本号 その5
5月16日の「ホメーロス輪読会」の様子です。この日は『イーリアス』第11歌540行~574行までです。
ゼウスはアイアースに恐怖の念を起こさせます。
τρέσσε δὲ παπτήνας ἐφ᾽ ὁμίλου θηρὶ ἐοικὼς
ἐντροπαλιζόμενος ὀλίγον γόνυ γουνὸς ἀμείβων. (11-546,7)
さながら野獣の如くに軍勢を窺いつつ退却を始めた、
振り返りながら、少ずつ膝と膝とを交差しながら
「膝と膝とを交差しながらγόνυ γουνὸς ἀμείβων」からは後ずさりする様が浮かんできます。続いて、この時のアイアースの様子が二つの比喩で語られます。
一つは獅子で、
ὡς δ᾽ αἴθωνα λέοντα βοῶν ἀπὸ μεσσαύλοιο
ἐσσεύαντο κύνες τε καὶ ἀνέρες ἀγροιῶται, (11-48,9)
あたかも牛の囲いから赤茶けた獅子を
犬と野の男達が追い立てるように
もう一つは驢馬です。
ὡς δ᾽ ὅτ᾽ ὄνος παρ᾽ ἄρουραν ἰὼν ἐβιήσατο παῖδας
νωθής, ᾧ δὴ πολλὰ περὶ ῥόπαλ᾽ ἀμφὶς ἐάγῃ, (11-58,9)
あたかも畑の傍を行く驢馬が子供達を苦しめるように
強情な(驢馬が)、そのまわりでは(打ち据えられた)沢山の棍棒が折れるのだが
全軍屈指の勇士が驢馬に喩えられるのは驚きですが、その中身をよく見ると、アイアースの簡単には引き下がらない強情さ、飽くなき勇猛心を髣髴させる比喩であることに気づきます。
アイアースには(棍棒ならぬ)沢山の槍が飛んできます。
ἄλλα μὲν ἐν σάκεϊ μεγάλῳ πάγεν ὄρμενα πρόσσω,
πολλὰ δὲ καὶ μεσσηγύ, πάρος χρόα λευκὸν ἐπαυρεῖν,
ἐν γαίῃ ἵσταντο λιλαιόμενα χροὸς ἆσαι. (11-572,4)
(槍は)あるいはもっと先に進もうとしつつ大楯に突き刺さり、
あるいは多くは途中で、白い肌に触れる前に
肌に飽くことを欲しつつも地面に刺さった
この部分についてピエロンは自らの註を控え、Dübner註をそのまま引用しています。曰く:「詩人は投げ手の人の感情と欲望を槍に移し与えている」。成る程、合理的で分かりやすい解釈です。がしかし、それは近代的に過ぎる解釈かも知れません。直接的に「(槍の動きから)槍自身が欲した(と見えた)」ととった方が、よりホメーロス的ではないかという気がします。