2024年度春季号 その9
6月15日の「ホメーロス研究会」の様子です。今回は『イーリアス』第二歌198行目から223行目までです。
オデュッセウスは βασιλῆα καὶ ἔξοχον ἄνδρα(188)、すなわち軍隊で言えば佐官・将官クラスに対しては ἀγανοῖς ἐπέεσσιν(189)で引き留めていました。
一方、一般兵士にむかってはこうです。
ὃν δ᾽ αὖ δήμου τ᾽ ἄνδρα ἴδοι βοόωντά τ᾽ ἐφεύροι,
τὸν σκήπτρῳ ἐλάσασκεν ὁμοκλήσασκέ τε μύθῳ:
δαιμόνι᾽ ἀτρέμας ἧσο καὶ ἄλλων μῦθον ἄκουε,
οἳ σέο φέρτεροί εἰσι, σὺ δ᾽ ἀπτόλεμος καὶ ἄναλκις
οὔτέ ποτ᾽ ἐν πολέμῳ ἐναρίθμιος οὔτ᾽ ἐνὶ βουλῇ: (2-198~202)
方や一般の兵士達を見つけわめいているのを見る度に
その者を王錫で打ち据え言葉で叱りつけた
「なんたることか、大人しく座って他の者の言うことを聞け
お前より優っている者達(の言うことを)、お前は戦に弱く意気地なしで
戦場でも会議でもものの数に入らない奴だ」
198行目の δ(ε) は十行前の殿達に対する μὲν(188)に呼応しています。
199行目には ἐλάσασκεν、ὁμοκλήσασκέ とやはり反復の未完了過去が用いられています。
一般兵士に向かっては決して ἀγανοῖς ἐπέεσσιν ではありません。201行目のἀπτόλεμος καὶ ἄναλκις といい、次行の οὔτέ ἐναρίθμιος といい、完膚なきまでです。
勇士達と雑兵が区別され、それぞれに対する対応には画然たる違いがあります。そこには明らかな階層意識が見られます。しかしながら他方、詩篇に散りばめられた比喩からは、詩人の農民や牧人、漁師や木樵、そして職人達や日銭稼ぎの女まで、庶民の生活や生業へのこまやかな眼差しがうかがえます。また『オデュッセイアー』では豚飼エウマイオスが共感を持って描かれています。ホメーロスは両面を併せ持っていたようです。
オデュッセウスの働きで軍勢は戻ってきます。
ὣς ὅ γε κοιρανέων δίεπε στρατόν: οἳ δ᾽ ἀγορὴν δὲ
αὖτις ἐπεσσεύοντο νεῶν ἄπο καὶ κλισιάων
ἠχῇ, ὡς ὅτε κῦμα πολυφλοίσβοιο θαλάσσης
αἰγιαλῷ μεγάλῳ βρέμεται, σμαραγεῖ δέ τε πόντος. (2-207~10)
そのように彼は指図しつつ陣営中を通っていった。彼等は会議の場へと
再び船と陣屋から急ぎ戻っていった
叫びと共に(戻っていった)、あたかも怒濤逆巻く海の波が
広大な浜に唸りを上げ、海原が轟く如くに
この二行、音調面からも、πολυφλοίσβοιο、αἰγιαλῷ、μεγάλῳ、βρέμεται、σμαραγεῖ と、兵士達が大挙して戻ってくる様が髣髴とします。特に210行目の αἰγιαλῷ、μεγάλῳ、σμαραγεῖ の【γ】音は耳に響きます。
文の構成上も、βρέμεται と σμαραγεῖ を隣り合わせに配置し、その前後に κῦμα πολυφλοίσβοιο θαλάσσης と πόντος を対置した交差配列をなし、喚起力を高めています。
また、その最後の πόντος は海の中でも特に「沖、大海」を指すことがあり、ここはそれだと思われます。松平訳は「海原」、高津訳は「わたつみ」です。
そしてテルシーテース登場です。
ἄλλοι μέν ῥ᾽ ἕζοντο, ἐρήτυθεν δὲ καθ᾽ ἕδρας:
Θερσίτης δ᾽ ἔτι μοῦνος ἀμετροεπὴς ἐκολῴα,
ἔπεα φρεσὶν ᾗσιν ἄκοσμά τε πολλά τε ᾔδη
μάψ, ἀτὰρ οὐ κατὰ κόσμον, ἐριζέμεναι βασιλεῦσιν,
ἀλλ᾽ ὅ τι οἱ εἴσαιτο γελοίϊον Ἀργείοισιν
ἔμμεναι: ・・・ (2-211~6)
他の者達は腰を下ろし座に控えたが
テルシーテース一人だけは際限なく喚き続けた
彼は彼の胸の中に乱雑な多くの言葉を知っていた
無闇に手当たり次第殿達に争いを仕掛けるべく(知っていた)
アルゴス人達が笑うだろうと思われることなら何でも(言った)
テルシーテースは、いきなり名前だけ出てきて父称も出身地も語られません。これは異例のことです。それ以上に異例なのは、このような雑兵が名前で呼ばれること自体です。それは彼が雑兵ながら詩編において重要なキャラクターの一人であることを物語っています。
215行目について Willcock は A verb of speaking must be understood from the previous lines : he said と註を付けています。
215から次行の ἔμμεναι につながる措辞について、Kirk は「この荒っぽい行跨がりharsh enjambment には彼の歪んだ身体的特徴が谺している」と述べています。興味深い指摘です。しかし、身体の歪みと同時に(というより、それ以前に)言辞の ἀμετροεπὴς で ἄκοσμά な特徴も谺していると言えそうです。
このようにテルシーテースの言辞について述べられた上で、その容姿が描写されます。
・・・ αἴσχιστος δὲ ἀνὴρ ὑπὸ Ἴλιον ἦλθε:
φολκὸς ἔην, χωλὸς δ᾽ ἕτερον πόδα: τὼ δέ οἱ ὤμω
κυρτὼ ἐπὶ στῆθος συνοχωκότε: αὐτὰρ ὕπερθε
φοξὸς ἔην κεφαλήν, ψεδνὴ δ᾽ ἐπενήνοθε λάχνη. (2-216~9)
・・・ イーリオスにやって来た者の中で最も醜い男だった
蟹股で、片足びっこで、両肩は
曲がって胸の方に被さっている。上方には
頭が尖っていてまばらな荒毛が生えていた
前々回のところで一般兵士(全般)はオデュッセウスによって「戦に弱く意気地なし ἀπτόλεμος καὶ ἄναλκις」(201)とか「ものの数に入らない οὔτέ ἐναρίθμιος」(202)とか言い腐されていました。しかしここでテルシーテースに対しては、それを超えて身体的欠陥をことさらに取り上げています。語彙も異様です。217行目の φολκὸς、そして219行目の φοξὸς と ψεδνὴ はいずれも所謂 hapax です。
その内 φολκὸς については、ホメーロスの両詩篇においての hapax であるのみならず、現存する古代ギリシア語を通しての hapax です。従って語源等から意味を推察することになるわけですが、古代註釈家はこれを「藪睨み」を意味する語と捉えていました。現代では他の語源を想定して「蟹股」ととっています。確かに、下から「上方に ὕπερθε」に流れる全体の叙述の順番を考えると後者が自然です。
詩篇に登場する人物について、このような身体的な醜さへの言及は珍しいことです。名前が挙げられる戦士は殆どが皆美丈夫です。他の醜い人物の唯一の例はトロイアの斥候ドローンかと思われます。しかし、そのドローンの容姿はただ一言 εἶδος κακός と言われるのみです。テルシーテースの方は足から胴体、頭まで醜さが委曲を尽くしてありありと描写されています。異様な描写ではあるのですが様式化されていないだけにリアリティーがあります。
テルシーテースについて姿形の醜さを言った後で、今度は彼の陣中における位置、すなわち皆からどう見られていたかを説明します。
ἔχθιστος δ᾽ Ἀχιλῆϊ μάλιστ᾽ ἦν ἠδ᾽ Ὀδυσῆϊ:
τὼ γὰρ νεικείεσκε: τότ᾽ αὖτ᾽ Ἀγαμέμνονι δίῳ
ὀξέα κεκλήγων λέγ᾽ ὀνείδεα: τῷ δ᾽ ἄρ᾽ Ἀχαιοὶ
ἐκπάγλως κοτέοντο νεμέσσηθέν τ᾽ ἐνὶ θυμῷ. (2-220~3)
アキレウスとオデュッセウスには特に憎まれていた
彼等二人に喧嘩を仕掛けていたからだ。この時は貴いアガメムノーンに
鋭く呼ばわりながら悪口を述べ立てた。彼に対してアカイア人達は
激しく怒り心に嫌っていた
222行目の λέγ(ε) について、ピエロンや Kirk はホメーロスにおいてこの語は単に「言う」を意味するのではなく「数え上げる」「列挙する」を意味することに注意喚起しています。
同行の τῷ が誰を指すかについては二説があります。テルシーテースとする説(Willcock、Kirk 等)とアガメムノーンとする説(Leaf、呉、高津、松平等)です。
前者の説の理由としては、ここはテルシーテースを紹介しているくだりですので、その彼を指しているとするのが自然であることがあります。そして Kirk は、ἐκπάγλως κοτέοντο が総大将に対する言葉としては過激に過ぎるとも指摘しています。一方後者の説は、アカイアの軍勢の隠された心理を読み取る解釈です。
これまで総大将アガメムノーンに対する一般兵士の心理は表立っては語られていません。第一歌でアガメムノーンとアキレウスが鋭く対立したときもそうでした。辛うじてネストールが間に立って両者を宥めたことが語られただけでした。しかし語られなかったにせよ、一般兵士がアキレウスに対する総大将の横暴な言動を目の当たりにし、彼に反感を抱いていた可能性は考えられます。また、この第二歌のこれまでの叙述から、一般兵士達が長期遠征に倦み、陣中に厭戦気分がただよっていたことはうかがえます。従って後者説にも一理あります。
研究会でも両様の解釈が出されました。また「解釈は受取り手による、初期の聴衆は基本的に βασιλῆα καὶ ἔξοχον ἄνδρα(188)だったと思われるが、その層の階級意識からは前者テルシーテースとされがちだ。一方、後代の聴衆・読者の平等意識(あるいは反権力意識)の強い層は、後者アガメムノーンとする傾向があるのではないか」との意見がありました。更には「仮に前者であったにしても、後者の解釈の可能性を排除していない、それは詩人の(意識的・無意志的)懐の深さではないか」との意見もありました。
次回ホメーロス研究会は6月22日(土)で、『イーリアス』第二歌224行目から249行目までを予定しています。