meet 大和田菜穂さん
一冊目の本を手にしてからやっと。菜穂さんに、初めて会いに行った。心地よいヨガと、静かなトークが融合した、穏やかなリトリート。参加者はほぼ女性、みなさん、当たり前だけど普通で、優しくて、終始なごやかな雰囲気だった。彼女のコミュニティのメンバーさんがほとんどだったから、一人きり、どんな雰囲気、空間なんだろうと心配はあったけれど、居心地は悪くなかった。菜穂さんは、メンバーさんの仲良しの方に気さくに色々話しかけていて、いいなー♡と、コミュニティーが羨ましく思えた。彼女の美しさ、強さ、賢こさ、キャラクターそのものが大好き。これは単に好みの問題なのだろうか。あんなふうになりたい!素直にそう思う。輝いている。今までの自称他称偉い人、宇宙のシステム、悟り、を知っているという人には、あまりいい印象がなくて惹かれなかったけれど、彼女は本当にピュアで、自由で、魅力的。偏った、スピリチュアルや悟りのイメージからくる、もっと優しい、良い人間になりなさい、賢くなりなさい、というような、上を目指させるような、自分に近づきなさい、というような何かがない。ただただ、自由で、楽しそうで、美しい!これ以上にならなくていい、何かを、待っていた。それも、口先だけで、あたなはそのままで完璧なんだ!なんて甘言や逃げではなくて。本当の真実、あるがあまま。誰よりも強く、賢くなろうとして、がんばっても、ぜんぜん報われない。優しくなろうとして、どれだけいい人になれても、それでも足りなくて、どんどん敵は、強敵になっていった。どれだけ目指してるものに近づいても、打ちのめされて、また行ったり来たり。自由になりたいのに、いつまでも自由になれない。終わりがない。最後は結局、こんな自分を好きになれないまま。彼女の存在は、救い。わたしにとっての救いだったけど、そうじゃない。わたしには聞こえない、本当の自由からの声。菜穂さんに会うのが、真実に目を向けるのが、怖かったのかもしれない。何かを何とか手に入れられるという希望が失われるからかもしれない。大好きな存在、唯一の拠り所だけど、自分はいい人間じゃないから、ピュアで優しい人たちの集まりについていけないかも、水が合わないかも、、、そういう風に思ってたけど、わたしは、もっと奥の方で、躊躇していたのかな。彼女に触れてから、色んな理解や、変化があったように思う。分かったような気持ちになるときも。わかった!やったー!だけど、分かったような気持ちは、満足は生むけれど、わたしにとっての満足は、結局自由には関係ない。逆に、都合の良い理解で、今を、自分を、補完してるだけのように感じる。そして結局、嫌な気持ちになる。苦しいことも、怒ることも、悲しみも、恐れも、逃げるものじゃなく、それがあるから、喜びもある。理解も、分からない知りたいの対となる、片側でしかない。経験のひとつでしかない。菜穂さんが繰り返し繰り返し言うのは、わたしには分からないことを分かったと思っていることに、違うよって、それは求めていることではないよと教えてくれているのかな。全てだよと。奥が深い。彼女と入れ替わって、見てみたい。世界を愛と、感じてみたい。入れ替わる誰か、は、いない、って言われそう。笑リトリートが終わってから、彼女に写真とハグをお願いして、会えて嬉しかった~って、素直に抱きついたら、また会おうね!って言ってくれた。それだけで、全てが受け入れられた気がして、彼女をどう見て、どう接したらいいか、挙動不審どぎまぎしていたけど、本当に、嬉しかった。また、会いに行こう。