みんな本や雑誌が大好き!?

みんな本や雑誌が大好き!?

現代史ほか,さまざまな本の紹介をしていきます。皆様の読書の参考になれば、こんな本があるのかといった発見になれば幸いです。

重厚長大本の平山周吉氏の『天皇機関説タイフーン』(講談社)は未読・「積ん読」なれど、高世仁氏の『拉致 封印された真実』は読みました(但し、先ずは上巻のみ)。そして和田春樹さんの髙世さんへの謝罪を知りました!

[2026・5・17・日曜日]

 

 

 

前期高齢者になって2年が経過。古希まで2年ちょっと。歳を重ねるにつれ、もともとなかった筋肉や体力。それが減少することを感じるこのごろ。読書に関しても、還暦すぎてもメガネ不要だったのに、ダイソーの110円(税込)の老眼鏡を複数買って、新聞読むのにも必要になりました(テレビはまだ不要?)。

一昔前の活字の小さい文庫本はちょっと読む気力がなくなりました。

電車でも立った時には本を読む気力が減退。読む本も400頁を越えると分厚いなと感じてしまい「積ん読」にすることも。昔は1頁45字×21行で600頁の本なんか一晩で読んでやると意気込んでいましたが、いまは……。「本好き」人間とてそうなるのですから、「女好き」人間も同様の体力減退を感じておられるのではないでしょうか?

 

「積ん読」本の山々。例示すると……。

平山周吉氏の『天皇機関説タイフーン』(講談社)など。たった460頁なのに?

いつになったら読破することやら?

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ということで、高世仁氏+NK917の『拉致 封印された真実』(旬報社)を読みました。上下二冊。どちらも350頁を越えていますが400頁未満。この程度なら? でも、とりあえず上巻を読み終えました。

 

拉致問題に関しては、私の記憶では1990年代の頃から関心をもっていました。週刊文春などで、拉致被害者が北朝鮮を訪れた東欧の人に「手紙」を託して日本にいる家族宛てに自分たちが北朝鮮に捕らわれている事実を伝えたことなどが報じられたことがあったかと。そのほか、北朝鮮からの亡命者・安明進さんの「告白」「告発」などもありました。安さんの本『北朝鮮拉致工作員』(徳間書店)が出たのが1998年でした。

 

それ以前にも、北朝鮮に拉致されて逃げ出すことに成功した韓国の映画監督夫妻(申相玉&崔銀姫)の手記(『闇からの谺: 北朝鮮の内幕(上下)』(文春文庫)が出たのは1989年。そのほか、主だった拉致関連書は大概読んできました。

 

その時点で、状況証拠の点では、北朝鮮はクロだったと思います。

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著者たちは、29年に及ぶ国内外への綿密な取材と20年以上眠っていた極秘資料を含む未公開情報を駆使して「拉致」をめぐる北朝鮮の情報戦(プロパガンダ)に翻弄された被害者家族や日本政府やメディアや言論人たちの実相を追究しています。

 

本書では、安氏への取材経緯のほかにも、横田めぐみさん拉致問題に関して、先行的取材をしていた石高健次さん(『これでもシラを切るのか北朝鮮: 日本人拉致続々届く生存の証』カッパブックス)やュだ長谷川煕さんのアエラの記事(1997年2月10日号)などにも触れています。西村眞悟さんの国会質問なども出てきます。読んでいて、そうそう、そういうこともあったなと。

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拉致問題に著者たちが関わりを始めた直接のきっかけになったのは、一九九七年二月、元北朝鮮工作員の安明進氏を取材したところからだったそうです。「新潟から拉致されてきた日本人女性を、北朝鮮・平壌で見た」という彼の証言は、横田めぐみさんの初めての目撃証言として日本社会に衝撃を与え、政府によるめぐみさんの拉致認定につながったのですが、この証言に関しても、ウソ、誇張等々だと批判する北朝鮮贔屓関係者がいたものです。

 

その代表といえば、言うまでもなく和田春樹さん。

本書でも、彼の拉致否定論(?)ともいうべき「世界」掲載の「日本人拉致疑惑を検証する(上下)」という論文(2001年1月号&2月号)への言及があります(本当にひどい論文でした。こんなのを載せた「世界」編集長の見識を疑いますね。その人、後に社長にもなったかと思いますが、退社後に刊行されたであろう、岩波書店から出ている蓮池薫さんの『日本人拉致』(岩波新書)や渡辺周氏の『消えた核科学者──北朝鮮の核開発と拉致』を読まれているでしょうか。また、脱北問題を論じたチョン・スユンさんの『波の子どもたち』も読まれていることでしょうか? 『波の子どもたち』は、私もこれから読むところです。

 

韓国批判は匿名人間(T・K生)を使って『韓国からの通信』(岩波新書)などで散々やっておきながら、北朝鮮批判を誌面では展開することのなかった、すでにお亡くなりになっている安江良介さんは、これらの岩波から出た北朝鮮幻滅本(?)を天国(?)でお読みになっているでしょうか?

 

この前の沖縄タイムスのあっと驚く投書風に記すとこうなるのかもしれませんね?

 

あの投書は、「辺野古事故デマは許されず」と題した57歳(男)の投書ですが、この方は、事故の犠牲者に哀悼の意を表しつつも「事故の責任を抗議運動の主体者や、平和学習を主催した学校側に向ける心ない思い込みやデマの拡散は決して許されない」として「まず、事故を生起させたそもそもの『元凶』を見誤らないことだ。沖縄の民意を踏みにじり、その美しい自然を破壊し、無用な軍事基地を問答無用で押し付ける日米の国家権力側に屈してはならない」と指摘しています。

 

まぁ、この記述からして、かなりの左翼系の反戦運動家だと分かります。沖縄タイムスでは常連投書者として名を知られている方のようです。そしてこの方は、結語としてこう書いていました(この箇所は不適切だったということでカットされることに?)。

 

「天国から二人の声が聞こえてくる。『誹謗中傷にめげず、抗議行動を続けてほしい』と」

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その筆致を真似すると?

 

「北朝鮮・金サマが拉致したなんてデマは許されず」と題して、北朝鮮内の一部堕落した身勝手な組織の一員によって拉致された犠牲者に哀悼の意を表しつつも「拉致の責任を主体思想運動の主体者や、平和学習を主催した北朝鮮政府側に向ける心ない思い込みやデマの拡散は決して許されない」として「まず、拉致を生起させたそもそもの『元凶』を見誤らないことだ。朝鮮半島人民の民意を踏みにじり、その統一への思いを破壊し、無用な軍事基地を問答無用で押し付ける日米の国家権力側に屈してはならない」と指摘。

 

「天国から二人(安江&金)の声が聞こえてくる。『誹謗中傷にめげず、日本の核武装への抗議行動を続けてほしい』と」

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まさかね? 本書もお読みになるといいのに? 

なお、T・K生の『韓国からの通信』の偏向ぶりに関しては、西岡力さんの『日韓「歴史認識問題」の40年』(草思社)内の「岩波書店と『T・K生』の罪」と題した章(第5章)で、光州事件などを大々的に取り上げた『T・K生』の『韓国からの通信』を具体的に検証し批判しているので一読されるといいと思います。

 

そのエッセイはさすがに?『韓国からの通信』(岩波新書)には収録されていないとのことですが、雑誌「世界」の記事(1980年8月号)では、「大学生一人を軍用トラックで引きずって無惨にも殺した」し、ある女子高校生が「校門のところでお友達二〇名が血を流して死にました。教頭先生も軍人たちの剣につき刺されてなくなりました。ああなんて恐ろしい」「死者は二千名に上る」…と書かれていたそうです。

 

しかし、西岡氏によると、「これらの『証言』が事実だとすれば、恐るべきことと言うしかないが、事実ではなかった」とのこと。

その後、誕生した左派政権下でも、この事件に関して詳細な調査がなされているが、「かつて弾圧された側が調査したにもかかわらず、当時の韓国軍が無差別虐殺をしたという事実はまったく出てこなかった」という。

 

「つまり、軍人が、自国民に対して虐殺をした、2000名殺した、無抵抗な女子高校生を刺し殺したといった『証言』は真っ赤なウソでしかなかったのである」

「ソウル地検が発表した死亡者は193人うち民間人は166人、軍人23人、警察官4人だった。だが、このT・K生の文章から日本人読者がイメージするのは、韓国軍の恐るべき残虐さである。T・K生は、何としてでも韓国の軍隊そのものを否定し、韓国軍が存在しないほうが韓国(あるいは北朝鮮?)にとっていいことなのだという政治的意図を主張したくてウソを書いたのではないかと疑ってしまう」。

 

同感です。

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ウソといえば、『拉致』の著者(高世氏)に対して、こんな誹謗中傷を和田春樹さんはやっていたそうです。

 

「安明進証言は嘘だと主張するだけでなく、和田氏は攻撃の矛先を私たち取材班にまで向けてきた」とのことで、2022年に刊行した『日朝交渉30年史』(ちくま新書)で、高世仁氏の取材内容(安インタビューでの横田めぐみを見た云々の放送内容)で、~まったく事実にもとづかない誹謗・中傷」をしていると抗議したそうです。すると、和田さんは2025年10月4日付けで「謝罪文」を送ってきて、「高世仁様に深く謝罪して、誤った記述を取り消し、二度とそのようなことを書かないと誓うものである」とのこと。

 

高世さんは「和田氏の言説は、私たち取材者だけでなくテレビ局と番組の名誉を棄損するものである。そして同時に、安明進証言の信憑性を貶めるものであり、こうした誹謗・中傷は見過ごすことができない」と。

これまた同感です。

 

「世界」で書いた「間違い」に関して、横田夫妻などにも同様の「謝罪」をしているのでしょうか。記憶は薄れていますが、あの論文では、めぐみさんは拉致に非ずとほぼ断定していましたからね。

 

この和田さんの一件は、『拉致』上巻の90~94頁の『安明進「捏造報道」疑惑に答える」というコラムで詳述されています。この箇所だけでも立ち読みされるといいでしょう。それにしても、2022年に刊行された『日朝交渉30年史』(ちくま新書)でもまだそんなことを言っていたとは。そっちも読んでみることにしました(取り急ぎ関連箇所だけ)。

 

和田さんの本だと、64頁から70頁にかけて、高瀬批判、佐藤勝巳批判が展開され、「今日振り返ってみて、安の話はほとんどが虚言であったと考えてよいと思われる」(70頁)とまで指摘しています。よくおっしゃいますこと? 天に唾する?

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『拉致』(上)の中で、拉致関連書などに出てくるエピソードなどは記憶の再認識にもなりましたし、へぇ、そんなこともあったのかと認識を新たにすることもありました。

 

著者の基本的姿勢は以下の通りです。

〈私がこの本を執筆しようと決意したのは、なぜ拉致問題がこれほどまでに進展しないのか、その根本的な理由を徹底的に探りたいという強い思いがあったからだ。この問題に四半世紀にわたって関わってきた者として、事態が膠着したまま「空白の日々」が過ぎ、世間の関心が薄れていくことに、大きな責任を感じてもいた。

 

拉致問題は、〝今、どの地点にあるのか〟を明確にしたい。拉致の真相はどこまで明らかになったのか。なぜ、たった五人の被害者しか帰国できていないのか。そして、問題が進展しない本当の理由は何なのか。拉致をめぐる膠着状況に風穴をあける情報を求め、私たちは帰国した拉致被害者、北朝鮮工作員とその協力者、日朝両方の交渉当事者らに取材を重ね、これらの問いに答えを出すことを目指した。

 

拉致は国家主導の犯罪であり、問題が解決しないのは、ひとえに北朝鮮の責任であることは言うまでもない。だが、取材を進めるうち、私たちは日本政府の姿勢にも多くの疑問を持つようになった。二〇一四年、日本政府は、拉致被害者である田中実さん、金田龍光さんの二人が「生存」しているという衝撃的な情報を北朝鮮から知らされていた。ところが政府は、いまだに二人に面会を求めることもなく、〝見殺し〟にしている。さらにこの重大な事実を、政府は国民にひた隠しにしているのだ。私たちは、政府の情報隠蔽が、拉致問題の進展を妨げる要因になっていることを深く懸念している。

 

本書では、数々の極秘資料を含む入手可能な限りの未公開情報と、一九九七年以来の独自取材で得たスクープ情報を用いて、「拉致取材の到達点」を示したつもりである。どうすれば拉致問題を解決していけるのか。そのヒントをこの本から見つけ出し、私たちとともに考えていただければ幸いである〉(「はじめに」より)

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御指摘の通り、悪いのは北朝鮮ですが、日本政府の側にもいろいろと問題点があったのも事実でしょう。たとえば、本書では、横田めぐみさんの遺骨鑑定をめぐっての「針小棒大」的なものがあったのではないかという「疑惑」なども追及しています。鑑定人の不可思議な職業遍歴なども追及しています。北朝鮮が提供した骨壺の「歯」はなぜ隠されたのかといった点などです。

 

個人的には?まぁ、「目には目を、歯には歯を、ハニトラにはハニトラを、謀略には謀略を」……といった風に、情報戦争をめぐって、日本政府がやった若干の「反撃」になるのかなと思ったりもしました。

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そのほか、小泉訪朝後に安否不明者の再調査などのために、外務省関係者以外に警察関係者(北村滋警備局外事課長)も同行した経緯なども記されています。

 

「警察チームの七人は北朝鮮側のだれとも握手せず、歓迎夕食会も欠席した。盗聴などを警戒して相部屋とし、北村課長は二四時間態勢で待機していた」

 

北朝鮮訪問時の経緯は、北村さん自身が回顧録『外事警察秘録』(文藝春秋)でも記していました。外務省関係者が警察関係者は相部屋がお好きですかと質問したとか。

 

私はこの箇所に関しては、ハニトラを警戒して(?)相部屋にしたのだと思っていましたが、「盗聴」も? 共産圏のホテルの部屋には不釣り合いなほどの大きな鏡があったと思いますけど? 盗撮・盗聴にはダブルでご注意をしないといけませんね。

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さて下巻を読みますか……。上下巻あわせると700頁を越える本ですが、分断されると読みやすい?

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これでもシラを切るのか北朝鮮 (幻冬舎文庫 い 15-1)

 

 

北朝鮮現代史 (岩波新書)

 

 

 

拉致と決断(新潮文庫)

 

 

 

韓国からの通信〈第3 1975.7-1977.8〉 (1977年) (岩波新書)

 

韓国からの通信〈続(1974.7-1975.6)〉 (1975年) (岩波新書)

 

「韓国からの通信」の時代―韓国・危機の15年を日韓のジャーナリズムはいかにたたかったか

 

 

「世界の果て」はニュージーランドで、「日本の果て」は利尻島か札幌?

[2026・5・16・土曜日]

 

 

 

最近、本屋大賞などの選考委員であるところの「書店員」さんが伸してきているように思えます。「書店員」による本も出ています。ブログで紹介ずみですが、先日も『書店員の怒りと悲しみと少しの愛』(knott books)という本を読みました。

筆者の一部に、ヘイト本がどうのこうのと擬似インテリぶった感じの「書店員」もいて、閉口もしましたが、何人かの書店員による「本屋からの嘆き」などに関しては、同情もするし共感したりするところもありました(付録付きの雑誌や本などに関して、その設営を書店任せにしていることへの不満など)。

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関連書として、1988年生まれの工藤志昇氏の『利尻島から流れ流れて本屋になった』(寿郎社)を読みました。札幌の三省堂でお勤めのようです。書店員としてのいろいろな業務上の問題点(取り次ぎ等々)などに触れるエッセイもあるにはあるのですが、どちらかというと、書店員としての仕事エッセイより、日常茶飯事のエッセイが多いのに、ちょっと違和感を抱きました。

といっても、それは、上記の『書店員の怒りと悲しみと少しの愛』を読んだあとに読み出したので、同じように書店員としての愚痴というか書店をめぐる問題点をいろいろと論じているのかという先入観があったからかもしれません。

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引き続く形での関連書として、杉浦正人氏の『書店に行くとだいたいイイコトが起こる』(草思社)を読みました。

 

著者略歴には、生年がなくて、「2005年に大手書店に入社」とあるだけ。ネットを見ると神保町の三省堂にお勤めのようです。ヘイト本がどうのこうのといったつまらない話題は出てこないので、安心して読めます?

 

原則、見開き二頁でコンパクトにワンテーマを論じながらのエッセイ本です。「2カ月に1冊以上本を読んでいたら自信を持って読書が趣味と言っていいと思います!」というのは、いくらなんでも「針小棒大」のような気もしますが? 年間6冊ちょっと本を読んで、「読書が趣味」とまで言っていいもの?

 

「二カ月に一カ所」、やよい軒、吉野家、大戸屋、サイデリア、デニーズ、ガスト、安べゑなどを飲み歩いて、「私はグルメ」「趣味はチェーン店めぐり」とまでは言わないでしょうから?

 

とはいえ、敷居を低くして、本好きの人が増えて「読書の話が、天気の話くらい気軽に交わされる世の中」を実現したいという思いがあるから、そういう言葉(「2カ月に1冊以上本を読んでいたら自信を持って読書が趣味と言っていいと思います!」)も出てくるのでしょう。

 

三省堂が3・19に新装オープンして三度ほど覗きましたが、一階など含めて、以前より狭くなった感じですね。また、最近の新刊書店は、本の宣伝のためでしょうが、あちこちから、本の宣伝文句が人工音声で奏でられます。雑音、騒音苦手人間の私にとっては、ちょっと足を運ぶことが少なくなりました。もちろん、ブックオフのような酷さではありませんが、それでもBGM含めてゼロで「静寂」「無音」がベストと思っている人間からすると、新刊書店はほぼ「魔境」ですね。

 

図書館はまだそういう人工的な雑音などが発生しにくいですから足を運びます (でも、図書館の中には、カウンター式の喫茶コーナーを設けて[それはまだいいのですが]、さらに館内にBGMを流す狂人まがいの図書館もあります。信じられない野蛮というしかありません。反文明的ですね)。自宅で、アマゾンの画面(本関連)を見る時は、もちろん、そういうものはほぼありえません。

 

「書店に行くといろいろとイイコトが起こる」可能性は大だと思いますが、「書店に行くといろいろとワルイコトも起こる」のが現状ですね。そのあたり、改善されると尚いいのにと思いました。貧すればナントカになっていませんかね?

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引き続きの関連書として、ルース・ショーの『世界の果ての本屋さん』(晶文社)を手にしました。

 

「世界の果て」といっても、ニュージーランド最南端の人里離れたマナポウリ湖のほとりだそうです。そこで、小さな書店を2軒+1軒経営しているとのこと。現時点では「積ん読」状態です。そのうち読むかな……。書店物語以前に自叙伝的な本で、面白そうですが。

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車内での読書は時間潰しの最高の贅沢。スマホで時間をつぶすなら「無音」にてお願いします?

[2026・5・15・金曜日]

 

 

 

1963年生まれの近藤康太郎氏の『本をすすめる 書評を書くための技術』(本の雑誌社)を読みました。朝日の記者もやっているそうです。

 

読書のすすめというか、書評を書くための技術などを実体験に基づいて書かれています。こちらもブックレビューというか、そういうものを書いている人間なので、いろいろと参考になりました。

 

主要新聞の書評欄は全部読む、買った本なら線をひきまくるとか、付箋をつけるとか、あちこちの図書館で借りた本を読破するとか……。まぁ、おっしゃる通りかと。

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引き続き、同じ著者・近藤さんの『百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)を読みました。

 

中年過ぎて警察捜査の張り込みなどをやらされている時、チェーホフを読んだりしたこともあったそうです。新聞記者も「待機」する時間がけっこうあるそうで、先輩記者がミルを読んだりしていたのに学んでの読書の選択だったとのこと。けっこうなことですね。

 

私も、映画を見る時(昔は「二本立て」とかありましたから)映画と映画の間の時間にも本を読んだりしていたものでした。意地というか、最良の時間潰しだったからです。

 

「本読みは、人を安心させる。本を読む人間は、あたりまえだが、識字能力がある。ましてや大部の本を読むような人間には、忍耐力があるはずだ。集中力がある。想像力があって、共感する力もある。べつにわたしはネットを否定しているわけではない。たしかに便利だし、わたしも仕事で毎日使っている」

「ただ、想像してみてほしい。寸暇を惜しんで、ところかまわず、会見場でも、電車待ちのホームでも、地下鉄の座席でも、どうかすると彼氏/彼女と会っていてさえも、いつでもスマホ画面をのぞき込んで、ネットニュースなのかツイッターやインスタグラムなのか、なにかを読んでいる人は、人を安心させるだろうか。忍耐力がある、集中力がある、想像力があって他者に共感する力のある人だと、そう思って心を許すだろうか」

「本を読むとは、孤独に耐えられるということも意味する。世界で一人きりになっても、本の世界に遊ぶことができる」

 

まぁ、ほぼ、おっしゃる通りですね。

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つい先日、新幹線に乗りました。三浦朱門さんが、かつて、新幹線の二人掛け座席、若い男女が並ばないように国鉄は意図的に操作していると指摘したことがあったかと(冗談半分で?)。

昔は窓口で新幹線指定席切符は購入していました(今は、自宅のパソコンから座席指定もできますから、そんな区別は不可能?)。

 

ですから、だいたい?新幹線の二人掛け座席だと、隣が男というパターンが多かったのですが、そのときは、窓側が私で通路側が女性でした。乗った駅ですでに女性が座っていました。一瞬顔を見ましたが、若い女性のように思えました。

 

私は窓側に座り、瞬時に文庫本を読み始めましたが、お隣の女性は、それから3時間半ほどの間、ずっとスマホをいじっていた(ように感じました)。まぁ、人それぞれです。

隣席の人が、パソコンをガチャガチャ操作したりすると、その「騒音」は耳障りになりますが、スマホをマナーモードでいじる分には、いくらいじっても迷惑行為にはなりませんから。

(読書とて同様でしょう。黙読する分には迷惑行為にはなりません)。

 

新幹線などに黄金週間などに乗ると、餓鬼が騒々しいことがしばしばでしたが、スマホかなにかをいじってゲームでもしていれば、昔よりはマシかもしれません(ピコピコ音をたててゲームするバカ親子がいたりすると閉口しますが、マナーモードならノープロブレムです)。

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。

 

 

 

 

 

 

 

 

「忌まわしい歴史的事実」は「針小棒大」にせずに、「事実は事実として冷静・客観的に観て、歴史の教訓とすべきである」との常識がない方への良書?

[2026・5・14・木曜日]

 

 

軍事史学会編の『第二次世界大戦(四)  戦いの諸側面』(錦正社)を拾い読みしました。

 

庄司潤一郎氏の序『第二次世界大戦終結八〇年に当たって』から始まり、さまざまな戦闘の諸側面について、それぞれの専門家が書いた論文が収録されています。

 

まず読んだのが、等松春夫氏の『スペイン内戦と日本』。ノモンハンのころと重なるスペイン内戦。戦地に日本軍人も派遣され、ソ連製の兵器などの性能などを追究していたとのこと。

読みながら、ウクライナにも自衛隊関係者がでかけて、ドローン等々の兵器の実用性に関して追究しているのかどうかが気になりました(やっていますよね?)。

 

朝日特派員などは、フランコ、共和国側双方に等しく取材をしつつ、紙面の記事はフランコ贔屓が強かったようです(まぁ、フランコが勝って、第二次大戦にも中立を守り、国内粛清も共産圏に比べれば「穏やか」であったという点で、よかったのではないかと私は思います)。フランコがカトリック側だったということもあり、当時の日本のヴァチカンへの対応なども是々非々というのか我田引水というのか、右往左往もあったようです。勉強になりました。

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あと、原剛さんの『731部隊と細菌戦」

いろいろと研究をしていて、もしかしたら、日本が細菌兵器を対米戦闘で使うという可能性もあったようですが、天皇や東條は細菌戦に反対したとのことです。

 

「天皇や東条が、細菌戦に反対したのは、国際法に反するばかりか、アメリカ軍による報復攻撃を恐れたことである。日本軍が細菌を使用すれば、日本の何倍もの細菌戦能力のあるアメリカ軍に報復の名目を与えることになる。もし日本軍が風船爆弾に細菌弾を使っていたら、恐らく東京は原子爆弾投下より前に、細菌戦攻撃で大被害を被っていたであろう」

核兵器についても、今、それがいえそうですね。昔の日本が今の北朝鮮? 彼らとて「報復攻撃」への「恐れ」はかろうじてあるでしょうから?  でも「核の傘」があるのかどうか?

「目には目を、歯には歯を(核には核を)」の防衛態勢が確立できているかどうかはよくよく考えておく必要があるかと。

 

当時、中国相手だとそれ(細菌兵器による報復)がないからやってたみたい?

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さておき、「731部隊に関することは、日本にとって忌まわしい歴史的事実であるが、事実は事実として冷静・客観的に観て、歴史の教訓とすべきである」との結語。

 

左翼も森村誠一さんも、ニセ写真を使わなければ、もっと説得力が増したでしょうに。『悪魔の飽食』(光文社)の写真の嘘を暴いた、当時の日経のスクープは立派でしたね。

 

「急いてはことを仕損じる」ですね。

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アメリカ民主党 失敗の本質』に続いて『アバンダンス 「豊かな時代」を呼びさませ』を読んで……。少しはマシな「反トランプ」の雄叫びが聞こえてくる?

[2026・5・13・水曜日]

 

 

前のブログで、ジョン・B・ジュディス&ルイ・ティシェイラの『アメリカ民主党 失敗の本質 「中間層・労働者」は、なぜ「トランプ支持」に突き動かされたのか』(東洋経済新報社)を紹介しました。

本書の日本語版解説を書いている会田弘継氏によると、この筆者のお二人は「右翼ではない。筋金入りの左派」であって、欧州の社会民主主義者に近い「民主社会主義者」ないし、それへの共感を隠さない知識人だそうです。要は、本当の意味でリベラルな識者によるリベラルを偽称するニセリベラルともいうべき極左勢力を論破した本といえます。

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同じように、本当の意味でのリベラルに近いのではないかと思われるエズラ・クライン&デレク・トンプソンの『アバンダンス 「豊かな時代」を呼びさませ』(NewsPicksパブリッシング)を読みました。

 

お二人は1984年生まれ(クライン)、1986年生まれ(トンプソン)の若い世代です。「日本語版解説」を書いている森川潤さんによると、それより上の「世代の左翼たちが旗印にしてきた『資本主義が悪い』『富裕層や大企業が悪い』という論点では、若い世代にアピールできない、つまりトランプには勝てないという明確な意識をもっている」とのこと。

 

まぁ、オールドリベラルに対抗するニューリベラルといったところでしょうか。だから、アバンダンスせよと。

 

「アバンダンス」(abundance)とは、「あり余るほど豊かな状態」「豊富」を意味し、近年アメリカで政治・経済・社会の未来を語る際の最重要キーワードだそうです。日本の「もったいない」の対極にある概念で、対義語はscarcity(「不足」「欠乏」「希少」などの状態をさす言葉)だそうです。必要なものが十分にある社会の構築を目指す……。

 

このお二人も、共和党や右派にモノ申したい点も多々あるものの、『アメリカ民主党 失敗の本質 「中間層・労働者」は、なぜ「トランプ支持」に突き動かされたのか』の著者ジョン・B・ジュディス&ルイ・ティシェイラと同じく、広義の左派の病理に的を集中して論じています。右派の欠陥以上に、自分たち左派陣営の病理・堕落が見過ごせないのでしょう。そんなことではトランプに勝てないぞと。

 

脱成長だの、肉食をやめようとか、そんな主張をする暇があれば、高速鉄道を作ればよかったのに、それも作れないまま。「豊かな時代」「豊かな社会」の何処が悪い?「貧しい社会」「清貧な時代」がいいのか?

 

お風呂に入った時に、湯が湯船からあふれるほど「アバンダンス」でなくてもいい、でも、自分が湯船に入っても、肩までもお湯が届かないのはいかがなものか。「贅沢は敵だ」「地球を救え」といったスローガンをがなりたてるような「軍国主義者」も「平和(環境)運動屋」もどちらも海の藻屑になってくれたほうがいいでしょうね。そのための一冊かなと思って一読しました。

『アメリカ民主党 失敗の本質』ほど共鳴はしませんでしたが……。読んで損はしないと思いました。

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。