いろいろと考えて、いろいろと答えが出た。

泣きたくなるのはきっと、歳を重ねるごとに自分の責任だの背負ってるものだのが大きくなってきてるからだろう。とか、僕にとって今日を生きると言うことは、今を生きると言うことは、過去を、そして未来を生きることだとか。その反対に、過去や未来を生きることは僕にとって今を生きることでもあるのだと。
 昨日、『ホテルビーナス』を観た。クリスマスイブ、正確には25日未明だからクリスマスに一人で。

 今年は一人のクリスマス。街を一人で歩くのは、さびしい。いつかは、来年は、、と思い、辛酸をなめた。このクリスマスが終われば、街は一気に年越しムード、いよいよ今年も終わりだ。24日、さいたまスーパーアリーナで『Mステスペシャル』を収録してた。帰りしな、横目で見ながら、片やお祭り騒ぎ、片や一人のクリスマスを思い、なんだか不思議な感覚になった。例えば僕が向こう側の人間で、向こう側の人がこっち側の人間だっておかしくはないのに、どうして僕はひとりぼっちなんだろうって。

 今日はいろいろ考えてみた。たいしたことじゃないけど、いろいろと。彼女から聞いた話によれば、東京-長崎間を結ぶ夜行列車「さくら はやぶさ」が3月のダイヤ改正とともに姿を消すという。「どんどん遠くなっちゃう」そう彼女はつぶやいていた。友達も、昔の女も、会社の上司も、みんな口をそろえて「遠距離は無理だ」という。「全員がそうとは言わないが、周りの遠距離の人はみんなだめだね」と。「私は遠距離なんてありえない」とか、「よく続いてるね」といわれる。でも、たとえ合えない時間が続いても、会いたい気持ちが募るだけで、別れようなんてきにはさらさらなれない。さびしいときや辛いとき、そばに彼女がいなくても、いて欲しいという気持ちが強くなるだけ。分かれるなんて言葉は全然浮かんでこない。例えば違う女の人を隣においてみた。しっくりこないんだな、これが。たとえ違う人、近くにいる人、都合のいい人を置いてみても、その席にはしっくりこないんだな。あの子じゃねぇとだめなんだな。

 僕は最近、一日が長いと思う。昨日と今日の違いがわからない。先週の土曜と今週の土曜の違いがわからない。毎日がすごした日々の繰り返しにしか思えない。なんでだろうって、それを考えてた。きっとそれは、僕が今を見てないからなんだ。来週末は実家にいるとか、来年の春には長崎に行こうとか、今からずっと先の、もっと幸せな、隣にあの子がいる、きっとそんな日を思い浮かべて生きてるんだ。だから一日が繰り返しにしか思えないんだ。そう思った。
 もうすぐ年末。あと二週間で実家に帰れるぞ、、うれしい。。。それまではなんとか乗り切らねば。。。

 僕は高校を卒業する18歳まで岐阜に住んでいた。もともとの生まれは下呂温泉の下呂だ。ただ、生まれて一年たたずに岐阜市内に僕の一家は引っ越したのだ。三重にいたとき、岐阜の大学にいて、市内ににすんでいた子がいたから、いろいろな話をしたが、ついていけなかったヨ、、、多分、自分が住んでるところって案外『灯台もと暮し』ってカンジで知らなかったりするんだと思う。大学ってのは自分で色んなことを責任持ってやる時期だし、何より一人暮らしともなればまるまる一日24時間、何をするかは自分で決めれるわけで。だからちょうど僕はそれが岡山に当たって、実家の岐阜よりも岡山のほうが多少は詳しかったりする。。。と思う。

 岡山にはじめて足を踏み入れたとき、初めて家族とはなれるという現実と、岐阜からずいぶん離れているから当然のように知り合いが一人もいない現実に打ちのめされた。さびしくてというか、「なんでこんな遠くまで来ちゃったんだろう」って自分を責めた。岐阜を離れるとき、「やっと離れられる」って意気込んでいた僕は、初日からつまづいた。やがて友人も出来て女のコともそれなりに付き合い始めて。実家に帰るたびに少しずつ僕は成長した自分を見せていたようだ。帰省は楽しみだった。お金のない時期は確かにきつかった。でも、大学ってのは休暇が長い。春休みは最長で2ヶ月近くあったっけ。だから一時の出費はその後の喜びに変わるのなら安いもんだ。

 岡山に住み始めて四年後、僕は大学を卒業し、進学をする。そのニ年後、僕はホームシックにかかる。その三年後の春、就職できずに僕は岐阜に一度帰り、三重県で就職する。しかしすぐに仕事をやめ、その年の11月にはさいたまで就職する。こんなふうに僕の人生が回ろうとは、ちっとも思ってみなかった。当然、こんな風にあっち行ったりこっち来たりなんて人生はいやだし、これ以上は避けたい。でも、あの頃の僕に今の僕は想像できなかったな。当然なんだけど、ちょっとふけってしまうね。

 早く実家に帰りたいなー。猫と戯れて岐阜の空気を思いっきり吸おう。あと二週間、がんばれ、いや、踏ん張れ、自分。
 17時過ぎに会社を出て、途中にある新都心駅近くのマックで夕食を。18時前に帰宅、さびしすぎる25歳。家に帰ってメールなどをしながら19時前にウツラウツラし始め、気がつけば24時近く。

 遠赤外線のストーブがあるのだが、こいつがクセモノだ、効きすぎる。寒くて眼が覚めてストーブをつけてまた眠ると、今度は暑くて眼が覚める。しかも汗だくで。気持ちの良いわけもなく、グダグダになりながら着ているものを脱ぎ、また眠りに就く。今日の眠りも例外ではない。暑くて眼が覚めた。でも、嫌な気持ちではなかったのよ。なんせ、なかなか面白い夢を観れたから。単にそれは僕が岡山で今年の春まで5年間すんでいた下宿の夢だったんだけど。   
 最後の二年間はゼミが忙しくてなかなか片付けなんて出来なかったな。部屋の中とっちらかってた。でも、夢の中の僕の部屋はきれいに片付いていて、窓の外の風景も変わっちゃあいなかった。すぐ目の前に津山線があって、その向こうには田んぼ。そしてその向こうには堤防をはさんで旭川。その景色を見て、僕はほっと安心し、微笑んだんだ。田んぼの稲はすでに刈り取られ、テレビでは堂本剛たちがゆきだるまを作っていた。きっと、そちらの世界も冬だったんだね。夢から覚めて、眼を開けるまで、この一年は頭の中からスッポリ抜けて僕は岡山の下宿にいるんんだなって感覚に陥った。とにかく、寝起きの寝ぼけはすごいからな、僕は。そんなわけないって気づいたときにはなんだ、そんなもんかって感じだったな。現実はきびしぃのな。

 明日、駐車場のお金を振り込まなきゃいけないからってんでちょいとセブンイレブンまで。『ONE PIECE』と『20世紀少年』を立ち読み。体を気遣って充実野菜などを購入。何か面白そうなものないかなーってんで探してみると、、、あった。。ムーミンのフィギュア付きお菓子、いや、お菓子つきフィギュア『MOOMIN'S CRUNCH 2』!!去年の終わり頃、彼女さんの影響もあってムーミンにはまってしまった僕は、偶然にも岡山のセブンイレブンにて『MOOMIN'S CRUNCH』なるものを発見。彼女さんと二人で買いあさって、ならんだフィギュアを眺めながら恍惚としていたっけ。結局、『MOOMIN'S CRUNCH 2』を二つ購入。。。。 あぁ、また昔が恋しくなってきた。
 
 過去は捕られたものをそう簡単に逃してはくれないのね、、だって過去は装飾されてきらきらと輝くから。だって過去はその先どうなるか、今となってはわかりきってることが多いから、ああしておけばよかった、こうしておけばよかったって考えられるから。

 あ、そういえば彼女さんの持ってた『ムーミン谷の冬』って途中で読めなくなっちゃったんだ、学会だのなんだので忙しくって、気がつけば引越しだったから。明日、コクーンの紀伊国屋で買ってこよっと。そんなことしてるから、またさびしくなっちゃうんだよぅ。
今年で25歳になった。今年初めて、the beatles『let it be』をフルコーラスで聞いた。
いがった。実にいがった。しかし、、、間違ってた。。僕ぁ。。
When I find myself in times of trouble, mother Mary comes to me,
speaking words of wisdom, let it be.

っていう最初のくだり。噛み砕けば『僕が一人で悩んでいると、メアリー母さんが来てすばらしい言葉を教えてくれたんだ、あるがままにって』といったところでしょうか(mother Maryは聖母マリアってよく訳されますが、ポールの母親もメアリーというらしく、どうやら本当の母親をさしているようです。)。それを僕はこう思ってたんですな。『僕が一人で悩んでるとき、メアリー母さんがやってきて英知の言葉を話してくれたんだ。続けてよ。』と。一番大事な『let it be』を続けてよって、、、ヲイ。。
 とりあえず、なにはともあれいい曲とであったわけで。っつっても25年もの間、フルで聴いたことがなかったって言うのもある種の奇跡ですな。しかし、きっとこの曲は、今が出会うときだったんだろうなって思うんです。きっと13や14の僕じゃぁ理解できなかったというか、『あるがままに』って言う言葉を履き違えてたと思う。『あるがままに』と『わがまま』を履き違えてただろう。確かに履き違えたとしても、そのときの僕にはきっとそれがあるがままにって思えただろうけれど。
 あるがままにとわがままにっていうのはかなり難しい、僕はそう思う。紙一重、いや、表裏一体なのかもしれない。それでいて似て非なるものなのかも。自分の思ってるように生きれば、それは『わがまま』になりうるし、だからといって周りの思うように生きてるだけならそれは『なされるがまま』だろうし。あるがままにってなんなんだろう。。。客観的な視点としてあるがままにって言葉があるとしたら、それはちょっとさびしすぎるし。『あるがままに』って言うのは25歳の僕にもちょっと早かったのかな。でも、なんだかわかるような気がする。それは僕が25年生きてきた証なんだろう。
 実家の岐阜から、埼玉に引っ越してきてはや一ヶ月がたった。

 どういうわけか、ここにきて急にさびしくなってきたわけで。彼女は長崎にいるわこっちには知り合いが殆どいないわ会社には友達なんて一人もいないわで。先週の土曜日には大学の同窓会があったのだが、お金がなくていけなかったわで。初回にしては話題が重すぎやしないか。。。。
 一人でシャワーを浴びて、一人で布団を敷いて眠るのはことに辛い。寝ている間はいいが、眠りに就くまでが辛い。最近は大学時代、といっても今年の春まで大学にいたのだが、ついこの間のその大学生活を思い出して泣きそうになる。あの頃はよかっただとか、あんなこと、こんなことあったなって思って。大学時代は早く卒業したいって思っていたのに、今となってはあの頃に戻りたいって思ってる。戻れないのはわかってるし、記憶や過去ってものはとてもキレイに見える性質のものだってこともわかってる。だから、今戻ったとしても、きっと僕は「早く卒業したい」って思うんだろう。だって、去年の今頃、僕は岡山にいたけど、ネットで実家の岐阜をずっと調べてたもん。家が恋しくって、岐阜の空気が恋しくって、岐阜で過ごした時間が待っているようで。何度も目頭が熱くなる思いをした。わかってる、わかってるけど。。。うん、あのころに戻りたい。
 こういうのはなんていうんだろう。home sickならぬtime sickとでも言うんだろうか。ノスタルジーか?なんだろう。多分そんな気持ちになるのは、冬だからだろう。日の暮れも早くなり、寒さは日に日に増してくる。空気は澄んでしんと静まり返り、今年が終わろうとしている。年末に向けて街は騒ぎ出す。そんな中で誰ともその寒さを紛らわすことができず、騒げない僕は、どうしたらいいんだろう。今日も長崎の彼女の写真でも見て、泣きながら寝よう。