点で選り好みせずに仕事をすることで、もらえるお金の多寡にかかわらず、高齢者は幸せになれるのだ」との郡山さんの指摘には頷くものがあります。
まぁ、「封筒貼り」、しばらくやりますか?
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余談ですが。
内館牧子氏の『終わった人』(講談社)を以前一読したことがあります。その映画版も拝見しました。
原作の内容は以下の通りです。
――衝撃的なこの一文から本書は始まる。大手銀行の出世コースから子会社に出向させられ、そのまま定年を迎えた主人公・田代壮介(舘ひろし)。仕事一筋だった彼は途方に暮れる。年下でまだ仕事(美容師)をしている妻は旅行などにも乗り気ではない。図書館通いやジムで体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
どんな仕事でもいいから働きたいと職探しをしてみると、高学歴(東大卒)や立派な職歴(大手銀行出身)がかえって邪魔をしてうまくいかない。妻や娘は「恋でもしたら」などとけしかけるが、気になる女性がいたところで、そう思い通りになるものでもない。これからどうする? 惑い、あがき続ける田代に安息の時は訪れるのか? ジムでのある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回す──。シニア世代の今日的問題であり、現役世代にとっても将来避けられない普遍的テーマを描いた話題沸騰必至の問題作--とのこと。
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冒頭書き出しは、63歳の役員定年で専務をやめてハイヤーに乗って自宅まで戻ることになる男(舘ひろし)の回想から始まります(映画も同じ)。
出向先であっても専務で退職するなんて恵まれているじゃないかと(映画では専務の席は「個室」ではなく、社員と同じ大部屋にあり、ちょっと仕切っているだけ)。しかし、東大法学部を出て、大手トップ銀行に入り、順調に出世街道を走っていたのに、50歳を前に社員30人程度の子会社に出向、そして転籍退職で、その子会社の専務止まりでサラリーマン人生を終える…というお膳立てです。
それでもまだ恵まれている? 退職するまで年収は1300万あったということですから……。
郡山史郎さんの会社人生は、「七転び八起き」的なところもあります。国内のみならず国外(米国市場)でも活躍していた点で国際ビジネスマンといっていいでしょう。
そして還暦以降も「終わった人」にならずに、しかし、マイペースで古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、米寿(88歳)を超えて90歳(卒寿)になっても働く日々。
佐野史郎さんや館ひろしさんが、還暦以降の郡山さんの役を演じて映画化すれば、面白い作品になるのではないでしょうか。『死ぬまで終わらない人』とか。
そんな映画が制作され公開されれば、映画館は中年・高年・老年世代で連日満員御礼となるのでは?
90歳(卒寿)を越えても働く人は『国宝』以上といってもいいと思いますから?
では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。






































